80.とある夜に手紙の話を 後編
「で……返事の内容は? 家族から返ってきたのか?」
再びまどろみに沈むアーレは、聞いているのかいないのか……
ただ、眠っていても戦士は戦士だということは忘れないようにしないと。
私の命が危ない。
……ところで、こういうのは恐妻家という分類でいいのだろうか。
まあ、結婚する前から力関係ははっきりしていたが。
物理的な意味でも、入り婿的な意味でも。
「ああ、家族からだ。結婚おめでとうという祝いの言葉が届いたよ。あと簡単な近況報告だな」
手紙は四枚。
父上、母上、私に付いていた専属メイド、そして友人フレートゲルトだ。それぞれ一枚ずつ書いてくれていた。
魔法の作りから、一度に送れる便箋は四枚が限界だ。
量はともかく回数に規制はない。
が、あまり使い過ぎたらフロンサードの秘術が外部に漏れる可能性が上がるので、頻繁にやり取りするのは避けた方がいいだろう。
だから、よほどのことがない限り、向こうから来ることはないだろう。
こちらからの返事のみだと思う。
そして内容は、だいたいそんな感じだ。
「そうか。特に問題はなさそうか?」
「ああ」
まだ別れて一年経っていないからな。そう滅多なことは起こらないだろう。
ただ――
「……問題というか、一人心配な人はいるが」
「心配? 家族がか?」
いや厳密には家族じゃないんだが。……まあ家族みたいなものかもな。
「私が小さな頃から傍にいた女性だ」
「女性」
アーレのピリッとした不機嫌が伝わってくるが、私は構わず話を進める。
彼女はアーレが気にするような立場の女性じゃない。
「ああ。確か十歳年上だったかな。経緯はわからないが、子供の頃に身体に入れた毒のせいで、身体を壊してしまったようでな。子供が産めなくなったそうだ」
私に付いていた専属メイド、ケイラ・マート。
元はマート子爵家のお嬢様だ。
しかし子供が産めなくなったせいで貴族社会では結婚が絶望的になり、働き口として王城のメイドに就職。
そして私に付けられるようになった。
ケイラとは付き合った時間が長いだけに、かなり親しくなったと思う。
向こうはどうかはわからないが、私は姉のように思っていた。部屋にいる時はだいたいいつも傍にいて、常に私を気に掛けてくれる大事な人だった。
そんな専属メイドからの手紙は、私への心配事ばかり書かれていた。
身体は壊してないか、生活は安定しているのか、嫁は優しいか子供ができたって本当か、と。
いつもクールな彼女がどんな顔で書いたのか気になるくらい、心配事ばかりで溢れていた。
それこそ、ちょっと手の掛かる弟を心配する姉のように。
私としては、彼女の今後の方が気になっている。
王城でメイドを続けるのか、誰かに付くのか、それとも……
――実家の命令で、望まぬ嫁ぎ先に行かされるのではないか、とか。
子供は産めないし、もう二十五を過ぎている。
実家とはあまり良い関係ではないと聞いているし、それとなく「第四王子レインティエが気に入っているメイド」として噂を振りまき、少々頼りないが私が彼女の後ろ盾になっていた。
だが、私が不在になった今は……心配である。
私は彼女の良さをよく知っているが、そういう欠点だけしか見ない者も多いだろう。まともな結婚相手は、なかなか見つからないと思う。
……下手をしたら、祖父と孫くらいの歳の差の相手や、評判の悪い男と結婚させられたりするかもしれない。
「毒で身体を壊したのか?」
「らしい、と聞いている。実際どうかは……ただ、身内同然に親しい人でな」
結婚してまだまだ日は浅いが。
でも、私はすでに幸せの真っただ中だ。
好きな人と結婚できる。
これほど喜ばしいことだと思わなかったが――知ってしまった今だからこそ言えることもある。
「彼女には幸せになってほしい」
結婚するしないは彼女の勝手にすればいいとは思うが、貴族の娘にはそれは難しい……望まない相手と無理に縁を結ばれるようなことだけは、やめてほしいと思うが。
「生まれつきじゃないなら、どうにかなるかもしれんぞ」
「……え?」
火を見詰め、彼女の思い出を振り返って先の心配をしている私には、寝耳に水の発言だった。
「どうにか、なるのか?」
「詳しくは婆様に聞いてほしいが――おまえも知っているよな? 白蛇族の女は子を二人までしか産めない」
あ、それも気になっていたんだよな。
「同じ男の子供は一人まで、なんだよな?」
「そうだ。二人目は番が変わった場合だ」
再婚のことだな。
「本当に二人だけなのか?」
「いや、正確には『二人目が非常に出来づらくなる』だ。だがそれは、かなり珍しい」
要するに、一夫婦に子供は一人だけ。
再婚したら、女性は二人目を妊娠する。
……と言われているが、珍しいケースではあるが、一夫婦に二人目ができることもある、と。
まとめるとこういうことだ。
これもまた、神秘を感じる話である。
単純に子供が増えづらいということなのか、それとも……加護神カカラーナ様が見守る場所であるなら、神の目線で言うと、集落の総人数が管理されているのか。
……まあ、考えても答えは出そうにないので、考えるだけ無駄かもな。
「そこで本題だが、そのおまえの親しい女と同じような感じで、白蛇族の女が産めない身体になることがあった。
毒のせいだったり怪我のせいだったり病気のせいだったり、理由は色々あるが。
そんな女たちだが、普通に子を宿していた」
…………
「なぜ?」
なぜ、妊娠できない身体になっているのに、妊娠したのか。
不可解しかないその問題に、アーレは「カテナ様だ」と事も無げに答えた。
「そういう女たちは例外なく、カテナ様に腹を触れられたらしい。子が宿ったのはその直後だ」
「……それ、本当なのか?」
「カテナ様は神の使いだからな。そういうこともできるんだろう。詳しく知りたいなら婆様に聞いてくれ」
――これは、聞かねばなるまい。
今日はもう遅いから、明日か。婆様に聞いてみよう。
「ああ、それと。子の話で思い出したんだが」
ん?
「我も恐らく子ができた」
……えっ?
「我とレインの子だ。できたぞ。きっと」
…………
えっ!?
「子ができると酒が欲しくなくなるというのは、本当なんだな。ここ数日一滴も呑んでない」
ええぇぇっ!?
子供ができた、というのも、驚いているが……
しかしアーレが数日酒を呑んでいないということの方に、強い衝撃を覚えた。
…………
ダメだ、なんか混乱している!




