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女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です  作者: 玉名 くじら
第5章

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82 徹夜はよくない


           *      

 

 「今日もイデア殿はお美しいですな」

 「あら、そんな煽ても何も出ないわよー」

 「いえいえ、私は常に本心でしか言いませんですぞ」

 「そういう事にしておきましょうか」

 アンバーレイク家の研究室でムックとイデアがいつも通りの他愛のない話をしていた。

 「ところで、例のゲームとやらはどこまで進んだんですぞ?」

 「ほぼほぼ終わってるわよ。出来る事ならフルボイスにしたいけど、みんな棒読みになっちゃうのよねぇ」

 「なるほどですぞ。ちなみに並行して作っていただいてる私が主人公のギャルゲーはどうなってますぞ?」

 「こっちも声入れ以外は大体終わってるわ」

 「ほっほ。それはそれは」

 僅か三ヶ月弱という短期間で出来たのは、ひとえに協力者が多かったからだろう。

 シナリオにスチル作成と、アンバーレイク領の有志による参加によってイデアはプログラミングに集中できた為だ。

 しかしここに来て進捗が滞っているのは、アンバーレイク兄妹がここ最近、不在になる事が多い為だ。それでもイデア一人で出来る部分はやってきた。

 一体何で不在にしているのか与り知らないイデアだが、自分が原因であるとは露とも思っていなかった。



 遡る事約三ヶ月前。

 アンバーレイク家の研究室に招かれたイデアは、予想外の光景に目を見開いた。

 「すごい…。前世以上にメカメカしいわ。この世界にパソコンがある事自体異常よ」

 「もしかして、これを無かったことにするおつもりですか?」

 女神であるイデアがふらっとアンバーレイク家に来たのだ。皆、それが理由だと思い、戦々恐々としていたが、当のイデアはあっけらかんとした顔で否定した。

 「なんで? そんな事する必要なくない?」

 「へ?」

 「いや…ね、クリスちゃんにここに凄い機械があるって聞いたからどんなもんなのかなーって来ただけよ」

 「クリスったら勝手にそんな事言って」

 クリスの勝手な行動に不満を漏らすソフィアだが、自分が今までしてきた事は無かった事になっている。

 「まぁまぁ、あんまり責めないで、ね?」

 「はい…」

 そして研究室内をいろいろ見て回ったイデアは一つ頷き意を決する。

 「ねぇ、お願いがあるんだけど」

 「女神様のお願いならなんなりと」

 ムックが勝手に一人で前のめりに了承する。

 まだ、内容も聞いていないのにと、他の面々に白い目で見られるムック。

 「それで、どんな事をご所望ですか?」

 シドが丁寧な対応をする。神の怒りに触れて無かったことにされたらたまったもんじゃないからだ。


 「ここでゲームを作らせて欲しいの」

 「はぇ?」

 予想外の答えに面食らうアンバーレイク兄妹。

 「いやぁ、やっぱ根っからのゲーマーなのね。この世界そういったのないじゃない? 私も結婚してからそういうの離れたから、心残りがあってね」

 「え、イデアさん結婚してたんですか?」

 「そうよー。とくにソフィアちゃんは親近感あるのよね」

 「あー…私も何となくだけどそれは感じるわね。前世の私の母親と名前一緒だし」

 「……………ちょっとこっちいい?」

 ソフィアを部屋の片隅へ呼び、小声で話し出す。

 「(もしかしてあなたの前世の名前ってティナじゃない?)」

 「(そうよ! もしかしておかあ…さん?)」

 「(もしかしたらそうかもしれないわね)」

 「(え…ホントに? 何で旧姓名乗ってるの?)」

 感極まって抱き合う二人。しかし、そこでふと疑問に思ったことを口にする。

 「(だって本名だとバレちゃうじゃない)」

 「(あぁ…)」

 そこでソフィアはある事を思い出すのだが、今考える事じゃないと頭の片隅に追いやった。

 「(それに、上の神(上司)に本名は言うなって言われたよね)」

 「(言ってるじゃないの)」

 「(旧姓だからオッケーよ)」

 前世でもこんな軽いノリの母親だったなと思い出す。

 「(しっかし、ここでもゲーム作りたいって、根っからのゲーマーね。あるいは社畜なの?)」

 「(どっちも違うわね。ここにないものを産み出したいだけね)」

 「(なるほどね。じゃあ私も協力するわ。お母さんの作ったゲーム好きだし)」

 「(あらぁ。ありがと)」

