37 旧校舎③
秋のつるべ落としとはよく言ったもので、旧校舎に付いた頃には辺りは真っ暗になっていた。
まぁ、星の明かりはあるんだけど、照明がないから薄暗い。
「ねぇクリス様、明日にしませんか?」
「いいわけないでしょ。さ、入るわよ」
臆病なメアリーを一蹴し、イデアさんの持つ鍵で解錠し中に入る。
中は窓から入る星明かりがあるが、殆ど見えない。
「持ってきて良かったです」
ビシューさんが取り出したのは懐中電灯だ。流石気がきくわね。
気が利かないメアリーは私にしがみ付いているが腕の位置が首回りなのが不安だ。
「懐中電灯って…。今更だけど世界観ぶち壊しよね」
この世界の製作者の一人が言うと重いわね。
「でも便利だからいいわよね。私にも一つ貸して」
ビシューさんがイデアさんに懐中電灯を手渡す。
ホント軽いなこの人。
「ねぇねぇクリスちゃん、メアリーちゃん」
「どうかしましたか?」「はい…ってにゃああああああああああっ!」
「ぐっ………」
イデアさんが懐中電灯を顎の下から照らしたせいで、びっくりしたメアリーが私の首を締め上げる。
「…っぐぐ…くるし……め……メアリーやめ……」
「ちょっと、メアリー、止めなさい」
ビシューさんがメアリーを止めてくれた事でなんとか解放された。危うく昇天しかけるところだったわ。昇天したらそのままブラック天界でデスマされかねない所だったわ。
「ごめんなさいクリス様…」
「もうしないでね……」
「ごめんね。そこまで驚くとは思わなかったのよ」
恨みがましい目でイデアさんを見ていたからだろうか。イデアさんにしては素直に謝ってきた。
まぁ、こんなところで死にかけてないで早く見つけないといけないんだけどさ。
その後、二手に分かれて捜索を開始した。
一階が私とイデアさん。二階はメイドさん達。別にメアリーの締め上げが怖いからじゃない。本当よ。
しかし、調べられる所の殆どを調べたが、先生達が言うようにどこにもいなかった。というか、隠れる場所が殆ど無かった。
山積みの段ボール箱だって資料とか備品しか入っていなかった。
あらかた探し終え、全員が集まる。
「ちょ、ビシューさんにロココさんどうしたの。頭から血が出てるじゃない」
「自業自得です」
ご立腹なメアリーが一言、突き放す。
「何で私を二階の捜索にしたんですか!」
ビシューさんとロココさんが言うには、二階の廊下が歩くたびにギシギシ音を立てていて、場所によってはベコっと音がするんだそうだ。そして、音が鳴るたびにビクつくメアリーにいたずらしようと後ろから「わっ!」と声をかけたら返り討ちに遭ったんだそうだ。
まぁ、気持ちは分かる。だからだろうか、メアリーとかなり距離を取っている。
そういえば、夏に肝試しした時も、怖がって抱いていた私を締め上げたわね。去年の事だから忘れてたわ。
それにしても、本当にいなかったのね。これだけ探してもいないならここじゃないのかしら?
そういえば一箇所気になるところがあったのよね。
「ねぇ、さっきは何も無かったからスルーしちゃったんだけど、最後にそこだけもう一回確認していい?」
気になった場所は教室と教室の間にある廊下のような場所だが、そこだけ何もない空間になっている。手洗い場のようなものがあるわけでもなく、何のスペースなのか謎なのよね。
「昔はここにロッカーとか使わない備品とか置いてあったんじゃない?」
「今、この校舎が使われてないのに、態々それをどかす理由って無くないですよね? そのまま置きっ放しにしても問題ないんですから」
「そういえばそうよね」
改めて、そのスペースの壁とかを確認するが、細工が施されているようにも思えない。ただのトマソンなんだろうか?
他と一緒で綺麗になっているので、チリやホコリも無いからよく分からない。
床もぱっと見何もないようだけど…。
改めて懐中電灯をいろんな角度から当てていくと、僅かだが違和感を覚える場所があった。
「ねぇ、ここにうっすらとだけど、切れ目がある気がするんだけど」
「あぁー確かにそれっぽいですけど、板の切れ目が経年劣化で深くなったものじゃないんですか?」
「でも、ここまで照らすと、ここで直角になってるのよ」
「本当ですね。よく見ないと分からないですよ、これ」
うまい事木と木の継ぎ目に沿って作られている。でも横はそれが出来なかったんだろう。ぱっと見では絶対に分からないが、一度見つけたら隠し床になっている事が分かる。
でも、どうやって開けるんだ?
