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北溟のアナバシス  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第四章 赤軍侵攻編

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67 西部国境正面の攻防

『偵察小隊が徳伯斯(トボス)方面察爾森(チャルソン)街道に向け進軍する大隊規模の敵戦車群を確認。第一中隊および第三中隊はただちに迎撃準備に移れ』


「第一中隊了解。これより迎撃準備に移る」


 通信機から流れてくる戦車第十八連隊連隊長・島田豊作中佐の声に、三式中戦車チヌに乗る西住小次郎少佐はそう応じた。


「中隊全車に告ぐ。敵戦車群が徳伯斯方面に向けて進軍中。我が中隊はこれより前進し、第三中隊と共同にてこれを撃破する」


 次いで、九六式四号無線機を通じ隊内に通達する。


「第一小隊は楔形陣形にて先行、その他部隊は横隊にて進め」


 そこで西住少佐は一度、息を吸い込んだ。そして、鋭い声でその命令を発する。


「戦車、前進!」


 その瞬間、三式中戦車の発動機が轟然と始動した。六〇〇馬力のロールスロイス・ミーティアが、自重三十七トンの車体を前進させる。

 西住少佐は操車指揮を砲手に任せると、自身はハッチを開いて上半身を乗り出した。

 そこから見えるのは、緑の少ない緩やかな起伏の続く大地であった。

 ここは、白城子と杜魯爾(トロル)を繋ぐ白杜線の中間に位置する索倫(ソロン)

 西住は、独立混成第三旅団所属の戦車第十八連隊第一中隊長として、この戦場に立っていた。

 八月九日に満洲国西部国境を突破したソ連軍は、十二日には阿爾山(アルシャン)五叉溝(ごさこう)を迂回した一部の部隊がその後方である索倫方面に迫りつつあったのである。

 そして十三日、ソ連軍は索倫南東の街・徳伯斯へとさらなる迂回突破を図っていた。

 三式中戦車が、乾いた大地の上を進んでいく。


「……」


 西住は、その表情をかすかに険しいものとしていた。

 ソ連軍の進撃は、ここ連日の天候にも助けられている部分があったのだ。九日から今に至るまで、この周辺地域は晴天に恵まれていた。時期的には雨季であるから、まさしくソ連軍にとっては僥倖であったろう。

 もちろん、ソ連軍地上部隊に対する航空攻撃も九日以来、連続して行われているものの、侵攻の勢いはほとんど衰えてはいなかった。

 西住の聞くところによると、海軍航空隊も白城子に集結させ西部国境正面を突破したソ連軍に対する陸海軍航空部隊共同での航空総攻撃を敢行する計画があるというが、まだ実施には至っていないという。

 そのため、機動力のある機械化部隊である独混第三旅団が、迂回突破を目指すソ連軍の迎撃に向かうこととなったのである。

 徳伯斯南東十五キロの地点にある帯海営子には、独混第三旅団麾下の独立野砲兵第三大隊の内、すでに一個中隊(機動九〇式野砲四門)が陣地を構築し察爾森街道に睨みを利かせていた。

 察爾森街道は、白杜線を横切って興安総省の省都・王爺廟(興安)へと向かう街道である。

 やがて西住率いる三式中戦車は、背の低い緑が茂る高台へと至った。この高台からは、白杜線に沿うようにして流れる洮爾(とうじ)川の橋梁が望めた。

 三式中戦車は、ちょうど樹木と高地の斜面によって川側から視認しにくい位置に停車していた。

 帝国陸軍の戦車連隊は四個戦車中隊を基幹としている。そして戦車中隊は、中隊本部三輌および三個小隊(各三輌)の計十二輌からなる。

 西住率いる第一中隊と同じように、第三中隊もまた察爾森街道に架かる橋を望める位置に展開していると、無線を通じて連絡があった。この二つの中隊の内、先任中隊長は西住なので、事実上、二個中隊二十四輌の戦車を指揮することになる。


「……」


 ハッチから上半身を覗かせたまま、西住は街道の西方に双眼鏡を向けた。

 街道の橋は、第十軍主力が後退する事態となった場合に備えてまだ爆破されていない。

 ソ連軍が察爾森街道を東進しようとするならば、確実に洮爾川を渡河することになる。その際、橋を通過しようとすれば必然的に隊列が長く伸びるだろう。

 西住は、そこを狙い撃つつもりであった。


『こちら第一小隊! 二時方向に砂塵を確認! 敵戦車群をと認む!』


「中隊長了解」


 斥候代わりに先行させていた第一小隊が、街道を進むソ連軍戦車部隊を発見したようである。


「第一小隊は後退し中隊主力に合流せよ。各小隊は本車の射撃を合図として射撃を開始せよ」


 無線機を通じて、第一、第三中隊に指示を下す。そして無線機を車内通話用の丙に切り替える。


「本車から橋までの距離はどのくらいだ?」


『およそ一五〇〇といったところですな』


 車内にいる砲手から応答がある。


「よし。では敵の先頭車両が橋を渡り切ろうとする寸前で射撃を開始しろ。いいか? 一発で仕留めろ」


『承知いたしました。確実に仕留めてみせましょう』


「頼む」


 そう言って、西住は一旦、無線を切った。

 三式中戦車の装備する六十五口径七十五ミリ砲ならば、一五〇〇メートルの距離でも垂直装甲で九十五ミリ近い貫通力を発揮出来る。恐らく、命中さえすれば確実に敵戦車を撃破出来るだろう。

