72.謎と謎と謎の卵
ナナカナに引っ張られて、ずらりと商品が並ぶ場所まで連れて来られた。
私を引きずる子供らしからぬ力だが、嬉しそうな横顔も全身ではしゃぐ態度も、まさしく子供のそれである。
「これ! これ見て! これ!」
これ、これ、と彼女が指差す先には……………………えっ? 何これ?
指差した先にあるのは、黒い球体である。四角の並ぶ棚の一つを占めるそこに、黒い球体が五個か六個ほど置かれている。
「トリュフ……いや」
違うな。トリュフにしては小さいし、整った形に丸すぎる。でも見た感じはトリュフそっくりだ。
「ああ兄さん。勝手に触らないでね、危険なのもあるから」
仔細に眺めようと手を伸ばすと、商品の向こう側にいるルフル団の小柄な女性……たぶん飢栗鼠族が声を掛けてきた。
おっと、危険物もあるのか。迂闊に手を出すとまずいな。
「すまない、触らないよ。……これは何かな?」
「種だよ」
目の前の女性に聞いたつもりだったが、答えたのはナナカナだった。
「闇林檎の木の種だよ。果物の種」
…………
「そうか」
初めて聞く名だ。
正直どんなものなのか想像もできないが、果物が生る木の種らしい。
「食べたい! 食べたい!」
「そりゃ私も食べてみたいが……木の種か」
種の大きさからして、見上げるほど大きく育つとは思えないが……しかしそれでも、果実を収穫できるほど育つまでに数年は掛かるのではなかろうか。
……でもまあ、別にいいか。植えるくらいなら大した手間でもないし、長い目で育つのを見るのも楽しそうだ。
「何となら交換できる?」
今度こそ、目の前の女性が「それ自体はあげてもいいよ」と答えた。
「何品か交換してくれたら、おまけで二つあげるよ」
……ふむ。結構商売上手かもしれない。
恐らく種の価値はそう高くないのだろう。
それだけを持って行かれるよりは、他にさばきたいもののついでに付けた方が得だ、と。
しかも種一つじゃなくて二つか。
一つより二つと言ってお得感を露骨に上げたのか。
これは、なんだ。
蛮族だからとか物々交換だからとか、侮ったり軽く見ていたら、大損をするということか。
――ちょっと気合いを入れて臨まないといけないらしい。
交換に使う物は、嫁が命懸けで勝ち取った魔獣の素材が主だ。彼女の命を賭した苦労と頑張りを安売りはできない。する気もない。
「アーレが大量の塩を仕入れるんだが、そのついでに貰えるか?」
「え? あ……もしかして兄さん、アーレの婿さん? ナナカナのお父さん?」
どうやらナナカナとは初対面ではないようだ。
いやまあ、ここ一、二年は集落が割れていたせいで敬遠されていたみたいだが、それでも毎年一度は来ていたんだよな。だったら顔見知りでも不思議ではないのか。
「見慣れない格好の旦那さん、とは聞いてたんだけど、あんたのことか。……わかったよ、今回は負けとく! 二つ持ってって!」
お、やった。
私は礼を言いながら、謎の黒い種を二つ摘まみ上げ、ナナカナに渡した。
「ありがとう! 早速植えようよ!」
「うん。帰ったら植えよう」
……時期的に大丈夫か、という不安もあるが。念のために植える前に婆様に何か知らないか聞いてみよう。
果物の種に夢中なナナカナと別れ、横に移動しながら商品を見ていく。
見れば見るほどよくわからないものばかりだ。
色々と目は引くものは多いけど、用途がわからないから、なんとも……
「――おいレイン、これ見てみろ」
「ん?」
婆様の声に振り返ると、……えっ!? 何それ!?
婆様が持っていたのは、透明な板のようなものだった。
「ガラ……いや」
ガラス、では、ない。
あの細長い楕円形をいくつも合わせたような模様というか柄というか……とにかくあれは、虫の羽ではなかろうか。それにしては大きいが。
「おまえが前に言っていた『オンシツ』とは、これで代用できんか?」
オンシツ?
ああ、温室か。
冬場でも植物を育てる方法はないかと話していた時、私が話したことだ。
ただ、正確な作り方はさすがにわからない。
外気を遮断して光だけ通す透明な壁で覆った建物、という説明をしたが。
婆様はこの透明な板で代用できないか、と言っているようだ。
「できるかもしれないが……これって割れないのか?」
「割れるぞ。簡単に」
「なら無理だと思うよ」
ある程度の強度がないと、強い突風でも割れてしまうかもしれない。
「そうか……大鎌蟷螂の羽では無理か。残念じゃのう」
「そもそも数もないんじゃないか?」
「そりゃ規模によるじゃろ。最初は試しじゃ。建物ではなく小屋でもいいではないか」
……まあ、確かに。
「じゃあ試してみようか?」
鉢植え式の畑を覆うくらいなら、そんなに数もいらないだろう。
「――あぁん? 牛の骨三本じゃと? そりゃぼったくりじゃろうが! なんじゃ!? 老い先短いばばあからぼったくるために長旅してここまで来たのか!? ルフル団の名も地に落ちたのう!」
婆様が強気な交換交渉に入った。私より確実に値切りそうな勢いだ。彼女に任せれば間違いなく大丈夫だろう。
「…………」
ちょっと嫌な予感がするが、無視するのも後が怖いので、話しかけてみた。
「アーレ。何かあった?」
ニヤニヤしながら熱心に何かを見ていた嫁に話しかけると、彼女はニヤニヤしながらこちらを向いた。
「この辺全部、夜に強くなる物らしい」
え?
あ、え?
……あ、精力剤的な意味のやつね。
「まだ必要ないと思うが……」
なんというか……新婚だし、ちゃんと毎晩、という感じだし。そういうのはちょっと夜に元気がない時に助けてもらうアイテムではなかろうか。
「フン。いつまでもレインに負けてばかりでは悔しいからな。これさえあれば、今夜こそ我がおまえを抱けるだろうさ」
…………
精力の大小の問題じゃなくて、アーレが弱いってだけの問題なんだけどな。興奮剤的な意味があるなら、回数は増えるかもしれないが根本的には……
……まあ、アーレの気が済むならそれでもいいと思うが。
「まあその辺はさておき、料理の味付けや香りづけにも使えるらしい。おまえは興味があるんじゃないか?」
「あ、そうなんだ」
だったら私も興味がある。……この辺なんてニンニクっぽいしな。ぽいというかニンニクだな。匂いがそのものだ。
ニンニクは牛肉と合うんだよな。
スパイスにも加えられるし、これは普通に欲しい。
「うまいものを食って夜が強くなる。こんなにうまい話があるとはな」
…………
「もうおまえには負けない!」
なんかキリッとした戦士の顔で言い切ってくれたが。
しかし、アーレは一つだけ重要な点を見落としていると思う。
それは、彼女の言う「うまいもの」を食べる時は、きっと私も同じものを食べるということだ。
同じ精力剤を一緒に服用したところで、二人とも夜に強くなるだけだろう。
アーレだけ強くなることはないと思うんだが。
まあ、そんなちょっと抜けている嫁も可愛いが。
――ルフル団の人に、他に調味料や香辛料代わりに使えるものはないかと聞き、いくつか交換してもらうことにした。
その後も色々と見ていると、ふと、誰かの言った声に強く興味を引かれた。
「――犬のたまご?」
今、そう聞こえた気がするんだが。




