69 ソ連軍第三十九軍司令部
阿爾山・五叉溝方面に侵攻したソ連軍は、ロディオン・マリノフスキー上級大将率いるザバイカル正面軍所属の第三十九軍であった。
第三十九軍は九個狙撃師団および一個戦車師団、二個戦車旅団、二個砲兵師団などからなり、戦車・自走砲五〇二輌、火砲二七〇八門を擁する大兵力である。
彼らは作戦開始後第十五日目までに阿爾山・五叉溝の日本軍を殲滅し、索倫の線までを占領することをザバイカル正面軍司令部より命ぜられていた。
このため、軍主力は阿爾山・五叉溝方面から索倫へと向かう進路をとり、一方での阿爾山・五叉溝方面の日本軍と海拉爾方面の日本軍との連携を断つべく二個狙撃師団を北方に差し向けた。これは、日本軍の大興安嶺山脈への退路を断つという意味合いもあった。
山岳地帯に逃げ込まれ、遊撃戦を挑まれてソ連軍の補給線が脅かされることを恐れたためである。
さらに第三十九軍の担当地区の南側を迂回するようにして、第五戦車軍が同じく索倫やさらにその先にある洮南など目指す作戦計画になっていた。
この二つの部隊は、満洲国西部国境正面を守備する日本軍を包囲殲滅しつつ、さらに満州国中枢である新京・奉天を突くことを目指していたのである。
作戦が成功すれば日本軍は南満洲への退路を断たれ、北方から侵攻する第二極東正面軍、東部と朝鮮から侵攻する第一極東正面軍と共に、日本軍に対する巨大な包囲網が形成されることになるのだ。
これにより、スターリンの目指していた満州国内での日本軍の包囲殲滅が実現することになる。
その意味でも、日本軍の南満への退路を断つという任務を与えられたザバイカル正面軍の役割は重要であった。
また、ザバイカル正面軍の担当する地区は、第一、第二極東正面軍に比べて地形的障害が比較的少ない地域でもあった。担当地区の大部分が大興安嶺山脈の南端部に当たるため、比較的比高の小さい地形が連続しているのである。
特に機甲部隊であるロトミストロフ戦車大将率いる第五戦車軍が担当する地区は、砂質で乾燥した平地ないしは比高の小さな山地であり、満州国の国境の中でも最も地形的障害に乏しい地域であった。
また、ザバイカル正面軍は満蒙国境からだけでなく、中国の察哈爾省や熱河省といった内蒙古地域を通過して満洲国へと侵攻することとなっていた。
これは、その方がより地形的障害の少ない地域を進撃出来ることに加え、日本軍が予測していない方面から攻勢をかけることによる奇襲効果を期待したものであった。
こうしたことから、ザバイカル正面軍は迅速な機動による満州国中枢への侵攻が目指されていたのである。
ただし、だからといって第一、第二極東正面軍の担当地区に比べて作戦遂行上の障害が少ないわけではなかった。
山岳地帯ではない、砂漠地帯を突破しなければならないが故の問題があったのである。
特に問題であったのが、水の確保であった。このため、ザバイカル正面軍の各部隊にはこの作戦のために特別に設計された給水車が多数、配備されることとなった他、水源地を探し井戸を掘るための部隊まで編成されるという徹底した措置がとられた。
また、砂漠地帯を通過するために樹木が乏しく、パンなどの食糧を調理するための薪の確保が困難となることが予想されたため、灯油などの液体燃料で賄うこととされた。もともと、ソ連軍の装備する野外ペチカ(ロシアにおける暖炉兼オーブンのこと)や野戦炊事車は、薪で炊事を行う設計となっていた。これを、液体燃料仕様に改造したのである。
そして当然ながら、目標とする新京・奉天までの距離が長大であり、その分、燃料消費量もかさむことが容易に予想出来た。このため、燃料や潤滑油の輸送は空輸によって補うこととされた。
ソ連軍、そしてソ連産業における弱点の一つともいえる兵員輸送車の絶対数の不足についても、ザバイカル正面軍に対しては優先的に配備することで進撃速度を落とさないよう、相応の措置がとられている(ソ連では、他の列強諸国に比べて自動車産業が未発達)。
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「第四十四戦車旅団および第九十一狙撃師団は、索倫方面において日本軍の強力な抵抗に遭遇し、洮爾川の手前にて進撃を停止したとのことです」
だが、タムサグブラグ(タムスク)の第三十九軍司令部にて司令官リュドニコフ大将が受けた報告は、迅速な進撃という作戦計画の根幹に真っ向から反するものであった。
