52 連合艦隊司令部の逡巡
一九四四年八月一日現在、帝国海軍連合艦隊の主要な編制は次のようになっていた。
連合艦隊直属
司令部直属【軽巡】〈大淀〉【工作艦】〈明石〉〈三原〉【標的艦】〈摂津〉〈矢風〉
第十九戦隊【敷設艦】〈沖島〉〈常磐〉〈津軽〉
(※以下、各戦隊はすべて練成部隊)
第五十航空戦隊【空母】〈鳳翔〉〈しまね丸〉〈大瀧山丸〉
付属【駆逐艦】〈夕風〉
(※しまね丸、大瀧山丸は油槽船として建造中であったのを、訓練専用の空母として改装したもの)
第十一水雷戦隊【軽巡】〈由良〉
第十二駆逐隊【駆逐艦】〈妙風〉〈清風〉〈村風〉〈里風〉
第三十九駆逐隊【駆逐艦】〈山霧〉〈海霧〉〈谷霧〉〈川霧〉
第六十三駆逐隊【駆逐艦】〈宵月〉〈夏月〉〈花月〉〈満月〉
第十一潜水戦隊【潜水母艦】〈蒼鯨〉
伊号潜水艦、呂号潜水艦多数
第一艦隊 司令長官:角田覚治中将
第一戦隊【戦艦】〈大和〉〈武蔵〉〈信濃〉
第二戦隊【戦艦】〈加賀〉〈土佐〉〈長門〉〈陸奥〉
第三航空戦隊【空母】〈瑞鳳〉〈祥鳳〉
第九戦隊【重雷装艦】〈大井〉〈北上〉
第一水雷戦隊【軽巡】〈阿武隈〉
第六駆逐隊【駆逐艦】〈暁〉〈響〉〈雷〉〈電〉
第七駆逐隊【駆逐艦】〈曙〉〈潮〉〈漣〉〈朧〉
第二十一駆逐隊【駆逐艦】〈初春〉〈子日〉〈若葉〉〈初霜〉
第二十七駆逐隊【駆逐艦】〈有明〉〈夕暮〉〈白露〉〈時雨〉
第三水雷戦隊【軽巡】〈川内〉
第十一駆逐隊【駆逐艦】〈吹雪〉〈初雪〉〈白雪〉〈叢雲〉
第十八駆逐隊【駆逐艦】〈霞〉〈霰〉〈陽炎〉〈不知火〉
第十九駆逐隊【駆逐艦】〈磯波〉〈浦波〉〈敷波〉〈綾波〉
第二十駆逐隊【駆逐艦】〈天霧〉〈夕霧〉〈朝霧〉〈狭霧〉
第二艦隊 司令長官:西村祥治中将
第四戦隊【重巡】〈高雄〉〈愛宕〉〈摩耶〉〈鳥海〉
第五戦隊【重巡】〈妙高〉〈羽黒〉
第七戦隊【重巡】〈最上〉〈三隈〉〈熊野〉〈鈴谷〉
第十戦隊【軽巡】〈阿賀野〉〈能代〉〈矢矧〉〈酒匂〉
第八航空戦隊【空母】〈龍驤〉〈龍鳳〉
第二水雷戦隊【軽巡】〈神通〉
第十五駆逐隊【駆逐艦】〈黒潮〉〈親潮〉〈早潮〉〈夏潮〉
第十六駆逐隊【駆逐艦】〈初風〉〈雪風〉〈天津風〉〈時津風〉
第三十七駆逐隊【駆逐艦】〈島風〉〈灘風〉〈天雲〉〈八重雲〉
第三十八駆逐隊【駆逐艦】〈紅雲〉〈青雲〉〈春雲〉〈冬雲〉
第四水雷戦隊【軽巡】〈那珂〉
第二駆逐隊【駆逐艦】〈村雨〉〈五月雨〉〈春雨〉〈夕立〉
第四駆逐隊【駆逐艦】〈嵐〉〈萩風〉〈野分〉〈舞風〉
第九駆逐隊【駆逐艦】〈朝雲〉〈山雲〉〈峯雲〉〈夏雲〉
第二十四駆逐隊【駆逐艦】〈海風〉〈山風〉〈江風〉〈涼風〉
第三艦隊 司令長官:小沢治三郎中将
第十一戦隊【戦艦】〈金剛〉〈榛名〉〈比叡〉〈霧島〉
第一航空戦隊【空母】〈大鳳〉〈白鳳〉
第二航空戦隊【空母】〈蒼龍〉〈飛龍〉
第五航空戦隊【空母】〈翔鶴〉〈瑞鶴〉
第六航空戦隊【空母】〈天城〉〈赤城〉
第七航空戦隊【空母】〈雲龍〉〈神龍〉
第八戦隊【重巡】〈利根〉〈筑摩〉〈伊吹〉〈鞍馬〉
第十二戦隊【防空軽巡】〈十勝〉
第十駆逐隊【駆逐艦】〈秋雲〉〈夕雲〉〈巻雲〉〈風雲〉
第十七駆逐隊【駆逐艦】〈浦風〉〈浜風〉〈谷風〉〈磯風〉
第三十五駆逐隊【駆逐艦】〈早波〉〈浜波〉〈沖波〉〈玉波〉
第六十一駆逐隊【駆逐艦】〈秋月〉〈照月〉〈涼月〉〈初月〉
第十三戦隊【防空軽巡】〈石狩〉
