79.とある夜に手紙の話を 前編
「アーレ」
「なんだ」
「手紙が届いた」
「……てが? 何の話だ?」
あ、やっぱり。
「ちゃんと説明したはずだが……いや、もういい」
文句を言われようが反論されようが、もう遅いからな。
「あ、て関係の神のことか?」
「前に同じことを言っていたけど本当に覚えてないか?」
て関係とはなんなのか。
二度聞いても意味がわからない。
説明した時も眠そうだったしだらだらしていたから、聞いていないのではないかと思っていたが。
……聞いていなかったのか、それとも単に忘れただけなのか、ちょっと判断ができない。
まあ、どっちにしろ、本当に手遅れだが。
そして冬の白蛇族……とりわけアーレは特にダメだということもよく理解できた。
――とある冬の夜である。
なんだかんだ日中は私が忙しいので、ゆっくり話ができるのは夜が多い。
ナナカナと婆様は夕方には自分の家に帰ったので、明日の昼近くまで動くことはないだろう。今夜も寒いしな。
囲炉裏の火を眺めながら過ごす静かな夜は、悪くない。
どうして火ってずっと見ていられるんだろうな……不思議だな。
心なしか、ごろごろしているアーレの心も落ち着いていることが多いから、この時間ならゆっくり話ができる。
まあ、単に眠いだけかもしれないが。
「もう一度説明するが、私は特定の人に手紙を送ることができるんだ、……けど」
「テガミとはなんだ?」
そう、そうそう。そうだ。
前に話した時もそう聞かれて、どう説明したらいいのか頭を抱えた。
手紙の文化がない。
文字の概念はわかるが、紙がない。なんでも石や木の板に絵を描いて記録することはあるが、それも一部の人がやっているだけだそうだ。
つまり、よく知らない物をよくわからない方法で私の故郷へ送る、ということしか明確に説明できない。
根気強く説明すればいずれ理解は得られると思うが、……冬のアーレはダメだから。
大事な話なので、ナナカナと婆様には話せない。
きっと婆様は手紙くらいは知っているし、もしかしたら文字も読めるかもしれない。ナナカナも恐らくは知識としてはあると思う。
しかし、この話は、そう簡単に漏らせないのだ。
霊海の森の向こうのことは、まったく知られていない。
私が手紙を書くということは、こちらの情報を向こうに流すということだ。
たとえ情報を規制しても、私の居場所は知られてしまう。
手紙を送る魔法とは、そういうものなのだ。
王族の誘拐や遭難などに対応するための仕掛けだ。
たとえ本人が現在位置を把握していなくても、手紙さえ送れば座標を報せることができる。助けを呼べる。そういうものなのだ。
――私は骨を埋める覚悟で来たので、アーレが許可しないなら、手紙は出さなかった。
しかし、王城には私の安否を心配してくれる人が、たぶん何人かはいる。
せめて無事に婿入りしていることだけは伝えたかった。
予期せぬ半年の猶予をもらい、秋にようやく結婚の儀式が済んで、やっと手紙を出せる段階に来た。
ただ、秋は秋で忙しかったので、どうせなら色々と落ち着く冬まで待って……と思ったのが、ついこの前だ。
誤算だったのは、冬の白蛇族、冬のアーレが思った以上にアレになってしまったことだ。
そしていざ説明して即座に「いいよぉ」と、アーレがいつにないほどゆるみきった返事を寄越したことから、話を理解していない可能性も考えたが……
まさか話したことさえ忘れているとは思わなかった。
結構長々必死になって説明したんだが、説明を理解できなかった以上に、説明したことそのものを忘れられるとはな……
「故郷の知り合いに、アーレと結婚した報告をしたら、その返事が来たんだ」
「ほう……返事が」
よかった。なんとかわかったようだ。
「可愛い嫁ができたと話したのか?」
ごろりと体勢を変えて、アーレが眠そうな顔で私を見る。……気が抜けてるなぁ。
「ああ……うん、書いた、かも……」
曖昧に頷く。
可愛い嫁だとは思っているが、手紙には確か書かなかったはず。
手紙を読む相手は親友で、恐らく家族にも伝えるだろうと予想している。
手紙でのろけると私の縁者に見られる。
それはさすがに恥ずかしかった。
しかし。
「――嘘だな?」
な……急に戦士の顔にっ……! この冬初めて見る戦士の顔に!
アーレが豹変した。
眠そうだった瞳がギラリと光る。
「おい、今のは嘘だよな? 可愛い嫁と伝えなかったのか? なぜだ? 我を可愛いと思っていないということか?」
…………
「美人って書いた! ……かも……」
「美人だと? 美人っ……美人か……ふうん。ならいい」
……なんとか誤魔化せたようだ。
気を付けないと。
危うく眠った大蛇を踏んで起こすところだった。




