68 番外編27 ソフィアの得意なもの
学園の授業は多岐にわたる。
国語に数学といった基本的なもの。
美術や音楽といった選択制のもの。
選択授業を選ぶ事になったんだけど、どれを選んだらいいか難しい。
ちなみに紙面で見てもよく分からないという人の為に最初の半月くらいは全部の授業が体験出来るんだそう。
正直興味を惹かれるものも沢山あるので、体験出来るのは嬉しい。
刺繍、詩、陶芸、ダンス等部活かな? っていうのもある。
別に一つに絞る必要はなく、複数選択可能だ。
何にしようか迷っていたら、ソフィアがグイッと顔を近づけてきた。鼻息がモロに当たるくらいの近さだ。
「クリス、歌にしましょう」
「歌? 音楽じゃなくて?」
「私ピアノは弾けないもの」
「それこそ授業受けるべきじゃないのかしら?」
「うーん…そうね。じゃあ両方やりましょ」
「まぁ、今は体験期間中だからいいけど、私も得意じゃないわよ?」
「うっそだぁ〜! クリスに出来ない事なんてあるの?」
「そんなのいくらでもあるわよ。寧ろできない方が多いくらい」
「またまたそんな謙遜しちゃってもうー」
いや、私にだって苦手なものくらいあるわよ。カラオケで50点以上いった事ないもの。それに音楽聞くのは大好きだけど、演奏するのは苦手なのよね。リコーダーとか半音抑えるの苦手だし、吹きながら抑えるとかもう無理ゲーよね。ピアノだって何処がどうなってるのか分からないし。
お姉様とかメイドさん達に教わっても、こればっかりは上達しなかったのよね。
だから、目の前でキラキラした目で期待値爆上がりのソフィアには申し訳ないけど辞退したい。
「やっぱりやめておくわ」
「えーなんでよー」
「ガッカリさせる訳にもいかないし」
「そんな笑ったりしないわよ」
笑う予定だったんだ。半笑いでそんな事を言うソフィア。
「ふむ…歌か。是非ともクリス嬢の歌声を僕も聞いてみたいね」
シェルミー様がキラキラを振り撒きながら話に乗ってくる。
「あら、珍しく気があうわね」
「いやいや、僕も歌は好きだし、何よりクリス嬢とソフィア嬢の見た目なら演劇とかも出来そうだしね」
私お芝居も苦手なんだけどな。
お芝居で着る衣装は好きだけど、大勢の人達の前で何かやるのはねぇ…。司会くらいならいいんだけどさ。
「え、私演劇とか無理なんだけど」
ソフィアも同じ考えだったらしい。
「それは残念だね。(悪役令嬢とか得意そうなのに)」
「え、なんて?」
「何でもないよ。喉に何か引っかかっただけだよ」
「あ、そ。そんな事より、やっぱりやりましょうよ。苦手だからって敬遠していたら、上手くならないわよ」
「ソフィア嬢がそれを言うのかい?」
呆れ顔のシェルミー様。
まぁ、こうなったソフィアは絶対に意見を翻さないからね。
「分かったわよ。一回だけね?」
「さっすがクリスね」
満面の笑顔でサムズアップするソフィア。
「クリス嬢、ソフィア嬢はいつもこうなのかい?」
「そうですよ」
「大変だね」
苦笑いで同情してくれるシェルミー様。
同情するなら、同調しないでほしいな。
翌日午後。早速選択授業で音楽室へ向かった。
「えっと…第三音楽室…ここね」
音楽室も複数あるらしい。第三音楽室。ここって部活に使ってたりしないよね?
入ると無駄に広く、楽器はピアノが一台置いてあるだけだった。
ソファやテーブル、高そうな花瓶や絵画が飾ってあって、ますます音楽室なのか疑うばかりだ。
「何でアンタ達もいるのよ」
「なぜって変な事聞きますね。婚約者の美声を聞き漏らさぬようにするのは当然の事ですよね?」
「きっしょい理由」
「!?」
「普通に聞きたいって言えばいいのに」
「そうだね。あれこれ理屈こねて言い訳するより、シンプルに聞きたいって言えばいいと思うよ。レオナルド殿下の悪い癖だと、僕は思うよ」
「私は素直に言えないそういうところが素敵だと思いますわ」
「治そう…」
「ちょっ! 何でですの!」
賑やかだなぁ…。うちのクラスほぼ全員いるじゃん。
「私はソフィアお姉様と一緒なら何でも…」
「クリスが歌うって聞いたから選んだんだよ」
「べ、別に俺は適当に丸つけただけだし……」
「ほんっと素直じゃないわね、アンタ」
B組と合同だからなんだろうけど、やっぱり多いね。
しかし、いつものメンバーが揃っているけど、そんなにみんな歌うの好きなの? 意外だなぁ…。
カラオケボックスとか作ったら流行るんじゃないかな?