阿爾山・五叉溝方面の日本軍陣地を迂回し、その後方にある索倫を占領することで日本軍の退路を遮断、それによって阿爾山・五叉溝の日本軍を包囲殲滅しつつさらなる東方への進路を啓開するという当初の作戦方針にとって、索倫方面での苦戦を伝える報告は決して喜ばしいものではなかった。
「阿爾山で遭遇した日本軍の戦車は貧弱であるという報告が、先日届いたばかりではないか。いったい、第四十四戦車旅団は何をやっているのだ?」
報告を伝えてきた者に対して、リュドニコフ大将は叱責するような声を浴びせる。
T-34は阿爾山で遭遇した日本軍戦車に対して優位を確保しているという報告は、開戦直後からもたらされていた。これならば五年前のハルハ河戦争(日本側呼称、ノモンハン事件)と同じように、多少の損害はあるにせよ、戦局全体で見ればソ連側優位に作戦が展開するだろうと楽観視していたところに、この報告である。
「第四十四戦車旅団からの報告によりますと、どうやら少数ながら日本軍の新型戦車に遭遇した模様です」
「少数ならば、それほど恐れる必要はないでしょう」
口を挟んだのは、司令部付き軍事会議委員(要するに政治将校)のボイコ少将であった。
「こちらは索倫に対して旅団規模の戦車部隊を投入しているのです。にもかかわらず少数の新型戦車に恐れをなすとは、第四十四戦車旅団の者たちには、日本の帝国主義者を倒し満洲の人民を不当な抑圧から解放するという革命的戦意に欠けていると見做さざるを得ませんな」
「……」
軍の作戦指導に対して、革命精神云々という観念論で介入してこようとするこの政治将校に、リュドニコフ大将は内心で不愉快な思いを抱く。
だが、口には出さない。
そのようなことをすれば自身の身にどのような運命が降り掛かるのか判っているからだ。
それに加え、仮に作戦がスターリンの思惑通りにいかなかった場合、処罰の対象となるのは第三十九軍司令部の全員、つまりはこのボイコ少将も含まれているのだ。その意味ではリュドニコフ自身とボイコ少将は、立場こそ違えど同じ司令部に属している以上、運命共同体なのである。
とにかく督戦をしたくなる気分というのは、判らないでもなかった。
「第四十四旅団は日本軍によって橋を使用不能とされた後、洮爾川に戦車を突入させてなおも攻撃を続行したものの、戦車同士の戦闘に水を差すように行われた卑劣な航空攻撃によって後退を余儀なくされたとのことです」
報告者は、そう言って第四十四旅団をわずかばかりに擁護する。要するに、第四十四旅団の攻撃が失敗した原因を、戦車兵たちの革命精神の欠如ではなく、帝国主義者の卑劣さに求めたのである。
「ヤポンスキーどもは、実に帝国主義的悪辣さに満ちた存在であるな」
当然、対日侵攻作戦開始から一週間と経たずに粛清で部下を失いたくなかったリュドニコフ大将は、報告者のそうした詭弁に便乗した。
「ここは、第五戦車軍と共に現在洮南に向け進軍中の第六十一戦車師団を、索倫方面に振り向けるべきはないでしょうか?」
参謀長のシミノフスキー少将が、話を現実的な方向に戻そうとする。
「このまま索倫方面に出現したというヤポンスキーどもの新型戦車を放置いたしますと、洮南・白城子方面へと迂回突破を図る第五戦車軍の側面が突かれかねません。特に我が軍は砂漠地帯を進軍しなければならない関係上、燃料や水の補給が死活問題ですから、容易に我が軍の後方連絡線を遮断出来る位置にある索倫をこのまま無視して迂回突破を続けることは、危険が大きいかと」
「うむ、確かにな」
リュドニコフ大将は自らの参謀長に目配せで感謝の意を伝えつつ、頷いた。
ロトミストロフ戦車大将率いる第五戦車軍は第三十九軍の指揮下にあるわけではないが、満洲国中枢へと迅速な進撃を目指すこの機甲部隊の側面を援護することは、第三十九軍に課せられた役割の一つでもあった。
第五戦車軍の側面を守るというシミノフスキー参謀長の進言は、それに沿ったものであった。
「索倫を奪取すれば、阿爾山・五叉溝の日本軍を包囲する態勢が整う。その意味でも、索倫に出現した日本軍の新型戦車を早急に排除することは、急務であろう。また、上空からの帝国主義者の卑劣な攻撃に晒されぬよう、第十二航空軍にも援護を要請しよう」
「では、第五戦車軍のロトミストロフ大将および第十二航空軍のフジャコフ司令官に、我が軍の作戦方針を伝達いたします」
こうして、西住小次郎少佐率いる戦車隊の奮戦は、ソ連軍の作戦計画に若干の狂いを生じさせる結果を生み出していたのである。




