39 仕事を増やしていく人達
*
「聞いてない聞いてない。こんなに忙しいなんて聞いてない!」
「おい。こっちの料理出来たぞ。運んでくれ」
「洗っても洗っても全然終わらないにゃー」
「こっちは完成だが、付け合わせどうなってる?」
「うわー。掃除してるよりきついんですけど!」
「ほら、これでも食べて頑張ってくれよ」
「! もぐもぐ……おいしー」
なんだかんだ言いつつもちゃんと仕事をしているわね。途中途中餌付けされながら頑張っている。本人たちも満足そうだしまぁいいか。
あれから、朝昼晩と忙しなく働いているのだが、なかなかどうしていい動きするじゃないの。料理以外の雑用全般をお願いされているけれど、流石はベテランのメイド。やることはちゃんとやっている。
「あ、こっちはダメだぞ。これは数が少ないから味見は……ちょダメだって!」
まぁ、問題が無いわけではないんだけれどね。
最近お出ししている料理も、結構評判がいいらしく、料理人の人達も皆満足そうにしている。
そんな時にあいつらがどこからか噂を聞きつけてやって来たのだ。
「ちょっとここにあいついるんでしょ? 出しなさいよ!」
しかし今は昼食前の一番忙しい時間帯だ。一刻を争う時に、そんな人達に対応している暇はない。みんなガン無視で作業している。
「ちょ…無視するんじゃないわよ」「私達を誰だと思っているの?」「あんた達なんていくらでもクビに出来るのよ」「……反応しなさいよ……」
それでもみんな振り返る事すらせずに、一品また一品と仕上げていく。
それにしびれを切らした上級メイドの一人がズカズカと厨房に入り、完成した料理のお皿を持って高く持ち上げた。
「それを少しでも台無しにしてみろ。お前さんの顔もおんなじく仕上げてやるぞ」
ギロリと睨むように牽制する料理長の圧に屈したのか、両手で丁寧に元の場所に戻し、上級メイドのリーダー格みたいな人の後ろに隠れてしまった。
「用事があるなら後にしてくんな」
「………くっ………」
吐き捨てるように頷き、私を全員で睨んでくる。私そこまで恨まれるような事してないんだけどなぁ…。
奥の方で作業していると、男性の調理人の人が小声で教えてくれた。
「前までは上級メイドがここを手伝っだり、給仕をしたりしてたんだが、あいつらが来てから一気に空気が悪くなってな。前いた人達は辞めちゃうし、あいつらは好き勝手やるから、こっちにまで皺寄せが来るんだよ」
心底嫌そうな顔をしているって事は、よっぽど迷惑してたのね。
「皿は割るわ、盛り付けた料理は難癖つけて食べるわ、他所の従者には色目つかうわで最悪だよ」
それが聞こえていたのか、近くにいた人達も同様に頷きため息を吐いた。
「前は、あんなんじゃなかったんだが、例の第二騎士団の副団長がコネで入れてからおかしくなったんだよなぁ…」
あの人とんだけ迷惑かけたら気が済むのよ。
重たい空気の中、料理を完成させたら、またぞろあの人達が騒ぎ出した。
「私達が持っていくって言ったでしょう!」
「お前等は信用ならん。上からもやるなと言われているだろう。ほら、帰った帰った」
「私より下の身分に従う気は無いわ」
「「「「「そうよそうよ」」」」」
厨房に入り込んだ上級メイド達が姦しく喚く。
ただでさえ人が多く狭くなっている厨房になだれ込むように入ってくるもんだから、あちこちで人が押されて、完成した料理や、調理途中の料理がそこ等じゅうに散乱する。
「お前等、自分の意見が通らないからってやっていい事と悪い事があるぞ」
「うるさいわね。ワザとじゃないわよ」「そうよ。こんなに狭いのが悪いのよ」「私達に従ってればいいものを」「ちょっと、ソースがかかったんだけど、弁償しなさいよ」
上級メイド達が銘々に騒ぎ出すと、調理人達が一斉に黙って上級メイド達を見ていた。
「なっ…何よ」「何よその目は」「平民の癖に生意気よ」「あんた等なんていつでも追い出せるのよ」
「そうか…。じゃあ今すぐやってみたらどうだ? 「親の権力を笠に着て好き放題やってるだけのお前等に出来るならな」
「なっ……」
リーダー格の縦ロールさんの前に威圧するように立ちふさがる料理長。
「いいのかしら?」
「かまわん。…どうした? 出来るんだろう? まさか出来ないなんて言わないよな。こんだけ引っ掻き回してパパに泣きつくか? ん?」
「ぐっぐぐ……」
「所詮お前さんはただのわがままな小娘にすぎんよ。一体どういう育ち方したらそうなるのか是非ともご教授願いたいものだね」
「…分かったわ。そこまで言うならお父様に言いつけてやるわ」
「そうか…。好きにしたらいい」
「平民風情が謝るなら今のうちよ? 這いつくばって地面に落ちた残飯を漁れば考えなくてもないわよ」
「…ふむ。一応俺は、前回の戦争時に従軍して武功を得てな。こう見えても男爵位なんだがな。領地はない一代限りのなんちゃって貴族だが…」
「そんなの平民と変わらないじゃない。うちと比べたら天と地ほど差があるわ。そんなんで私がビビると思った? 残念ね。次の就職先を探したほうがいいんじゃなくて?」
武功をあげて叙爵されるなんて相当凄い人よ。あの熊みたいな風貌も納得だわ。
「お前等はもう少し目を養ったほうがいいぞ。いつか足元を掬われるぞ」
「ふんっ! ご丁寧にどうも。首を洗って待ってなさい」
そう言って縦ロールさんは、仲間を引き連れてテーブルの上の食器を落としながら出て行った。
「料理長……」
「なんだお前等、そんなしけたツラするなよ。…大丈夫だ。俺が考えなしにやるわけないだろう。そんな事より、あいつ等にダメにされた料理を作り直すぞ。時間は待ってくれないんだからな」
やっば。かっこいい。胸がキュンキュンしちゃったわ。
「俺が女だったら惚れてたぜ」
ウィリアムもヒーローを見る目でそんな事を言っていた。
でもいくらなんでも男爵だと簡単に負けちゃうんじゃないかな?




