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北溟のアナバシス  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第二章 北方の赤い影編

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34 海軍の対ソ作戦計画

 ソ連海軍による日本海公海上での日本船舶に対する臨検、そして北太平洋での北洋漁業におけるソ連官憲の取り締り強化によって、帝国海軍の面子が傷付けられたと考えている海軍軍人は多かった。

 現在、日本海においては第七艦隊および鎮海警備府所属の第一〇五戦隊が日本海航路の警備に就き、北太平洋においては第五艦隊および大湊警備府所属の海防艦が漁船の保護に当たっている。

 第七艦隊と同じく第五艦隊も出師準備に伴って戦時編制へと移行していた。その編成は、次の通りである。


  第五艦隊  司令長官:志摩清英中将

司令部直属【重巡】〈那智〉【装甲巡洋艦】〈磐手〉〈八雲〉(※種別上は一等巡洋艦)

第十七戦隊【敷設艦】〈厳島〉〈八重山〉【特設敷設艦】〈辰宮丸〉

第二十一戦隊【軽巡】〈多摩〉〈木曾〉

第二十二戦隊【特設巡洋艦】〈粟田丸〉〈浅香丸〉〈赤城丸〉

第一駆逐隊【駆逐艦】〈神風〉〈野風〉〈沼風〉〈波風〉

第三駆逐隊【駆逐艦】〈汐風〉〈帆風〉

第三十四駆逐隊【駆逐艦】〈羽風〉〈秋風〉〈太刀風〉

駆潜艇ほか


 その内容は、やはり第七艦隊と同じく旧式艦艇を中心に構成されていた。

 特に装甲巡洋艦磐手と八雲は、日露戦争期の艦艇である。帝国海軍において海防艦の定義が変更される以前は、こうした旧式艦艇が“海防艦”の役割を担っていた。

 特に装甲巡洋艦は船体が大型で威圧感もあることから、カムチャッカ半島に小型の警備艇程度しか配備していないソ連側に対する示威効果はそれなりにあった(もちろん、その反面燃費はかさむ)。

 カムチャッカ半島沖での邦人漁民保護が主な任務であると考えれば、磐手と八雲はかつての“海防艦”時代の任務に立ち戻ったといえよう。

 現在、第五艦隊の主要な艦艇は択捉島単冠湾を泊地として用いていた。また、前線基地として幌筵島の泊地も利用している。

 現在は未だ平時であったから第五艦隊の役割は北洋漁業に従事する漁船の保護であったが、いざ戦時となれば第五艦隊はペトロパブロフスク・カムチャッキーのソ連艦隊、ないしはアリューシャン列島に展開するアメリカ艦隊と対峙することとなる。

 現在の国際情勢では、ソ連の脅威の方がより高いと第五艦隊司令部は判断していた。北洋漁業に従事する漁民たちにとって、ソ連官憲が直接の脅威となっていたからだ。

 仮に対ソ戦となれば、第五艦隊は宗谷海峡と津軽海峡を対潜機雷堰で封鎖し、ソ連潜水艦部隊の太平洋進出を阻止することが求められている。そのために、第五艦隊には敷設艦が三隻、配備されていたのである。

 しかし、最近になって連合艦隊司令部や軍令部は第五艦隊に新たな任務を付け加えようとしていた。

 それは、カムチャッカ半島アバチャ湾上陸作戦の支援である。

 第五艦隊は、対ソ戦時における宗谷・津軽両海峡の封鎖だけでなく、上陸船団の護衛や上陸作戦の支援をも担わなければならなくなっていたのであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「日ソ開戦の場合、連合艦隊は海上交通路の安全確保および対馬・津軽・宗谷三海峡の封鎖、そして在極東ソ連航空戦力の撃滅を目指すものとします」


 連合艦隊旗艦大淀にやってきた軍令部次長・伊藤整一中将は、連合艦隊参謀長・塚原二四三中将そう申し渡した。


「なお、海上交通路の安全確保のため、開戦後出来るだけ早い時期にアバチャ湾攻略作戦を実施するものといたします」


 同じ中将の階級であるものの、塚原の方が海兵三期先輩(伊藤が三十九期、塚原が三十六期)のため、自然と伊藤の口調は丁寧なものとなる。

 連合艦隊が上申したカムチャッカ半島攻略作戦が認められたことで、塚原の顔にも安堵の表情が浮かんだ。


「このアバチャ湾上陸作戦については、千島根拠地隊を基幹として舞鶴鎮守府第三特別陸戦隊を加え、新たに第五艦隊の指揮下に第五十一根拠地隊を編成し、これを上陸作戦に充てるものとします」


 千島根拠地隊は、千島列島の防備強化に合せてすでに五〇〇〇人近い兵力にまで増強されていた。そこにさらに舞鶴鎮守府第三特別陸戦隊を加えることで、約六五〇〇名規模の部隊に拡大することになる。

 攻略目標であるペトロパブロフスク・カムチャッキーは、他の地域から完全に孤立した街であった。カムチャッカ半島の峻険な山々に阻まれ、陸路を使った他の街への交通手段が乏しいのである。

