表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
46/252

45.雷が落ちた





「――アーレ嬢!」


 うおーだのふぉーだのと雄叫びを上げている戦士たちに近づくと、すぐに朱を一滴加えた白髪を見つけた。


「レイン」


 振り返ったアーレ・エ・ラジャの身体は、当然のように血に染まっている。


「大丈夫か!? 怪我したのか!?」


 私は遠目で見ていたので、誰がどこにいてどうなったか、というのは詳しくわからない。

 姿を見る限りでは、アーレ・エ・ラジャが怪我をしているように見えるが……


「いや、返り血だ。今日の大物狩りは楽な方だった」


 よかった。

 擦り傷くらいはあるようだが、大怪我というほどのものはなさそうだ。


「お、そうだったそうだったぁ」


 え?


 ……えっ!?


「アーレよぉ。おまえ番ができたんだってなぁ」


 すぐ傍にいた男の低い声に振り返ると……これまでに見たことがないほど大きな身体に驚いた。

 これは……冗談抜きで、私の倍くらいの背丈があるんじゃないか? そこまではないか? いや、どっちにしろ大きいからどっちでもいいか。


 こんなにも誰かを見上げたのは初めてである。

 巨体で、頭に角がある……特徴だけ見ると戦牛(イルハ・ギリ)族だろうか。


「まだなってねえ!」


 そう言ったのは、ジータである。こいつも身体や両手が血に染まっている。怪我をしているかもしれないが婆様に任せよう。私はあまり彼を診る気はない。


「おうそうかぁ。ジータはフラれたかぁ」


「フラれてねえ!」


「だから言っただろうがぁ。本当に好きな女はぁ、一番最初に娶れってよぉ」


「ガキの頃から娶ったも同然だと思ってたんだよ!」


 そういえばジータはもう三人嫁がいるんだよな。まあ、どうでもいい話だ。


「アーレ嬢、この方は?」


 見る限り、相当なご年配である。そして彼女たち二人の様子からして親しくもあるようだし、彼も二人の内情を知っているらしい。

 交友がある相手なら、私も自己紹介くらいはしておきたい。


戦牛(イルハ・ギリ)族の族長キガルス。実績も信頼もあり、ここらで知らない者はいない勇猛な戦士だ。我やジータが子供の頃から、よく面倒を見てくれていた恩人でもある」


「俺がキガルスだぁ」


 若干のんびりして穏やかさを感じさせる口調だが、外観も声もどこまでも野太く逞しい。


 酷使してきたのだろう傷跡だらけの肉体も、やはり筋肉でバッキバキ……というより、もうなんというか、人間型の魔獣と呼んだ方が近いくらい体格が違う。二の腕なんて明らかに私の胴回り太いし。規格外にも程がある。


「私はレインティエだ。よろしく」


「おぉ、おまえがレインかぁ。大狩猟では俺んとこの若いのが世話になったらしいなぁ。怪我に針ぶっ刺して治すんだろぉ? 意味がわかんねぇなぁカッカッカッ!」


 まあ……まあ、そうかもしれない。

 人体に針を刺すって、基本的に怪我をさせる行為だからね。それで治すというのは矛盾しているように思えるのだろう。


「族長、そろそろ良さそうだ! とどめ頼む!」


 カッカッカッと笑っているキガルスに、彼と比べると頭一つ分小さい戦牛(イルハ・ギリ)族の男が駆け寄ってきた。それでも充分見上げるほど大きいのだが。


 本当に身体の大きな部族である。

 女性だって私より大きいくらいだからな。


「とどめかぁ。おまえがやりゃいいだろうがよぉ。いつまでもジジイを働かせるんじゃねぇよぉ」


「一番の働き者の仕事だろ」


 どうやらそういうルールがあるらしい。

 とどめと言うと、空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)のことだろう。もう動けないのだろうが、まだ息絶えてはいないようだ。


「アーレぇ、ジータぁ、おまえらやるかぁ?」


 本当に面倒臭そうな顔で話を振るキガルスに、こっちの二人も嫌そうに答えた。


「獲物を譲ってもらう趣味はない」


「やんねぇよ。誰がどう見てもキガルスの獲物じゃねえか」


 非正規ではあるが、双方白蛇(エ・ラジャ)族の族長を名乗る身である。

 おこぼれのような武功を得ようとは思わないらしい。


「あーあぁ。面倒臭ぇなぁ」


 そう言いながら、彼は老体を引きずってゆっくり歩いて言った。


 ……戦牛(イルハ・ギリ)族の族長キガルス、か。


 私は護身のための剣が多少使える程度で、他人の強さがわかるような達人ではない。

 だが、それでもわかる。

 あの男は、生涯私が出会った人の中で、一番強い者だ。フロンサードの将軍や騎士団長など子供扱いにできるくらい強いだろう。


 アーレ・エ・ラジャやタタララでも充分強いと思っていたが、彼は別格だ。伊達に大きな身体をしていない。それに見合う戦士である。


「レイン」


 文字通りの意味で大きな背中を半ば呆然と見送っていると、アーレ・エ・ラジャに呼ばれる。


空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)の解体が終わったら引き上げる予定だ。それまで怪我人の面倒を見てやってくれ」


