40 皇都へ到着
ヴェイロンに背に乗って飛ぶ事十五分〜二十分くらいで、皇都の上空へ到達した。
体感的にはもっと短く感じたが、やはりドラゴンの空を飛ぶ速度というものは驚異的だなと、まざまざと見せつけられた。
どんよりと黒く重い空と同じで上空から見下ろした街も、気が滅入りそうなほど全体的に灰色で暗かった。
その中で唯一と言っていいくらい微かに色が付いている大きな建物があった。
「あれが帝国の城?」
「だろうな。お世辞にも綺麗とは言えないな。立派ではあるけれど…」
「じゃああそこめがけて行けばいいのね」
「ええ、お願いね」
そのまま飛んで皇城を目指す。
街の中には殆ど人がいない。みんな家の中に居るのだろうか。
その中で一箇所、だだっ広い大通りの真ん中を黒っぽい集団が列をなして歩いているのを見かけた。
一行はその先にある大聖堂のような場所へ向けてゆっくりとすすんでいた。
全員が黒い服を着ている中で、二人だけ真っ赤な服に身を包んでいた。その内の一人は青い海のような髪色をしていた。という事は、もう一人の赤い服を着ているのは新しい皇帝なのだろうか…。
確認したいが、ヴェイロンの飛ぶ速度が早く、あっという間にその反対側にある皇城へ着いてしまった。
「じゃあ、俺はここで降りるよ」
「えっ?」
「さっきの人の中にサマンサがいたじゃないか」
ウィリアムも先ほどの場所を見ていたのだろう。
それにしてもウィリアムはお姉様の事だけはいつも呼び捨てよね。まぁ、様付けとかお姉様っていうのもしっくりこないしね。
「あいつらがあそこにいるって事は、レオナルド達はこっちにいるんだろう?」
「そうね」
「こっちの事は俺に任せておけよ」
「大丈夫なの?」
「中で王妃様やクリスのかーちゃんと合流出来れば何とかなるだろ?」
「まぁ…そうね」
でも一つ気がかりなのは、そんなお母様達が何も行動してないように思えるという事だ。
メイドさん達も付いているから、自力で脱出したり、なんなら皇都を制圧していてもおかしくない。
だから、動けない理由があるかもしれないから、簡単に「任せるわ」なんて言えない。
でも、そんなウィリアムは決意と自信に満ちた表情をしていた。そして、腰に佩いた剣の柄頭を握っていていた。
これは任せた方がいいかもしれない。そう思えた。
「分かったわ。気をつけてね」
「あぁ、任せな」
そう言ってウィリアムはひょいと皇城の屋根へ飛び移った。
そして、そのままバルコニーへと降りると、一度振り返りサムズアップをして中へ入っていった。
*
ウィリアムは中へ入ると、やけに静かだなと思い、眉間に皺を寄せた。
もしかしたら誰かが待ち構えていて隙を見て襲いかかってくるかもしれない。
「これは気を抜けないな」
ウィリアムはいつでも対応出来るよう、いつでも剣を抜けるよう構えながら慎重に歩みを進めた。
エンジェルシリカ領での戦いに参加した祖母から渡された剣だ。
今まで数多の戦場で勝鬨を上げた剣だ。これほど心強いものはない。ウィリアム自身も祖母や父から受け継いだ剣術がある。勇気を奮い立たせ、この場を乗り切ってみせるとクリスの顔を思い出しながら進んでいった。
だが、いくら進んでも人っ子一人現れなかった。
人の気配が無いのだ。それどころか、外と同じく皇城の中は体が芯まで冷えそうなほど寒かった。
一つ一つ慎重に部屋を開け、中を確認していく。その繰り返しなのだが、全くもって徒労に終わる。
正直衛兵や使用人が出てこない方がありがたいのだが、思っていた事と違うなと眉を顰めた。
「普通もっといるもんだろ? どうしてこんなにいないんだ?」
つい、思っていたことが口から零れてしまう。そして、吐いた息のあまりの白さに呆然としてしまった。
無駄に広い城のどこに幽閉されているのか分からない。
一番上の階から調べているが、まさか地下ということは無いだろう。
コの字型の建物の為、もしかしたら反対側にいるかもしれないと思い、窓に近づいて向こう側を見やった。
目を凝らしてみると、一箇所金色の頭部部分が動いているような場所を見つけた。
「あそこか?」
急ぎたい気持ちはあるが、急いては危ないと思い、少しだけ歩みの速度を速めるに留めた。
途中にある階段は念入りに確認した。誰も登ってくる気配が無い事を確認してから例の部屋へ向かった。
念の為、扉を軽くノックする。
「は、はい!」
中からはレオナルドの驚いた声がした。
このまま開けても大丈夫だろうか? 誰か潜んではいないだろうか?