しかし、この人数に一番驚いているのは先生だったようだ。
「え、何この人数…。こんな多いなんて聞いてないんだけど…」
歌姫みたいな先生だな。そんな先生はピアノ椅子に座ると、気を取り直したのか、にっこりと笑って自己紹介した。
「歌の授業を受け持つミーシャと申します。よろしくね。とりあえず体験という事で、ピアノを引いていくから一人ずつ好きなように歌っていってね」
という事で、それぞれピアノの演奏に合わせて歌うんだけど、ホント思い思い好きなように歌うのね。一つとして同じものがなかった。
シェルミー様とジル様は舞台俳優みたいだ。何というか見た目と相まって宝塚みたいだわ。
ソフィアも凄く歌が上手いんだけど、ロック歌手みたいな歌い方するのは意外だったわ。
「きゃーソフィアお姉様素敵ー!」
マーガレットが一人飛び跳ねながら喜んでいた。
ソフィアもノっているのか、マーガレットに向けてウインクする。
「ありがとうございますー」
鼻血を吹き出しながらぶっ倒れるマーガレット。いくら何でも興奮しすぎじゃないかしら?
そんなマーガレットはすぐに回復して、ソフィアに対するアンサーとして、アイドルみたいな歌い方をしていた。
可愛い歌い方なのはいいんだけど、顔面血まみれの笑顔って怖いわ。他の生徒達も若干引いてるし。
でもこうして聞いてるとみんな個性たっぷりね。
イヴ様は、シャウトしたりがなったり。それでいてハイトーンボイスとミックスボイスを組み合わせていて凄い。覆面で歌手活動とかしてますか?
テオドールたんは童謡を歌う子供みたいで、見ているだけでも癒されるわ。
意外なのはウィリアムとカリーナちゃんね。
ウィリアムはあの見た目でフォークっぽい歌い方。普段の口の悪さと相まって将来禿げないか心配だわ。
カリーナちゃんは演歌っぽいのよね。こぶしまわしてるし。着物着たら絶対似合うんじゃないかしら?
さて、レオナルドはどんな歌い方するんだろうと思ったら、一番意外かも。ちょっとロックにラップ入った感じの歌い方だ。
「どうですかクリス」
「いいんじゃないですか?」
「そうですか。良かったです。次はクリスの番ですね」
え、もう私の番なの? これスキップ出来ないかしら?
みんな思い思いの歌い方をしていて、私に対しても期待値上がってるけど、みんなが思ってるようにはならないわよ?
まぁ、期待を裏切るわけにもいかないから、ここは私の実力を見せてあげようじゃないの。
歌い終わると、みな微妙な顔をしている。先生も苦笑いしている。
あれ、そんなに個性出てなかったかしら?
ソフィアが一歩前へ出て、私の肩をポンポンと叩く。何よ。
「いやあなんか意外だわ」
「何がよ?」
「何でも完璧にこなせるクリスにも苦手なものってあるんだなぁって…」
「え…?」
周りを真渡すと、みな一様にうんうんと頷いている。
「意外だわ」「なんかショック…」「思ってたのと違う…」「泣きそう…」「天使のダミ声」「まるで天使の断末魔ね」「終末の讃美歌…」「揺るがない不協和音」「心が不安定になる」「見た目は綺麗なジャイアン」「この世の終わりかと思いましたわ」「声が綺麗なだけに落差が酷い」「終末の景色ってこういう感じなのね」「全部の音程外すなんて狙っても出来ないわ」「癖になる酷さね」
なんか酷くない?
何でみんな頭振ったり泣いたり気絶したりしてるの。おかしくない?
