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女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です  作者: 玉名 くじら
第2章

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59 勝敗の行方


 「ふふ…。悪いけどぉ、勝たせてもらうわよぉ」

 「もう勝った気でいるんですか? 残念ですが、この勝負私がいただきます」

 両者、これから口で戦うのかなってくらいニコニコしながら話し合いをしている。ここは、険しい表情で睨んだりするところじゃないだろうか?


 そんな状況で先に仕掛けたのはエリーだった。

 たった一蹴りでミルキーさんの前まで飛ぶと、勢いそのままに拳を一発二発と振りかざす。ブオンブオンと鈍い風切り音をさせながら拳を振るっていく。

 あれが当たったら、痣だけで済まないんでしょうね…。


 ミルキーさんはというと、危なげなく飄々と躱していく。

 エリーが右、左と拳を振り、一回後ろ回し蹴りを挟む。その勢いで一回転してから正拳突きを繰り出すが、拳に軽く手を触れ、その勢いに乗ってエリーの背後に回る。

 そのまま、エリーの背後に容赦なく蹴りを入れる。

 正拳突きの失敗と背後からの蹴りで前のめりに転びそうになるが、一回二回、三回と回転し正面を向き態勢を整える。しかし、それを許すミルキーさんではなく、一回二回と回し蹴りを繰り出し、トドメとばかりに踵落としをする。


 エリーはというと、両腕でそれを止める。ズズンという音と共に地面に穴が空く。

 「ふんっ!!!」

 掛け声と共に両腕を上に突き出し、ミルキーさんを後ずさりさせる。そして、再びブオンブオンと音をさせながら斜め上から振り下ろすように拳を振るエリー。

 その勢いは凄まじく、振り下ろされた地面は触れてもいないのに抉れていく。何回も振り下ろし抉れた地面からは土埃が舞い、視界が悪くなる。


 視界が悪い中、エリーのものと思われる怒声と拳をぶつけ合っているとは思えない音が木霊する。

 暫く音が止んだかなと思ったら、ブンブンブンと何かを振り回すような音が聞こえる。その音が速さを増すにつれ土埃は薄れ、中からはミルキーさんの足を掴んで振り回すエリーの姿。ミルキーさん、あれでまた酔ったりしないんだろうか?


 「どりゃぁあああああああああああっ!!!!!!」

 砲丸投げでもしてるんか? というような掛け声と共にミルキーさんを空中へ射出する。だが、そこはオパールレイン家のメイドさん。空中で一回転した後、そのままホバリングし、エリー目掛けて空中蹴りをする。

 流石に掴んだり避けたりできないと思ったのか、両腕をクロスさせ防御の姿勢を取る。


 ズザザザザザザザーーーーー―――――


 数メートルは移動しただろうか。地面には歪な二本の線が残る。

 倒しきれなかったミルキーさんは、後ろに跳び、姿勢を低くしてエリー目掛けて駆け出す。エリーもそれに応えるように姿勢を低くして突進する。まるでブルドーザーのよう。


 そのまま両者、某格闘漫画の如く、殴って防いで、蹴って防いでを繰り返してした。時には、拳をぶつけ合いながら垂直に上昇したり、庭師の大切にしていた木を真っ二つにしたり、クレーターを作ったりしていた。