「どうやって開けるのかしら」
溝のような物もないし、スイッチのような物もない。
「これスライド式なんじゃないかしら?」
「スライド式?」
イデアさんが何の気なしに言ったので、どこかにそういうギミックがないか懐中電灯を当てて確認する。
すると、本当にうっすらだけど、擦れた跡があった。 つい最近使ったんだろうか? 跡が新しい。
その跡の辺りの床を軽く押すと、少し沈む感覚があった。
「ちょっとここ強く押してもらっていい?」
メアリーとビシューさんが同時に強く押す。私の力だと出来そうにないからね。
あっさりと沈み、スルスルーと床が動いた。これ大人の人じゃないと出来ないわよね。別に私が非力ってわけじゃないと思うの。
そして、十数秒で床は消え階段が現れた。
そして、大量のチリとホコリが舞う。
「ケホッ…ケホッ…」
「クリス様、アタリみたいですよ」
ホコリが治り、懐中電灯で階段を照らすと、最近誰かが歩いたであろう足跡がいくつもあった。
「じゃあ、イデアさんとメアリーはここで誰か来ないか待っていて」
「え、何でですか」
「何でって、怖いんでしょ?」
「まぁそうですけど…」
「それにまた怪我させられても困るし」
「分かりました」
素直に従うって事は、ここにいた方がマシだと判断したのね。
ホコリは凄いんだけど、何回か使ったんだろう。足跡が轍のようになっている。
持ってきたタオルで口元を覆って中へ入る。
通路の横にはいくつか扉のない部屋があった。
一つ一つ確認していくが、二人はいない。
「ねぇ、ここ何なのかしらね?」
「地下倉庫っていうより牢獄って言った方がいい感じですよね」
言い得て妙よね。扉というより、鉄柵が付いていた方がいい感じの大きさだ。
王国の闇を軽く感じながら歩いていく。
突き当たりの部屋だけ扉が付いていた。
「開けるわよ」
「はい」
「くれぐれも変な事しないようにね」
「………する訳ないじゃないですか」
「………そんな事考えている場合じゃないですよね」
一瞬間があったわね。あわよくばやろうとしていたわね。
『ガチャガチャ』
「鍵が掛かってるわね」
鍵なんてないから、蹴破るしかないわね。
軽くドアノブのあたりを吹き飛ばすと、ドアが力なくこちら側へ開いた。
「たまにクリス様って脳筋になりますよね」
「いや、今は仕方ないんじゃない?」
ドアを開けると、そこには縛られたトミーとカイラの二人が横たわっていた。
「!」
急いで駆け寄り、口元の布を取り息を確認する。
良かった。息はある。こんなところにか弱い女子を置き去りにするなんて許せないわ。
目元を覆う布も取ると、薄っすらと目が開いた。
「大丈夫?」
声をかけるが返事がない。どうやらまだぼんやりとしているようだ。もしかしたらよく見えていない可能性もある。
暫くしたら、そのまま目を閉じて力なく眠ってしまった。
「ちょ、トミー大丈夫? ねぇ…」
すーすーという寝息が聞こえたので、どうやら何かしらの影響で眠ってしまったのだろう。
そこで、まだロープを解いていなかった事に気付き、急いで手首と足首のロープを解く。
「じゃあ、ビシューさん、ロココさんお願いします」
「もしかして私達って運ぶ要員として呼ばれました?」
「そうよ」
「まぁいいですけどね」
持てないこともないけど、二人とも私より大きいし、何より女性だし、一応…ね。
メアリーの所へ戻ると、誰も来なかったのか、暇そうにしていた。
「とりあえず、先生を呼ばないといけないんだけど、私怒られるわよね」
「今それを心配するんですか?」
だって、ねぇ…。平穏無事にいたいなって思ったのに、旧校舎で隠し部屋から救出したら何言われるか分からないじゃない。
「大丈夫よクリスちゃん」
「イデアさん?」
「私こういうごまかし得意だから、任せなさい」
不安なんだよなぁ…。
「じゃあ、一人で行くと危ないと思うので、メアリーも一緒に行ってもらっていい?」
「もちろんです」
心なしかホッとしたように見えたのは、ここから離れたいからなんだろうな。
普段薄暗い所とかいくらでも入るくせに、何で旧校舎は忌避感を示すんだろうか?
もしかして、メアリーにだけは見えているとかそういうやつかな? よく犬とかが虚空に向かって吠えるアレみたいな事かな?
そんな事を考えていたら、小走りでイデアさん達がやってきた。というか、結構な人数の先生が来ましたね。
「これは一体どういう事ですか?」
先生の一人が口を開いた。
「えっと、その…」
私が口ごもっていると、イデアさんが説明を始めた。
私も参考にしたいなと聞いていたが、ちょっと覚えきれないくらい長々と説明していた。先生も一人、また一人と脱落していった。
「わ…分かりました。後でまたお伺いいたします…。それより生徒は…」
「こちらに」
「とりあえず保健室に運びましょう。事件性もありますので、何人かで見守りましょう。あと、保険医のナイトメア先生はいますか?」
「今呼んできてます」
「では、後は我々で対応しますので…」
特に追求される事なく終わった感じかな?
「クリスさんは明日の放課後職員室へ来てください」
「はい………」
イデアさんが両手を合わせて頭を下げていたけど、結局イデアさんのごまかしは失敗に終わったのよね。
まぁ、無事に見つかったし良しとしましょうか。




