67 お父様は語る③
「あのお店もそうだね。あれには非常に助かってるんだよ」
「それは良かったです」
「あぁ。自分では思いつかなかったよ。お陰で諜報活動に便利だよ」
「えっ⁉️」
今なんて? 諜報?
「この国の大体の領にはあるし、一部国外にもある。こんなにも隠れ蓑になるものないよね」
微笑みながら言ってるけど、衝撃の真実なんだけど。私知らないんですけど?
「ふふ…。もう察しはついてると思うけど、うちはね……。オパールレイン家はね、国の裏の仕事を担う家なんだよ」
まぁ、そうなんだろうなとは薄々気づいてました。ひと月前の件でそう思ったわ。
「北方のアクアマリンウィールアイル。東方のエンジェルシリカ。西方のプレナイトピーク。そして南方のオパールレイン。この四家がそれぞれ国を裏から守っているんだよ。うち以外は国境に接しているしね。北はグリーンベリル。東はルビー。西は山岳地帯だけど、サファイアと接してるね。うちは唯一海に面してる」
なんか壮大な事になっててついていけないんだけど。
「そして、取り仕切っているのは中央でカーボナート男爵なんて名乗ってるけど、本当はその後にブラックダイアモンドって付くんだ。前国王王弟の子息で現大公閣下。あのクソ…、大聖堂で会ったクソジジイがボスだよ」
クソってお父様…。よっぽど嫌いなのね。
「まぁ、色々あって今はこの家で当主の真似事をしているんだけど、今後はクリスも関わりが出てくるから一応伝えとこうと思ってね」
「その色々の部分が非常に気になるんですけど。というか、結構はしょってますけど、さらっと重要なこと言ってますよね?」
「まぁ、おいおいね。今はうちがそういう事してるって覚えておいてもらえばいいよ」
「はぁ…」
「そうそう。うちの使用人は全員暗部の人間だよ」
「えっ! 全員?」
「そう。全員だよ。クリスが始めた店の従業員も、うちで経営している飲食店もそうだよ。まぁその辺の下の方は一般人もいるけど、やっぱりショックだったかな」
ショックなのはショックなんだけど、いろんな事が驚きの連続で頭が追いつかない。でも、一番腑に落ちる事が一つある。
「あの……」
「なんだい?」
「メアリーがメイドの仕事を全然出来ないのはそれが理由ですか?」
「………」
そんな事言われると思ってなかったのか、ポカーンとしている。
「ははははっ…。いやぁ、今のクリスは面白いね。すんなり受け入れたなとは思ってたけど、まさかそんな変なところが気になってるとは思わなかったよ。一応メアリーはね、君のお守りが主目的だからね」
いや、結構重要よ? メアリーが仕事しているの一度だって見た事ないもの。ロザリーでさえ、一応仕事してるのよ?
