81.冬が一番神秘的
子供ができたそうだ。
私の子供だ。
できるようなことをしていたのだから、できても不思議はないだろう。
ただ、そう……一言で言うと「早い」だ。
だから驚きも戸惑いも大きかった。
――結婚の儀式を行った日、ジータが初夜やその辺のことを説明してくれた時も、衝撃の事実を告げられたことを思い出す。
本当にそうなのか、と。
疑う気持ちも大きかったのだが……
きっと本当なんだろうな。
ジータには個人的に思うことがあって好きにはなれないが、わけのわからない嘘で誰かを騙すような者ではないだろう、ということくらいはわかる。
そもそもあの時は、他の人もいたしな。
私だけに向けられた誤情報、というわけでもなかった。
「――おお、できたか」
色々と衝撃的だった話をした、翌日。
一晩掛けて落ち着いた私は、自分なりに優先順位を付けた。
そして、全ての答えを握っているだろう婆様を、朝早くから叩き起こして連れてきた。
「寒い」と喚かれたり「邪悪なる者め消えろ」と魔を退ける呪いか呪いを受けたり「最近の若造は思いやりがない」と若い世代への不満を訴えられたりと、ものすごく罵られたが。
妊娠しても変わらず、囲炉裏端でごろごろしているアーレから「子供ができた」と報告があると、ようやく落ち着いた。
「レインの馬鹿者が、わしらを表に放り出した時にカテナ様が来たから、もしやと思っておったわ。あの方は新たな生命に祝福を授けに来たのじゃな」
あの掃除の日か。
そうか、冬になったらめっきり姿を見なくなったカテナ様が、なぜやってきたのか……
春夏秋は、よく集落をうろうろしているカテナ様を見かけたが、冬はまったく見かけることがなかった。
誰かの家で温まっているのだろう、とは聞いていたが。
あの時はたまたまやってきただけかと思ったが、来た理由があったのか。
せっかく祝福しに来た神の使いを、私は追い出してしまったのか……
ついでに嫁はカテナ様を枕代わりにしてしまったし……夫婦揃って無礼を働いてしまっているじゃないか。
これはさすがに謝りに行かないと。
話が済んだら、すぐに探しに行こう。
……あの方のことだから気にしてなさそうな、もっと言うと忘れている気はするけど、けじめはつけないとな。
「それで婆様、いくつか聞きたいことがある」
「おまえに答える義理はない」
あ、まだ恨まれてる。
「大事な話だ。あとで穴埋めはするから」
「……チッ……老骨に鞭を打つほどの質問なんじゃろうな」
私にとっては間違いなく、な。
「番の儀式の時、ジータに聞いたんだ。改めて婆様から聞きたくて。
白蛇族の妊娠と出産って、三ヵ月から四ヵ月って本当か?」
ジータから聞いた話で、これが一番衝撃的だった。
つまりこの部族は、秋の終わりから冬に子供を宿し、春辺りに出産するのだという。
三ヵ月から四ヵ月。
私が常識として知っている妊娠・出産から考えると、半分以下の時間で産まれてくることになる。
これは、本当に衝撃的だった。
アーレが妊娠したというなら、私もちゃんと知っておく必要がある。
「そんなことを聞くために朝早うから起こしたのか!」
「いや、ここでは常識なのかもしれないけど。でも婆様は知っているだろう? 森の向こうでは全然違うんだ」
おまけに私が集落に来てからは、恐らく出産はなかった。だから誰かにちゃんと聞く機会がなかったのだ。
そもそもジータの説明で初めて聞いて驚き、あまりにも知っている常識と違いすぎて嘘なんじゃないかと思ってしまったくらいだ。
三ヵ月から四ヵ月で出産する。
そんなの、私の祖国の大人なら、誰も信じないだろう。
「……ああ、そうじゃったな。向こうでは、確か……一年近く掛かるんじゃったか?」
留学みたいなことをしていた婆様なら、知っていると思った。薬草楽を中心とした医学に関わったのなら、知らないはずがない。
女性の妊娠・出産は、命に関わるから。
……それについても驚くことを聞いているんだよなぁ。
「なんか、卵で産まれるって聞いたんだが」
だから出産は楽だ、と。集落の女性に聞いている。
「正確には卵ではなく薄膜じゃがな。ほれ、卵を茹でて殻を剥いた時、中に膜があるじゃろ? あれに包まれて出てくる。まあへその緒は繋がっておるがな。
確か向こうでは、逆子だのなんだのと、胎の中の子が出てきづらい体勢になっておることがある、……じゃったか?」
「ああ、そうだ」
さすがに出産に立ち会ったことはないが、その辺のことは学んできた。だから出産に時間が掛かり、母体の体力が持たないことがある、とかなんとか。
しかし白蛇族では、子供が卵膜に包まれるため、非常にスムーズに産まれてくるらしい。すぽーんと産まれてくるらしい。
その証拠に、出産で母体の命に関わることは、絶対にないと言い切られた。
だから安心はしていた。
その辺のことは事前に聞いていたから。
ただ、妊娠時期が異様に短いのは、本気で驚いた。
そして少々小さい子が産まれるらしいが、すぐに大きくなるそうだ。
白蛇族の結婚の儀式が秋に多いというのは、この辺の理由もあるのだろう。
外に出ない冬に子を宿し、動き出すべき春には出産し身軽になれるように、だ。
森を越えていろんな神秘に触れてきたが、この妊娠・出産の話は、もっとも身近でもっとも衝撃的な話だった。
まさに、神の御業だと思った。
カテナ様に対する敬意と畏怖が、否応なく高まるほどに。もう心の中でもペットだなんて言えなくなってしまった。可愛いけど。
「婆様、アーレの出産の前に準備しておくこと、何かあるか?」
「ない。男には特にない」
……あ、はい。
「心配するな。わしとお産に慣れた女たちで取り上げてやる」
私の中では常識を覆されるような話だが、白蛇族であるアーレや婆様にとっては、それが常識なのだ。
多少の温度差を感じるが、そんなの関係なく、私の心は落ち着いてきた。
出産に対するアーレの危険は、ほぼない。
来年の春には子供を産み、すぐに戦士として復帰するのだろう。
密かに心配していた妊婦の飲酒……
アーレの普段の呑みっぷりを知っているだけに、妊娠期間中の酒をどうやって止めようかと悩んでいたが、自然と呑みたくなくなるらしい。
これもまた、神の御業なのかもしれない。
今私にできることは、赤子の扱いをちゃんと学んでおくことだろうか。
でも、あまり手が掛からないという噂を聞いているんだよな……白蛇族の赤子は泣かないらしいから。
いや、しかし何だな。
春と夏と秋は、戸惑うことも多かったが、私の知っている常識に添っていることは多かった。
だからそれなりに対応できていたのだと思う。
でも、冬はなかなかだ。
この時期が一番、私の中の常識とのギャップが激しい。
文化の違いが過ぎるだろう、という気もするが……
「文句を言われても困る。こっちではそういうものだ」と言われたら、受け入れるしかないしな。
――まあ、その辺はゆっくりじっくり受け入れていくとして。
もう一つ、聞きたいことがある。
「身体を壊して妊娠できなくなった女性が、カテナ様のおかげで子供を産んだって話は本当か?」
「ああ、本当じゃ。鱗は生えるがな」
…………
鱗が、生える?
……どうやら、私はまだまだ白蛇族の真の文化を、知らなかったらしい。