「…あれ? 入ってきませんね…」
「…ほら、ここ立て付け悪いから…」
レオナルドとライオネルの声が漏れ聞こえた。どうやら他にはいないのだろうと確信し、扉をゆっくりと開けた。
部屋に入り、すぐに扉の裏側を確認するが、誰もいなかった。どうやら本当に二人しかいないようだ。
「リアム!」
「遅くなって悪いな。ライオネル殿下も大事なく…」
「気にしないでいいよ」
「兄上と私で、あまりにも態度が違いませんか?」
「しゃーない。幼馴染だからな」
「………まぁ、そういう事なら…」
「まぁ、ここに来たのがクリスじゃなくて悪いな」
「なっ! そ、そそそ…そんな、何も言ってないじゃないですか!」
「そっちの方が良かったかなと思っただけで、何でそんな慌てるんだ…」
「もう正直になったらどうだい?」
「兄上まで……」
警戒を怠らずに部屋の中を見回す。必要最低限の家具しかなく、他国の王族を幽閉するにはあまりにも簡素過ぎた。
それ以上に暖房が効いていない事が気がかりだった。
「寒くないのか?」
「寒いんですけど、暖房の使い方が分からなくて」
暖炉の方を見ると使用された跡はあった。おそらくここの使用人が火を起こしたのだろう。
レオナルドもライオネルも原始的な火の起こし方は分からなかったのだろう。
「そういえば、護衛とかメイドとか連れてきていたよな。どうしたんだ?」
「別の場所に隔離されているようですね。お陰でご覧の有様です」
レオナルドは肩を竦めて言ってみせる。少しは自分で何とかしようとしたのだろう。暖炉の周辺だけやたらと汚かった。
「ところで王妃様は別なのか?」
「そうですね。最初から別でしたね」
「そうか…」
反対側から来たのだが、人の気配は無かった。
そういえば、一番最初に開けた部屋だけテーブルが入り口近くに置かれていたなと思い出す。
もしかしたら勝手に抜け出したのかもしれない。
バルコニーかあるいは別の方法で部屋を出たのかもしれない。じっとしていられないような人達だ。その可能性はあるだろう。
そして、あのテーブルは扉の前に置かれていたバリケードだったのでは? ここの衛兵辺りが押したためにあの場所に移動したのではないだろうかとウィリアムは考えた。もっともその考えは半分正解で半分間違っていたのだが。
ウィリアムは思案する。
レオナルドとライオネルを脱出させるに当たって、どうすれば安全に進むことが出来るだろうか。そして、行方の分からない王妃様達とどうやって合流すべきかを。
この場所に二人を置いたままにしておくのも一緒に連れて行くにもリスクがありすぎる。
もう少し人を連れてくるべきだったが、ヴェイロンは乗せたがらなかったかもしれない。
「リアム、リアム!」
ハッとして目の前にレオナルドがいた事に気がつかなかった。どうやら深く考えていたようだ。
「私達も一緒に行きますよ」
「分かった」
この状況で色々言うのも野暮だなと思い、ウィリアムは軽く頷いて、そのまま了承した。
「なるべく離れないようにしてくれな」
「えぇ」
「よろしく頼みますよ」
二人がそれぞれ返事をするのを確認してから、部屋をあとにした。