 ああそうだった。

 私はそのためにここに来たんだ、やることはやっておかないと。


「あなたに怪我はないんだな?」


「ああ、大丈夫だ」


「わかった。あなたが無事でよかった。ではほかの……」


 と、視線を動かしたところで、憮然とした顔でこちらを見ているジータと目があった。


 ……うん。まあいいか。


「ほかの怪我人の様子を見てくる」


「おい。俺の怪我については聞かねえのか?」


 あ、絡んできた。


「まあいいかって思って」


「なんでだよ。俺にも聞けよ」


「わかった。婆様に伝えておく」


「なんでだよ。おまえが今俺に聞けばいいだろ」


 ……面倒臭いのがここにもいたぞ、キガルス。


「じゃあ……………………怪我は?」


 心底嫌そうな顔で聞いてやると、ジータも心底嫌そうな顔でこう言った。


「ねぇよ! あってもおまえにゃ言わねぇよ!」


 なんだこいつ。

 腹が立つ。

 帰ったらナナカナに言いつけてやるからな。





 なぜか睨み合う……いや、好きな女性を取り合うつもりで睨み合っている私とジータを見て、今度はアーレが面倒臭そうな顔をした。


「おまえたちは何をしている」


 と、しょうもなさそうに言ったその時だった。


「――ぐああぁぁぁあっ!!!!」


 終わったはずの戦場に、獣の咆哮が駆け抜けた。


 私は身をすくませた。

 声が近い。

 私の意思に関係なく、本能が怯えた。聞いてはならない声を聞いたと。危機を感じてすくみ上った。


「なっ……!?」


「なんだどうした!?」


「今のなんだ!?」


 終わった気になっていた戦士たちが騒ぎ出す。

 私なんて固まって動けなくなるほどの衝撃だったのだ、騒げるだけ強い師慣れているだろう。


「大変だ!!」


 ざわつく戦場を貫くように、誰かが叫んだ。


「キガルスの腰にまた雷が落ちた!!」


 えっ? 雷? 落ちたのか?

 あ、じゃあさっきの声はキガルスのか! 咆哮じゃなくて悲鳴か!


 思わず空を見上げる。

 雨雲は変わらず広がっているし、空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)が降りてくる時に割った場所も、再び雲が覆っている。


 だが、雨は降っていない。

 雷の光も見えない。

 そもそも落ちた音もしていない、はずだが。


「ヒヒ蛇持ってこい!」


「ダメだ! キガルスはやりすぎてもう麻痺が効かねえ!」


「引きずって帰るしかねぇか」


「ここから一番近い集落はどこだ? そこに運ぼう」


 ざわつきが具体的になった。

 まあ、新たな魔獣が現れたわけでもなさそうなので、雷に打たれた……?キガルスには悪いが、どこか気楽である。


「――レイン、おまえの針は痛み止めの効果があるよな?」


 アーレ・エ・ラジャに問われた瞬間、言わんとすることを理解する。


「あの体格で効くかどうかはわからないけど、試してみるよ」


 私の指先で、果たしてあのサイズの人に効果が出るだろうか。残念ながら癒しの力はあまり強くないんだよな。


「頼む。我は経験がないが、婆様が二回やっている。その時は動けなくなった」


「え? 婆様が雷に打たれたのか?」


 しかも二回も?

 よく生きているな。


「雷が落ちたってのは例えだ」


 と、ジータが顔をしかめる。


「俺もよく知らんが、急に腰に激痛が走って動けなくなるんだとよ。いきなり来るから『雷が落ちたような衝撃』って意味でそう言うんだ」


 腰に激痛。

 ああ、なるほど。


「ぎっくり腰か」


 確か「魔女の一撃」とも呼ばれるやつだな。

 こちら(・・・)では「雷が落ちた」っていうのか。なるほどな。


 私の父上も何度かやっている。

 かなり辛そうだったのをよく覚えている。

 そんな状態にも拘わらず、それでも書類仕事などをこなす父上の勇姿は、ある意味戦士だったと思う。


「ちょっと行ってくる」


 私の針でなんとかなればいいんだが。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