よくクビにならないなとは思っていたけれど、なるほど。お守りねぇ…。私がお守りしている事の方が多い気がする。
「でも、それすらできてない気がしますけど?」
「まぁそう言わないでよ。以前のクリスを御せるのは彼女だけだったんだから。私も手をこまねいたのに、うまくやっていたんだよメアリーは」
前世の記憶を取り戻す前の私かぁ。最初は結構メイドさんとか距離あったもんなぁ。メアリーだけが横にいつも居たんだよなぁ。もう少し優しくしてあげようかな。
「まぁ、これから色々していく事になると思うけど、よろしくねクリスティーヌ」
「は、はい」
満面の笑顔を貼り付けたお父様がニコニコしている。一体いくつ貌を持っているんだろう。
そんな事を思っていたら、音もなく目の前に何か置かれた。
そっちを見ると、店員さんがニッコリと笑顔で佇んでいた。
「これは?」
「これかい? これはゆずシャーベットだよ。辛いものを食べた後はさっぱりした甘いものが食べたくなるだろう? どんな辛い事でもご褒美があれば頑張れるだろう?」
「……そうですね」
ゆずシャーベットから視線を上に上げるといつの間にか店員さんはいなかった。
「もしかして、さっきの人も」
「さぁ、どうだろうねぇ…。ほらクリス、早く食べないと溶けてしまうよ?」
時期外れのシャーベットは甘酸っぱいけど、少しほろ苦かった。
「ルイスもサマンサもクリスもそれぞれ得意不得意が違うからね。これからはそれぞれ得意なところを担当してもらうよ」
ソフィアが言っていたな。元々のクリスは冒険者だけど、スパイって設定だって言ってたな。
こんなに可愛いんだから女装してドレス着て、お菓子食べながらゆっくり過ごしていくもんだと思ってた。
でも、なんかよくわからない事に巻き込まれたり、知らぬ間に身体能力が上がっていたりした。
ゲームの世界だからそういうもんだと思っていたけど、そういう家に生まれたからの必然だったらしい。
シナリオの下準備が着々と進んでいるような気がした。
「少し顔が青いね。そんなに冷たかったかな?」
「い、いえ……。いや、そうですね。はい…」
どこまでが偶然で、どこまでが仕組まれてたのか分からないや。
少しの沈黙の後、お父様が優しげな口調で話し出した。
「今はまだそこまで無理しなくていいんだよ。ただ、今後は自力で解決してもらわないといけないから、出来そうなところから試してもらっただけなんだよ」
親というより、教師とか教官みたいな言い方だ。
でも確かに今の私なら出来そうだけれど、数こなさないと上達しないようなのばっかりだなぁ。
ゆっくりまったりの生活がどんどん遠ざかっていくなぁ。
そんな風にちょっと気落ちしていたら、お父様がとんでもないことを言い出した。
「まぁ、クリスが女装好きなのは構わないよ。可愛いし、私も今は娘としか思ってないからね。ただ、まぁ…その…なんだ……、レオナルド殿下との婚約だが、好きなら諦めてもらわないとね。うちはこういう王家の裏の仕事をやってるワケだから」
「あの、お父様? 前にも言いましたが、私、レオ様の事は、いい友達とは思いますが、結婚したいとは思ってないって言いましたよね?」
「だけど、ほら…、あれから時間たってるし、全然進んでないし、もしかして気持ちが変わったのかなって…」
「何言ってるんですか、これからもそんな事はありえませんよ。というかお父様、あれだけ色々言ってますが、見てるようで全然見てないじゃないですか!」
「そ、そんなことないぞ。ちゃんと、使用人から普段のクリスのことを聞いてるいるからね。だからこうして、うちの本当のことを話したんじゃないか」
普段の私って言ってるけど、どうせ同人誌の内容を話してる可能性もあるのよね。
頭ん中ピンクな使用人が多いから、話半分で聞かないとダメだと思うの。
「あんまり知りたくなかったですけどねっ!」
敢えて見せつけるように拗ねてみせる。
それに対して、しどろもどろになる様はいつものお父様だ。
「まぁ、今の今まで言わなかった私にも落ち度があるね。分かった。可愛いクリスの為だ。私に出来ることなら何でも一つ叶えてあげよう」
「では、レオナルド殿下との婚約を…」
「あれは予想外。私でも手に負えないから、こればっかしは頑張って」
いきなり突き放さないでほしい。
最後はいつもの情けないお父様の貌になっていたが、本当の貌はどれなんだろうね?
「それじゃあ帰ろうか」
そう言って徐ろに席を立ったお父様は不意に私の頬を撫でた。
「こんなかわいい私のクリスを殴るなんてね…」
「お父様?」
「いやなんでもないよ。どうせ土の下から出てくる事はもうないからね」
意味深な事を言ったお父様はそのまま振り返る事なく店を出て行った。
あれ、これもしかして私が支払いをするのかしら?
背後に立つ店員さんがニコニコと伝票を渡してきた。