 そのため、攻略後の占領地の維持などの問題を含めてもそれほど大兵力を投入せずとも攻略が可能であろうと、軍令部は考えていた。

 千島列島からもそれほど距離はなく、占領部隊への補給も容易である。

 このペトロパブロフスク・カムチャッキーを攻略することで、ソ連海軍が太平洋側に持つ唯一の港を使用不能に出来、それによって太平洋にソ連海軍潜水艦部隊が進出するのを防ぐことが出来る。もちろん、完全にはソ連潜水艦の太平洋進出を阻止することは不可能であろうから、日本海から外洋に出ることの出来る宗谷・津軽・対馬の三海峡の封鎖を、軍令部は連合艦隊に命じているわけである。

 この三海峡には、開戦と同時に敷設艦を派遣して対潜機雷堰を設置することとなっていた。また、海上護衛を担当する九〇〇番台の航空部隊も、朝鮮半島南部の鎮海などに展開している。

 少なくとも、ソ連海軍潜水艦部隊が太平洋や東シナ海・南シナ海で跳梁跋扈することは防げると、軍令部も連合艦隊司令部も考えていた。


「また、満洲に展開している哈爾浜特別陸戦隊については、当初の編制目的の通り、北満油田の防衛に任じるものとします」


 哈爾浜特別陸戦隊は、海軍の保有する最大規模の陸戦兵力であった。

 哈爾浜特別陸戦隊とは、“特別陸戦隊”の名の通り海軍が常設した陸戦隊の一つであり、地名が表わすように哈爾浜近郊に配置されている。

 北満油田に設置された海軍第一〇一燃料廠の警備・守備にあたるための部隊であり、現在、約一万五〇〇〇の兵力から成ってた。

 この他、空挺部隊である横須賀鎮守府第一特別陸戦隊、横須賀鎮守府第三特別陸戦隊、さらには潜水艦で敵地に上陸して攪乱作戦を行う呉鎮守府第一〇一特別陸戦隊などの陸戦兵力が、根拠地隊などとは別に内地に存在している。

 これら特殊な任務を帯びた陸戦隊は、すべて第二次欧州大戦の戦訓から生まれた部隊であった。

 また、千島根拠地隊のように、根拠地隊自体も第二次欧州大戦を期に兵力の増員を行っていた。

 このように、海軍が陸戦部隊を充実させようとした要因には、第二次欧州大戦におけるイギリスの実質的敗北が挙げられる。ダンケルクで四十万の英軍が包囲殲滅された結果、イギリスが海軍戦力が健在であるにもかかわらずドイツと講和を結んだことは、日本海軍に衝撃を与えた。

 そのため日本海軍は、満洲で陸軍が敗れた場合、本土を守るのは海軍陸戦隊しかいないと考え、北満油田や千島列島の防衛を口実に常設の特別陸戦隊や根拠地隊を拡大していったのである。


「伊藤次長、陸軍では沿海州上陸作戦の話が上がっていると聞くが、その点についてはどうなのだ?」


 塚原は、恐らくは連合艦隊司令部の誰もが気に掛かっている点について問うた。連合艦隊参謀長からの問いかけに、伊藤が難しい表情を見せる。


「参謀本部からは、対ソ戦開戦後二ヶ月を目途にウラジオストク上陸作戦を行いたい旨、申し入れがありました。つまり、情勢次第では連合艦隊主力の一部を以て、ソ連太平洋艦隊の撃滅を図ることとなります」


「しかし、そうなれば太平洋側から有力な戦力がなくなってしまう。米国に対する抑止力としての観点からも、GF司令部としては再考を求めたい」


 伊藤の言葉に、塚原は即座に反論した。それに対し、伊藤は苦渋の滲んだ声で応じる。


「塚原参謀長、あなたのおっしゃりたいことは判りますし、軍令部でもウラジオ攻略作戦に否定的な者はおります。しかし一方で、日本海や北太平洋における昨今のソ連の傍若無人ぶりは目に余るものがあります。いざ対ソ戦となった場合、我が帝国海軍がソ連海軍を断乎として膺懲しなければ、鼎の軽重を問われることになりましょう。帝国海軍の実力を示すことが、かえって対米抑止力となるという考え方もあります」


「うぅむ……」


 伊藤の説得に、塚原は腕を組んで唸る。確かに、ソ連太平洋艦隊との決戦を回避するような姿勢を連合艦隊がとれば、かえって米国は日本与しやすしと見て外交的・軍事的圧力を強化してくるかもしれない。

 その意味では、対ソ戦においてソ連太平洋艦隊を撃滅することで帝国海軍の実力を示すというのは、アメリカに対しても牽制の効果があるといえよう。

 ただしそれは、ソ連海軍との決戦において連合艦隊がほとんど戦力を損なわなかった場合に限る。

 かつての日本海海戦のような完璧な勝利を、連合艦隊は求められているといえた。

 だからこそ、その困難さを自覚している伊藤は表情を険しくし、塚原も低く唸らざるを得なかったのだ。


「……軍令部と陸軍の意向は判った。ソ連太平洋艦隊との決戦構想についてはGF司令部でも検討を行う故、また陸軍側から何かあれば伝えて欲しい」


「承知いたしました」


 ひとまず、塚原としては連合艦隊参謀長として、統帥部である軍令部と参謀本部の方針に従わざるを得なかったのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 陸の孤島とかした港町……それ、潜水艦の補給拠点として使い物になるんですかね。そこを攻略する意味とは……?
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