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北溟のアナバシス  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第二章 北方の赤い影編

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39 衝突への備え

「我が大英帝国は、極東における日ソ間の緊張関係を憂慮しております」


 一九四四年七月、駐日イギリス大使ロバート・クレーギーは、外務大臣である吉田茂の元を訪れていた。


「本国からの勧告もあり、在満のイギリス人には満洲国国外への避難を呼びかけております。吉田閣下には、是非とも満洲国から脱する我が国邦人への便宜を図っていただけますよう、お願い申し上げます」


「ええ、もちろんですとも。帝国は長年の友好国である貴国国民を安全に退避させることに、協力を惜しみません」


 かつて吉田が閣議の席で語ったように、イギリスの側から満洲国在住のイギリス人に対して国外退避を勧告させるという策は、成功していた。満洲国から引き揚げたイギリス人たちは、ひとまず英国の租借地のある上海へと向かうこととなっていた。

 これに対し、日本も大連汽船(満鉄の子会社。日本郵船、大阪商船に次ぐ日本第三位の保有トン数を誇っている)などが満洲国から退避するイギリス人たちに便宜を図っていた。

 もちろん、ソ連外相モロトフはイギリスの自国民に対するこうした勧告を、極東情勢を徒に緊張化させ、日ソ間の紛争を煽っていると声高に避難していたが、チャーチル政権は柳に風と受け流している。


「吉田閣下、私はイギリスを代表しまして、ソビエトの脅威に晒されている貴国に揺るぎない連帯を示します」


「ありがたいことです。貴国とは四十年前の日露戦争において同盟関係にあった(よしみ)もあります。帝国臣民も、イギリスの変わらぬ対日友好姿勢に感謝することでしょう」


「吉田閣下、チャーチル首相は独ソというユーラシア大陸を分割せんと目論む侵略国家に対し、断乎とした姿勢で臨むと申しております。貴国がソ連の直接的な脅威に晒された際には、喜んで援助の手を差し伸べる、とも」


 クレーギーは、流石に“共に立ち向かう”とまでは言わなかった。しかし、直接的な軍事支援は約束せずとも、日ソ戦が勃発した場合には間接的に日本を支援するという本国政府の意向を伝えたわけである。

 当然、イギリス側からそうした反応を引き出せたことに、吉田茂は内心で満足していた。

 チャーチル首相は日英同盟の復活を望んでおり、日本側にもアメリカやソ連を牽制する都合上、同盟を推進しようという動きはあるものの、未だ両国間で具体的な交渉は始まっていなかった。

 理由は、やはりアメリカの存在である。

 イギリスとしてはナチス・ドイツと対峙する関係上、アメリカとの関係は一定程度、維持する必要があった。実際、第二次欧州大戦の勃発に際してルーズベルト政権は中立法を英仏にとって有利な形に改正したわけであるから、再度の英独戦が勃発した際にもアメリカ側から好意的な姿勢を引き出す必要性があった。

 しかし現状では日米関係の緊張緩和が見込めない以上、この国際情勢下での日英同盟の復活はアメリカを刺激することになりかねない。

 だからこそ、日英それぞれの政権内部に日英同盟復活論を唱える者たちがいても、現実の外交として動き出せずにいたのである。

 まずは日英不可侵条約にアメリカを加え、そこから独ソに対する同盟関係に発展させるという展開が望ましかったのであるが、ルーズベルト政権では特にハル国務長官が自身の掲げる四原則に固執し、さらにルーズベルト大統領自身も親ソ的な対外観を抱いていたから、独ソを対象とした日英米同盟は依然として実現可能性は低かった。


「クレーギー大使閣下、我が帝国も東亜の安定勢力として共産主義の脅威には断じて屈しない覚悟であると、チャーチル首相にお伝え下さい」


「ええ、我が大英帝国と貴国が連帯すれば、必ずや侵略者どもの野望を阻止することが叶いましょう」


 そう言って二人の外交官は握手を交し、同盟を結んでおらずとも日英の連帯は強固なものであることを互いに確認し合ったのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方、この頃の閣議では日本の保有する船舶量がたびたび議題に上がっていた。


「昭和十九年三月末日現在で帝国の保有する船舶は、一〇〇〇総トン以上の船舶が一〇〇〇万総トン。戦時における国内の生産力維持や国民生活の維持のためにも、約半分にあたる五〇〇万総トンは民需用として確保しなくてはなりません」