 そんな人間やめてる二人の戦いも三十分近く経とうとしていた。


 肩で「ぜぇぜぇ」と荒く息をしながら、口元の血を拭うエリーと、「ふぅふぅ」とエリー程は荒い呼吸をしていない笑顔の消えたミルキーさん。

 この状況だけを見るとミルキーさんが勝つように思われたが、エリーからの攻撃が重く、ダメージが結構蓄積していたのか、その場で膝をついてしまうミルキーさん。

 もう、これ以上動けそうになかったのか、絞り出すように敗北の言葉を口にする。

 「くっ……。わ、私の……負け…です……」

 「うおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ!!!!!!」

 勝ったことが嬉しかったのか、雄叫びをあげながらドラミングするエリー。

 その様子を見た瞬間頽れるレオナルド。

 王妃様はこの騒動を嗾けた張本人のくせに、笑顔のまま冷や汗をたっぷりとかいている。どうやら予想外だったらしい。


           *      


 「レオナルド様〜〜! 私ぃ勝ちましたよぉ〜」

 エリーがドスドスドスと音を立てながら、きゃるるんと擬音がつきそうな女の子走りのポーズで走ってきた。

 「あ、あぁ…。あぁぁぁっ……」

 レオナルドが嗚咽に近い悲鳴を上げている。仕方ないね。恋の力は偉大だわ。まさかエリーがミルキーさんに勝つとは私も思わなかったわ。


 「レ、レオちゃんどうしましょう…。私、負けて諦めると思ったのに勝っちゃたんですけど…」

 「お、お母様が嗾けなければ、こうはならなかった筈です。どう責任をとるんです?」

 「困ったわ。ホント困ったわ。ねぇ、レイチェルどうしましょう?」

 「え、私に聞くんですか? まぁ、(うちとしてはそっちのがありがたいので)ちゃんと婚約者候補として、接すればいいんじゃないでしょうかね。勿論クリスも婚約者から候補になりますわね」

 「それは嫌だわ」

 「それは断固拒否します」

 この親にしてこの子ありだわ。思考回路がそっくりだわ。でも、お母様も少し思考が引っ張られてるところあるから安心出来ないわね。


 「ク、クリス…、わ、私は一体どうしたらいいんでしょう?」

 そんなラジオのパーソナリティにお便り出すような感じで言われても知らんがな。

 まぁ、そうねぇ…。

 「私は大丈夫です。諦めますのでどうぞエリーとお幸せに」

 「そ、そんな…。嘘だと言ってください」

 別に私にとっては、これメリットしかないですし。上手くいけば婚約破棄につながりそうですし。タナボタですわ。

 しかし、世の中そう上手くいかないようで。


 エリーがレオナルドの元へもう少しというところで、ウィリアムが声をかける。

 「おー、お前スゲェな。あんなに強かったなんて知らなかったぜ。凄くカッコよかったぜ! お前の戦う姿みて惚れちゃったぜ!」

 ニッコリと屈託のない笑顔でエリーを賞賛する。


 ……トゥンク……


 そんな感じの音が聞こえた気がした。

 「あ、あらぁ、そぉう? あ、ありがとねぇ…」

 何故かエリーが立ち止まり、恋する乙女のように顔を赤くして、モジモジと体をくねらし始める。

 あれ、風向き変わった?


 そんなエリーはテレテレと恥じらう乙女のようによそよそしい態度でレオナルドと王妃様の前へ近づくと、ゆっくりと頭を下げて申し訳なさそうに話し出す。

 「エテルナ王妃殿下、レオナルド王子殿下、誠に申し訳ありません…。勝負の前にお願いした件なのですが、一旦白紙に戻していただくことは可能でしょうか?」

 「「へ?」」

 王族とは思えないくらい間の抜けた声が聞こえた。


 「実は、今しがた気になる殿方に出会いまして、その方へアプローチしていこうかと考えていまして…」

 「ま、まぁ、し、仕方ないですわね。そういうことでしたらこの話は無かったことにいたしましょう!」

 「え、えぇ。そうですね。い、いやー残念だなぁ…。そうですか、是非ともその方の心を射止めてください。なに、気にすることはありませんよ」

 「そ、そうですか。ホントにごめんなさい。でも私、あの人に恋してしまったんです」

 「いいんですよ。自分の気持ちに正直になることはいいことです。応援してますよ」

 「えぇ、王家としても後押ししますよ。フフ……」

 その言葉を聞いたエリーは再度、頭を下げてウィリアムの所へ戻っていった。


 そして、ウィリアムの腕をとり腕組みすると、ウィリアムが不思議そうな声を出す。

 「どうしたお前、疲れたのかー?」

 「うふふ。そうよぉ。運んでくれるぅ?」

 「仕方ねーなー。ほら、捕まれよ」

 「あーん♥」

 ウィリアムとエリーが仲睦まじく屋敷の方へ歩いていく。そんな様子を父親であるパジェロ将軍が真っ白い顔で絶望したような表情をしていた。微かに手や足が震えている。仕事のしすぎかな?


 「いやー、良かったですねぇお母様」

 「ホント、一時はどうなるかと思ったわぁ。無事に丸く収まって良かったわぁ」

 ぜんっぜん良くないよ! もう少しで、婚約者から婚約者候補になって婚約破棄に繋がる第一歩だったのに、全部駄目になってしまったじゃん。

 可能性の芽を摘み切ったウィリアムには後でキッツイお仕置きをしてやろう。手始めにウィリアム総受けの本を描いて広めてやろう。

 そういえば、お母様が話に絡んでこないなと思ってお母様の方を見上げると、笑顔で固まっていた。やっぱりお母様的にも想定外だったらしい。

 まぁ、世の中そんな上手くいくわけないよね。どうすっかなぁ…。



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