第三十一駆逐隊【駆逐艦】〈長波〉〈巻波〉〈高波〉〈大波〉
第三十三駆逐隊【駆逐艦】〈清波〉〈玉波〉〈涼波〉〈藤波〉
第三十六駆逐隊【駆逐艦】〈岸波〉〈秋霜〉〈早霜〉〈清霜〉
第四十一駆逐隊【駆逐艦】〈新月〉〈若月〉〈霜月〉〈冬月〉
第四艦隊 司令長官:原忠一中将
司令部直属【練習巡洋艦】〈鹿島〉
第六水雷戦隊【軽巡】〈夕張〉
第二十九駆逐隊【駆逐艦】〈追風〉〈疾風〉〈朝凪〉〈夕凪〉
第三十駆逐隊【駆逐艦】〈睦月〉〈如月〉〈弥生〉〈望月〉
第七潜水戦隊【潜水母艦】〈迅鯨〉
第二十六潜水隊【潜水艦】呂号潜水艦×三隻
第二十七潜水隊【潜水艦】呂号潜水艦×三隻
第三十三潜水隊【潜水艦】呂号潜水艦×三隻
駆潜艇ほか
第五艦隊 司令長官:志摩清英中将
司令部直属【重巡】〈那智〉【装甲巡洋艦】〈磐手〉〈八雲〉(※種別上は一等巡洋艦)
第十七戦隊【敷設艦】〈厳島〉〈八重山〉【特設敷設艦】〈辰宮丸〉
第二十一戦隊【軽巡】〈多摩〉〈木曾〉
第二十二戦隊【特設巡洋艦】〈粟田丸〉〈浅香丸〉〈赤城丸〉
第一駆逐隊【駆逐艦】〈神風〉〈野風〉〈沼風〉〈波風〉
第三駆逐隊【駆逐艦】〈汐風〉〈帆風〉
第三十四駆逐隊【駆逐艦】〈羽風〉〈秋風〉〈太刀風〉
駆潜艇ほか
第六艦隊 司令長官:高木武雄中将
司令部直属【軽巡】〈仁淀〉
第九潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×二隻(※機雷潜)
第十三潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×二隻(※機雷潜)
第一潜水戦隊【特設潜水母艦】〈靖国丸〉【潜水艦】〈伊九〉
第一潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第二潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第三潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第三潜水戦隊【潜水母艦】〈長鯨〉【潜水艦】〈伊七〉
第四潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第五潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第六潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第三潜水戦隊【潜水母艦】〈瑞鯨〉【潜水艦】〈伊八〉
第七潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第八潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第十潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第八潜水戦隊【潜水母艦】〈雷鯨〉【潜水艦】〈伊一〇〉
第十一潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第十二潜水戦隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第十四潜水戦隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第七艦隊 司令長官:五藤存知中将