私そんなに酷かったんですか? 先生の方へ振り返ると、泡を吹いて気絶していた為、今日の授業は途中で中止になった。
「コ◯ンでもここまで酷くないわよ」
「悪かったわね。どーせ私は音痴ですよ。もう歌いませんよ」
「そんなヘソ曲げないでよ。じゃ、じゃあ楽器はどう? 歌わないならイケるんじゃない?」
「やらない」
「やりなさい!」
「!?」
両頬を潰すように押し付けるソフィア。何でそんなに一緒にやりたがるのよ…。
「分かったわよ。一回お試しだけよ」
「それでこそクリスね」
なんかソフィアにいいようにされている気がする。
翌日の午後。
前回の歌の酷さを知ってか、集まったのは半分くらいだ。まぁその半分の人数も面白半分で来ているんでしょうね。
「えっと、音楽担当のローリーです」
なんか気だるそうな変わった風貌の先生だ。折れそうなくらい細い。私といい勝負では?
「まずは、最初なんで好きに楽器を取ってよ。それで試しに弾いてみるといいよ」
そう言われて、真っ先に私に注目が集まる。
昨日みたいな事は先に起こった方がいいみたいな? ホント失礼しちゃうわ。
でも、楽器なんて前世含めて何年ぶりかしら?
一時期バンドやりたいなって思ってギターとか買ったのよね。結局一人で練習しただけなんだけどさ。
……弾けるかしら?
生憎とエレキギターは無いが、アコースティックギターはあったのでそれを選んでみた。
選んだ瞬間みんな騒つく。本当に大丈夫なんか? といった目で見ている。人によっては耳を塞いでいる。いくらなんでも失礼すぎない? 別にバイオリンじゃないんだから、シズカちゃんみたいな事にはならないわよ!
……しかし、どうしたもんかな。頑張って弾けそうなのはアレしかない。
こっちの世界じゃ知らないけど、有名なBEL◯VEDのイントロを弾いてみる。
しっかし久しぶり過ぎて、抑えきれなかったりコード間違えたりしたけど、まぁまぁ形にはなったんじゃないかしら?
弾き終わると昨日と打って変わって、普通に終わったのでみんなポカーンとしていた。
昨日みたいな酷さを期待していたなら残念ね。
その後まばらに拍手があった。
「ふーん。変わった曲だけど、まぁまぁいいんじゃないかな?」
お、良かったみたいだ。
そしたらソフィアが笑顔で近づいてきた。
「へぇ、なかなかやるじゃない」
そう言って私からギターを奪い取る。
そして、ソフィアは、さっきの曲をイントロは勿論の事、完璧に一曲弾きながら歌うソフィア。
終わると、一斉にはち切れんばかりの拍手が鳴り響いた。
「いやーどうもどうも」
「凄いねぇ。後で僕とセッションしようか?」
なんか複雑な気分だ。
というか、ソフィアは音楽得意なんだな。音楽の分野ではソフィアには絶対に敵わないわね。
「じ…上手なのね」
「前世でよくお父さんが聞いていたのよ。だからあの時代の曲は弾けるし歌えるわ」
「そうなんだ。ブランクあると思うけど完璧だったわね」
「へへ…。でしょう」
屈託のない笑顔で笑うソフィアにちょっとドキッとしてしまった。
しかし、ソフィアの前世のお父さんとは趣味が合いそうね。
「「「「「「「「「アンコール! アンコール!」」」」」」」」」
こっちの世界にもそういう文化があるのか。
クラスメイト達が盛り上がってアンコールしている。
「もうしょうがないわねぇ。じゃあアンコールにお応えしてもう一曲、マリーゴール◯いくわね」
そう言ってまたぞろ弾き始めたソフィア。
なんだかんだいって、その後更に三曲程ソフィアのライブは続き、この日の授業は終わった。
殆どソフィア一人のワンマンショーだったんだけど。
ローリー先生も、教師として参加してほしいなんて言うし。
あ、私? 私に声が掛かる訳ないでしょ。
クラスメイト達から賞賛されて満更じゃないソフィアを見ていたら、なんか複雑な気分だった。
その後、音楽の授業に参加しなかったマーガレットが悔しそうにずっと泣いていた。
「くそぅ…。行けばよかった。クリスがいるからダメだと思ったのに…」
「そんな泣かないでよ。いくらでも弾いてあげるからさ」
「絶対ですよ絶対!」
そしてその後、マーガレットに半ば引きずられるようにソフィアが軽音部に入部するのはまた別のお話。
ちなみに私は心が折れたので、どっちの選択授業も選ばなかった。