 そう報告したのは、企画院総裁・秋永月三(つきぞう)陸軍中将であった。

 企画院とは、国家総動員政策を立案するための内閣直属の機関である。秋永中将は一九三九年以来、企画院の各部署を歴任し、一九四三年、総裁に就任していた。


「日ソ開戦の場合、敵潜水艦や航空機による船舶損耗率はおよそ三十五パーセントから四十パーセント。これは、第二次欧州大戦における英国の損耗率を基準に計算しております。つまり、一年間で三五〇万トンから四〇〇万トンの船舶が失われる計算となります。これに対し、現在の我が国の造船能力は年間五〇万トン……ああ、海軍艦艇の建造トン数はここから省いております……ですので、戦争期間が長引けば長引くほど、帝国の船舶量は危機的な状況に陥るものと考えられます」


 一九四〇年代当時、世界最大の造船量を誇っていたのはイギリスであった。イギリスは、年間約一〇〇万トンもの船舶を建造する能力を持っており、これに次ぐのがアメリカの約七〇万トンであった。

 後世、工業大国として認識されるような印象と異なり、アメリカの造船業・海運業は一九三〇年代を通して不振であり、第二次欧州大戦の影響で年間造船トン数は増大したものの、顕著な改善は見られなかった。これは、アメリカの建造費用が他国の二倍近い水準であったことで国際競争能力に劣っていたことが原因の一つである。

 そして日本は一九四〇年代当時、イギリス、アメリカに次ぐ世界第三位の船舶保有量を誇っていた。

 一九三〇年代、日本は恐慌対策としてスクラップ・アンド・ビルド方式の船舶改善助成施設を行い造船需要を喚起、そして三〇年代後半になると造船における効率化を進めるため逓信省標準船を制定し、有事における船舶の大量生産に備える体制を構築してきた。

 第二次欧州大戦による欧州情勢の緊張状態の継続、日米関係の緊張化によっていっそう海運国策の重要性が認識され、逓信省標準船は戦時標準船としてさらなる大量生産が可能なように新たな設計が用意された(これに伴い、戦時標準船に対して逓信省標準船は「平時標準船」と呼ばれるようになった)。

 その成果が、昭和十八年度末における一〇〇〇万トンという船舶保有量だったのである。


「秋月総裁、その見積もりはいささか悲観的ではないか?」


 企画院の示した戦時船舶喪失量の見込みに異議を唱えたのは、東條英機であった。


「ソ連は陸軍大国であって、ドイツのように潜水艦を広く太平洋に展開させる能力があるのか?」


「いえ、東條陸相、ソ連は極東地域に一〇〇隻近い潜水艦を配備していると見込まれており、特にその一部はカムチャッカ半島アバチャ湾に基地を構えているため、我が国の太平洋航路を脅かすことが可能です」


 そう反論したのは、堀悌吉である。


「もちろん、海軍としては輸送船の護衛に全力を尽くす所存ではありますが、被害を皆無とすることは不可能でしょう」


「先ほどの企画院総裁の報告に一点、付け加えるとすれば、一〇〇〇総トン未満の船舶も戦時になれば大量に徴傭せざるを得ないという点です」


 続けて発言したのは、逓信相の田尻昌次陸軍中将であった。


「陸軍は上陸作戦や物資の荷揚げ、海軍は掃海のため、すでに相当量の小型船舶の戦時徴傭が計画されておりますが、国内の民需輸送、特に石炭の輸送への影響力が大きくなると見込まれます。国内における石炭の輸送が滞れば、発電所の操業が覚束なくなり、全国各地の工場での生産量にも大きな影響を与えます」


「田尻逓信相のご指摘にさらに加えるのならば、我が国の対外貿易はその三割から四割を外国船に依存しているということです」秋永は言う。「戦時となれば、当然、中立国船舶は危険を恐れて我が国から引き揚げていくでしょう。アメリカの中立法にあるキャッシュ・アンド・キャリー方式の観点から見ましても、民需五〇〇万トンは絶対に下回らないよう、東條陸相と堀海相には是非ともお願いいたしたく存じます」


 船舶を巡る閣議は、日本の造船業と海運業が依然として英米の水準に及んでいないことを全員に自覚させる、重苦しいものであった。

 大日本帝国は保有船舶量に不安を抱えながらも、満洲における対ソ戦を覚悟せざるを得なかったのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どの国もアメリカの動向によって自国の舵取りをせざるを得ない。 アメリカだけが自覚してないだけで、この時点でアメリカは覇権国家なんですよね。
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