第三戦隊【戦艦】〈伊勢〉〈日向〉
第四航空戦隊【空母】〈隼鷹〉〈飛鷹〉
第九航空戦隊【空母】〈千歳〉〈千代田〉〈日進〉
第六戦隊【重巡】〈青葉〉〈衣笠〉〈古鷹〉〈加古〉
第十八戦隊【軽巡】〈天龍〉〈龍田〉
第五水雷戦隊【軽巡】〈名取〉
第五駆逐隊【駆逐艦】〈朝風〉〈春風〉〈松風〉〈旗風〉
第二十二駆逐隊【駆逐艦】〈皐月〉〈水無月〉〈文月〉〈長月〉
第二十三駆逐隊【駆逐艦】〈菊月〉〈三日月〉〈夕月〉〈卯月〉
第四潜水戦隊【特設潜水母艦】〈りおでじゃねろ丸〉【潜水艦】〈伊一一〉
第十八潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第十九潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
第二十一潜水隊【潜水艦】伊号潜水艦×三隻
海上護衛総司令部 司令長官:醍醐忠重中将
司令部直属【練習巡洋艦】〈香取〉【空母】〈大鷹〉〈雲鷹〉〈冲鷹〉
付属【駆逐艦】〈東雲〉
第一海上護衛隊【軽巡】〈五十鈴〉
第四十三駆逐隊【駆逐艦】〈松〉〈竹〉〈梅〉〈桃〉
第五十二駆逐隊【駆逐艦】〈桑〉〈桐〉〈杉〉〈槇〉
付属【海防艦】〈択捉〉〈佐渡〉〈松輪〉〈対馬〉〈若宮〉〈干珠〉〈屋代〉〈千振〉など
第二海上護衛隊【軽巡】〈鬼怒〉
第五十三駆逐隊【駆逐艦】〈樅〉〈樫〉〈楢〉〈桜〉
第五十四駆逐隊【駆逐艦】〈椿〉〈檜〉〈楓〉〈欅〉
付属【海防艦】〈隠岐〉〈六連〉〈壱岐〉〈平戸〉〈福江〉〈倉橋〉など
第十一航空艦隊 司令長官:草鹿任一中将
第一五一航空隊(二式陸上偵察機×二十四機、彩雲×二十四機)
第七一三航空隊(深山×七十二機)
第七五六航空隊(連山×四十八機)
第二十二航空戦隊
第二五二航空隊(零戦六四型×七十二機)
第五五二航空隊(彗星×四十八機)
第七五五航空隊(一式陸攻×四十八機)
第二十五航空戦隊
第二五一航空隊(烈風×四十八機)
第二五三航空隊(烈風×四十八機、月光×十二機)
第七〇二航空隊(一式陸攻×四十八機)
第七〇六航空隊(一式陸攻×四十八機)
第七五一航空隊(銀河×七十二機)
第二十六航空戦隊
第二〇一航空隊(零戦六四型×四十八機)
第二〇四航空隊(烈風×四十八機、月光×十二機)
第五〇一航空隊(彗星×四十八機)
第五八二航空隊(流星改×四十八機、銀河×四十八機)
第十二航空艦隊 司令長官:戸塚道太郎中将
第一五三航空隊(二式陸上偵察機×二十四機、彩雲×二十四機)
第三四三航空隊(紫電改×七十二機、彩雲×十二機、月光×十二機)
第三八一航空隊(紫電改×四十八機)
第七一一航空隊(深山×七十二機)
第七六六航空隊(連山×三十六機)
第二十三航空戦隊
第二〇二航空隊(烈風×七十二機、月光×十二機)
第五二六航空隊(銀河×九十六機)
第七五三航空隊(一式陸攻×四十八機)
第二十四航空戦隊
第二八一航空隊(零戦六四型×七十二機)
第五三一航空隊(流星改×四十八機、銀河×四十八機)
第七五一航空隊(一式陸攻×四十八機)
第二十八航空戦隊
第三三一航空隊(零戦六四型×七十二機)