 ただ問題は、と西住は思った。

 戦車第十八連隊の装備する戦車の内、第三、第四中隊は三個小隊中、二個小隊が六十口径五十七ミリ砲搭載の一式中戦車であったのだ。つまり、中隊本部および一個中隊の計六輌しか三式中戦車は存在していない。

 西住率いる第一中隊と合せると、三式中戦車の数は十八輌であった。

 これは、三式中戦車の配備が間に合っていないことが原因であった。

 阿爾山方面で防衛戦を続けている第二十三師団直轄戦車隊もまた一式中戦車装備の部隊であり、すでに戦訓特報によって一式中戦車ではソ連軍の新型戦車T-34に対抗出来ないことが明らかとなっていた。

 その部分が、西住にとっては不安要素であった。

 とはいえ、今は十八輌の三式中戦車と六輌の一式中戦車で、来寇するソ連戦車群を迎撃しなくてはならない。

 白杜線の中間にある索倫がソ連軍に奪取されれば、阿爾山・五叉溝に展開する第十軍主力と阿爾山駐屯隊の計六万近い兵力が敵中に孤立、包囲されることになるのだ。

 また、阿爾山や五叉溝、索倫などを含む興安省には、開拓団を始め一万五〇〇〇人近い日本人が存在している。彼らの避難も、まだ間に合っていなかった。

 自分たちは、ここでソ連軍を確実に食い止めなくてはならない。

 西住はその決意と共に、街道の先を睨み続ける。


「―――っ!」


 やがて、風に乗って砲声が聞こえてきた。本隊に合流しようとした第一小隊が敵に発見されたようだった。

 西住は再び無線機を取り上げる。


「第一小隊はそのまま敵を引き付けつつ後退を続けろ。ソ連軍戦車を橋まで誘導せよ」


 第一小隊は洮爾川を渡ってしまったわけではない。あくまで、川の対岸が視認出来るような位置にまで進出しているだけであった。

 だから、川に後退が阻まれるといったようなことは起こらないだろう。

 問題は、敵戦車の砲弾に三式中戦車の装甲が耐えられるかどうかだった。三式中戦車の砲塔前面装甲および車体前面装甲は七十五ミリ。特に車体前面装甲は五十度の傾斜装甲となっているので、実際の厚み以上の防御力を発揮出来るはずであった(砲塔前面装甲も十度の傾斜が付いている)。

 ソ連戦車の放った砲弾が河岸に着弾し、砂埃を立てる。その中を、第一小隊の三式中戦車が後退を続けていた。

 ソ連戦車は走行したまま射撃を続けているらしく、その照準は正確さを欠いていた。そしてそのまま、洮爾川に架かる橋へと差し掛かろうとする。

 ソ連側としては、不意に遭遇した日本戦車が逃げ出したのを追撃している気分なのかもしれない。


「逸るなよ」


『ええ、承知しています』


 西住が車内無線機越しに伝えると、砲手から苦笑したような声が返ってきた。敵の先頭車両が橋を渡りきろうとするまで、射撃は堪えなくてはならない。

 西住の双眼鏡から見える敵の先頭車両が、橋の上を進んでいく。

 満洲国西部国境と省都・興安を繋ぐ察爾森街道は、軍事目的で建設された道路であったこともあり、三十トン以上の戦車が通過しても耐えられるように整備されている。そのため、T-34と言われているらしいソ連軍の新型戦車が橋の上を走行しても、橋が崩落することはなかった(T-34の一九四三年型ならば、重量は三〇・九トン)。

 その新型戦車が、橋のこちら側に到達しようとしている。


『用意―――』


 車内無線機から、砲手の声が届く。


「……」


 西住は、じっと敵戦車の姿を見つめている。


『てっー!』


 砲手の裂帛の叫びと共に、三式中戦車の六十五口径七十五ミリ砲が火を噴いた。

 砲口初速秒速一〇〇〇メートルに達する砲弾は、真っ直ぐに目標へと向けて飛翔していった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 1500mで貫通95mmですか。結構抜くんだなと思ったら、7.5cmKwK42L/70がそのくらい貫通するんですね。 [気になる点] ・日本軍の戦車連隊って、連隊の下に…
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