 そう言ってイデアはソフィアを強く抱きしめた。

 「そう言うわけだから、私達はこれからゲームを作ります」

 「そのワケの部分が分からないんだが…、まぁいいよ。例の件は結果待ちだし、冬は暇だからね。で、何のゲーム作るの? RPG? STG?」

 「んなの決まってるじゃない」

 「そうよ。ここをどこだと思ってるの?」

 「「「「????」」」」

 「「乙女ゲーに決まってるじゃない」」

 「「「「あぁ……」」」」

 そういえば、ここが乙女ゲームの世界だったなとソフィア以外の兄妹は思い出したのだった。



 それからというもの順調に進んでいったある日。

 「あら、いけないわね。つい夢中になって三徹しちゃったわ。これじゃ前世と変わらないじゃない。神界のデスマから逃げてきたのに、こんなところでセルフデスマーチするなんてね」

 キリのいいところまでやろうとして、気がついたらかなりの時間が経っていた。中々前世の作業スタイルは抜けないものだなと自重した。

 ちなみにもう一人のプログラム担当のスケキヨは二徹目で限界が来たらしい。今は顔に似合わない大きなイビキをかいて眠っている。

 そんなイビキにも気づかないくらい手中して作業していたイデアだったが、気がついた瞬間にドッと疲労が押し寄せてきた。

 「ふぅ…。流石に能率が下がってきたから、一旦休みましょうかねー」

 そう言いながら、備え付けのコーヒーメーカーからコーヒーを淹れて席に戻り、他の人がやった部分を確認しだした。

 「今進捗はどんな感じかな〜」

 そこで、とあるフォルダを見つける。

 「何かしらこれ……」

 フォルダを開くといくつかの動画ファイルがあった。

 イデアは何の躊躇いもなく01と書かれた左上のファイルを開いた。

 「ムービー頼んでないんだけどな…」

 そして流れたムービーを見て歓喜するイデア。

 「わっわわっ! なにこれなにこれ! すっごぉい! よく作ったわねこれ」

 次々と開いて見ていき、疲れなんてあっという間に吹き飛んだイデアは、あと二日くらい余裕でイケそうだと感じた。

 「これに声が入ってれななぁ……」

 そう思いコーヒーの入ったカップを取ろうとした瞬間、何か動くものを感じた。

 「えっ…何? なになに?」

 やめとけばいいのに、三徹のテンションで暗闇で動くものの方へ近づいていった。


 行き着いた先は、怪しげな色で発行する培養槽のある部屋だった。

 普段は厳重にロ施錠され入れないようになっているのだが、この日はたまたま施錠し忘れたのだろう。扉が開いたままになっていた。

 「なぁにここぉ…。でもいかにもな雰囲気で悪くないわね」

 好奇心旺盛なイデアは触らないように気をつけながら部屋の中を見回していた。

 そんな時、またぞろ動くものがあり、ビクっと身構えた。

 その瞬間、何かの機械のスイッチを押してしまったのだろう。部屋の中の機械が一斉に動き出す。

 「やっば……」

 しかし驚いたのはイデアだけではないようで、例の動くものが高速で、機械の上を這い回りイデアの顔の前まで飛んできたのだ。

 「きゃぁああああっ!」

 絶叫と共に腕を振り回した。振り回した手の甲に何かが当たった感触があった。

 「ひぃいっ!」

 身構え腰を下ろすイデア。その時、地面にさっき弾いたものがぐるぐる回っているのが見えた。

 「なーんだ。トカゲじゃないのよ。驚かせてぇー……あれ?」

 そのトカゲのようなものは尻尾がなかった。

 そして、辺りをキョロキョロした後、部屋の外へと出ていった。

 「まぁ、ここあったかいものね。入ってきちゃう事もあるでしょうね」

 予想外の闖入者の正体にホッと胸をなでおろしたイデアだったが、すぐ様顔を真っ青にさせた。

 どうやって入ったのかは分からないが、培養槽の中に先ほどのトカゲの尻尾が入っていた。

 「えぇええっ! どうしよどうしよ」

 機械のボタンをいろいろ押しまくるイデア。やがて、機械は動きを停止し部屋は静まり返った。

 「だい…じょう…………ぶかしらね?」

 後で説明すれば何とかなるだろうと思い、部屋を出たイデアだったが、このまま作業をしてもさっきの事が気になって捗らないだろうなと思い、この日は寝ることにしたのだった。

 ちなみに三徹の疲れからか、いつも以上に眠ったイデアは、翌朝騒ぎになっている事には気づかなかった。

 そして、眠ってリフレッシュしたイデアは昨晩の事を完全に忘れていて、思い出した頃には言い出せなくなっていたのだった。

 そして、その時の事を思い出したこの日、王都からメイドが二人やってきたのだった。


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