第五五一航空隊(彗星×七十二機)
第七三二航空隊(一式陸攻×四十八機)
付属
第九三六航空隊(九七艦攻×三十六機、零式水偵×十二機)
第一〇三戦隊【駆逐艦】〈白雲〉【海防艦】〈波太〉〈大津〉〈友知〉〈蔚美〉〈室津〉〈稲木〉
南遣艦隊 司令長官:南雲忠一中将
司令部直属【重巡】〈足柄〉【軽巡】〈球磨〉
第十一航空戦隊【水上機母艦】〈瑞穂〉〈神川丸〉
第二十四航空戦隊【飛行艇母艦】〈神威〉〈秋津洲〉
第八駆逐隊【駆逐艦】〈朝潮〉〈満潮〉〈大潮〉〈荒潮〉
第一〇一戦隊【駆逐艦】〈春月〉【海防艦】〈天草〉〈満珠〉〈御蔵〉〈三宅〉〈淡路〉〈能美〉
また、この他に連合艦隊司令部に属さない主要部隊には、次のようなものがあった。
支那方面艦隊
司令部直属【装甲巡洋艦】〈出雲〉(※種別上は一等巡洋艦)【軽巡】〈長良〉
第十三駆逐隊【駆逐艦】〈若竹〉〈呉竹〉〈早苗〉
第三十二駆逐隊【駆逐艦】〈朝顔〉〈芙蓉〉〈刈萱〉
第二十一水雷隊【水雷艇】〈千鳥〉〈真鶴〉〈友鶴〉〈初雁〉
高雄警備府
第一〇二戦隊【駆逐艦】〈榧〉【海防艦】〈久米〉〈生名〉〈四阪〉〈新南〉〈伊唐〉〈生野〉
大湊警備府
警備府直属【海防艦】〈占守〉〈国後〉〈八丈〉〈石垣〉
第一〇四戦隊【駆逐艦】〈薄雲〉【海防艦】〈日振〉〈大東〉〈式根〉〈奄美〉〈竹生〉〈保高〉〈志賀〉〈伊王〉
鎮海警備府
第一〇五戦隊【駆逐艦】〈柳〉【海防艦】〈笠戸〉〈草垣〉〈崎戸〉〈目斗〉〈鵜来〉〈沖縄〉〈粟国〉〈神津〉
練習艦とされている主要艦艇
【戦艦】〈扶桑〉〈山城〉
【装甲巡洋艦】〈浅間〉〈吾妻〉(※種別上は一等巡洋艦)
【練習巡洋艦】〈香椎〉〈橿原〉
また、これらの部隊以外にも、軍令部直属の第一、第二航空艦隊などの航空部隊、中東に派遣された装甲巡洋艦春日などの艦艇が存在している。
こうした陣容で、帝国海軍は対ソ戦に臨むこととなったのである。
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日ソ開戦時点において、日本海を担当する帝国海軍第七艦隊の兵力は分散していた。
ソ連軍の侵攻部隊や水上艦隊による艦砲射撃から朝鮮半島にある清津や城津の製鉄所などを守らねばならないことは開戦前から認識されていたものの、ソ連軍が北海道に直接侵攻する可能性も否定出来なかったからである。
結果、第十一航空艦隊が満洲・朝鮮方面へと進出したこともあり、連合艦隊司令部および第七艦隊司令長官・五藤存知中将は朝鮮半島南部の鎮海に第六戦隊などの一部戦力を残して、戦艦伊勢や空母隼鷹などを主力とした艦艇を舞鶴に回航させていた。
北海道東方海上でのソ連艦隊の演習の活発化、そして樺太対岸のソヴィエツカヤ・ガヴァニに輸送船が集結していることが確認されていたから、情勢の推移次第ではさらに大湊にまで第七艦隊を進出させることをGF司令部は検討していた。
そうした最中で、第七艦隊は対ソ開戦を迎えてしまったのである。
「しかし、第七艦隊を再び朝鮮東岸に回航するというのも、ソ連側の作戦目的が未だ見えてこぬ以上、避けるべきであろうな」
開戦当日、連合艦隊旗艦大淀の司令部で、古賀峰一GF司令長官は集まった参謀たちに向けてそう言った。
「はい、ウラジオストク、ソヴィエツカヤ・ガヴァニ、そしてペトロパブロフスク・カムチャッキーに、それぞれソ連軍輸送船が集結しているのが確認されております。現状で第七艦隊のすべてを朝鮮東岸に集結させるのは、早計かと」
古賀の意見に同意したのは、塚原二四三中将であった。
「そうは言いましても、やはり第七艦隊の戦力が分散している現状については改善すべきかと存じます」
一方、そう指摘したのは、先任参謀の柳沢蔵之介大佐である。
「ソ連海軍の通信を分析しますと、ソユーズ級を初めとする主要艦艇は依然としてウラジオストクにあることが確認出来ます。北海道への直接上陸は確かに警戒すべきものではありますが、一方でソ連艦隊の所在から考えますと朝鮮東岸への上陸作戦も否定出来ません。千島沖には現在、第一戦隊を中心とする艦艇が控えておりますので、これに第二戦隊および第一水雷戦隊を加えて第一艦隊の全力を大湊に回航、第七艦隊についてはその全力を朝鮮半島東岸に展開させることも考慮に入れるべきかと」
第二戦隊は戦艦加賀、土佐、長門、陸奥からなる戦隊であり、第一水雷戦隊とともに第一艦隊に所属する部隊であった。
現在、これらの艦艇は第一戦隊との対抗演習などを行うことも想定して、東京湾に回航されていた。そのため、千島沖で演習中の第一戦隊などと合流させることも十分に可能であった。
「角田長官からは、第一艦隊司令長官として機宜の行動をとるとの通信が入っておりますので、加賀以下を大和に合流させることで、北海道方面の艦隊兵力を強化することが出来ます」
「角田中将はいささか気が早すぎる」
だが、塚原は柳沢の意見に否定的であった。
「確かに緒戦で帝国海軍の実力を示すことはアメリカに対する抑止力という点から考慮すべきではあるが、現状で第一戦隊を危険に晒しては今後の作戦に差し支えがあろう」
第一艦隊司令長官・角田覚治中将はソ連の対日侵攻が確認された直後に機宜の行動をとるとの電文をGF司令部に発した後、さらに択捉島単冠湾で燃料の補給を行い次第、千島列島を北上、アバチャ湾のソ連海軍基地への艦砲射撃を敢行するとの行動計画を伝えてきていた。
恐らくは、開戦劈頭にペトロパブロフスク・カムチャッキーを壊滅させることで、太平洋航路の安全を確保しようという意図だろう。
とはいえ、こうした作戦計画はGF司令部にはなく、完全に角田中将の独断専行といえる行動であった。
それに、塚原は苦々しい思いを抱いていたのである。
「GFはこれからアバチャ湾攻略作戦および陸軍のウラジオ上陸作戦の支援をしなければならん。その前に、艦隊を不用意な危険にさらすわけにはいかんというのに」
だが、かといってGF司令部は角田長官の行動を掣肘する決断も出来ずにいた。ここで帝国海軍最強の戦艦を擁する第一戦隊が引き下がることになれば、それは全軍の士気に悪影響を及ぼすだけでなく、対米抑止力という点でも大和型戦艦の価値を低下させることになってしまうからだ。
ある意味で、古賀や塚原はソ連海軍と対決する決断と責任を回避しようとしているともいえた。
彼らの意識では、日ソ開戦に至った現在でも海軍の第一の仮想敵国はアメリカであると考えていたのである。
そのため、北海道や朝鮮半島、そして満洲国をソ連軍の侵攻から守り抜くことの重要性を理解しつつも、何らかの決断を下せずにいたのであった。
そして、連合艦隊司令部が議論と逡巡を重ねている内に事態はさらに進んでいくこととなる。




