26.白蛇姫は語る
「白蛇族の集落では、番になる男女は全て族長が決めるのだ」
そんな前置きから、アーレ・エ・ラジャの話が始まった。
「当然、族長の許しがなければ番にはなれない。……とは言え、番になることを望む二人が話をすれば、だいたいが通っていたがな」
その辺はフロンサードも似たようなものだな。
王侯貴族の婚姻に関しては、最終的には国王陛下の許可が必要となる。が、よほどの理由がなければ通らない話ではなかった。
突き詰めれば、許可がどうこうよりは、貴族社会の動きを把握する意味合いが強かったのだと思う。
……まあ、さすがにこの辺の事情は白蛇族の集落には適用されないと思うが。
フロンサードは何十万人が住む国で、そうでもしないと目が届かないから。
「我とジータが番になる話も、前族長が決めたことだ。あの男は小さな頃から周りにそう言い触らし、最終的には前族長に約束を取り付けるところまでいったのだ」
つまり外堀を埋めていったわけか。
「私としては、アーレ嬢が彼との結婚の話をどう思っていたかが気になるな。前向きに検討していたのかな?」
「前向きではなかったと思う。何分物心ついたらすでに決まっていた、というほどの古い話だったからな。『このままジータと番になるのだろう』としか思っていなかった。自然と受け入れていたというか、な」
なるほど。
その辺も王侯貴族の許嫁関係に近いものを感じるな。
小さい頃から決まっているなら、本人の意思の関わらない親が決めた関係が多いから。
「ただ、レインには隠し事をしたくない。だから正直に言おう。
かつての我は、あの男を憎からず思っていた。好きか嫌いかで言えば好きだったし、何事もなければ間違いなくあいつと番になっていたと思う」
……そうか。やはり幼馴染は強いな。
「今のナナカナよりも小さい頃から、好きだと。番になりたいと。何くれと言われていたからな。それを信じて疑わず……それだけ言われれば絆されもするし情も生まれる」
うん、わかる。
個人的にジータは気に入らないが、彼の要求は至極わかりやすい。
隠そうともしないアーレ・エ・ラジャへの好意は、ほんの少し、短い時間接しただけでも、嫌でも感じられた。
男だって女だって、好きだ好きだと言い続ける相手を嫌うことは、なかなかできるものじゃない。
もちろん押し付けられる好意は迷惑なだけだが。
ただ、そうなると、だ。
「では、現状はどうなっているんだ?」
「その前に、おまえはさっき言っていたな。カラカロから聞いたんだろう? 集落が割れている問題を解決する方法がある、と」
ああ、そうそう。
カラカロとジータが会いに来た、と告げた時についでに言った。もちろんそれも気になっていた。
「ここまで言えば、レインには答えがわかるんじゃないか?」
ん?
……確かカラカロは、「もっとも簡単で今すぐ解決する方法がある」、みたいなことを言っていた。
そして「ただし絶対に取れない方法だ」とも。
……つまり……
ああ、そうか。
あるな。確かに。
「アーレ嬢とジータが結婚すれば、問題が解決するのか」
こちらの族長はアーレ・エ・ラジャ。
向こうの族長はジータ。
二人が夫婦としてまとまれば、夫婦間の族長問題は残るかもしれないが、少なくとも集落だけはまとまるんじゃなかろうか。
「その通りだ。更に言うと、白蛇族は男社会だ。戦士の嫁となれば夫を立てるのが当然と考えられる。
ジータと番になれば、自然と我はあいつに下ることになるわけだ。そうなれば割れた集落の問題は解決するだろうな」
……そうか。夫婦になったらアーレ・エ・ラジャは夫のために身を引き、そうなれば何の障害もなくジータが族長になるのか。
「その辺のこと、俺も気になるよ――いてっ」
ここまで黙って聞いていたガガセが口を開いた。
ナナカナに「黙ってて」とぺちーんと叩かれたが、彼はばしばし叩かれながらも黙らなかった。
「アーレはジータの、いっ、何が気に入らないんだ。いてて戦士としては強いし、ジータがアーレのこといっ好きなのは、みんなし、しってること、いててててっ」
ばっしばっし叩かれてもめげないガガセ少年の疑問は、もっともである。
さっき本人が言っていたように、何事もなければジータと結婚していたはずだ。
二人の間になんの問題があったのか。
ガガセは知らないようだし……そこが集落問題の核でもあるのかもしれない。
「――簡単に言うと、ジータが信じられなくなった」
信じられなく……ふむ……
「彼は浮気でもしたのか?」
「もっとひどいぞ。少なくとも我にとってはな」
浮気よりもっとひどい……?
「なんだろう? 言いづらいことなら言わなくていいが……」
「いや。言いづらいことではない」
と、アーレ・エ・ラジャはぐいっと酒を煽ると――殺意が見えるような剣呑な瞳で、囲炉裏の奥を見詰めて言った。
「奴は妻を娶った」
「……は?」
妻を、めとっ、た?
……え? なんだ? どういうことだ?
「アーレ嬢と、結婚を、した?」
「そんなわけないだろう。――我とは違う女を妻にしたのだ」
…………
えっ?
「ジータには妻がいるのか?」
「ああ。いる」
「妻がいるのに、アーレ嬢にも妻になれと?」
「そうだ」
…………
…………
え、何それ?
いや……いや、待て。
少々理解に苦しみパニックになりかけたが、タタララもナナカナもガガセも平然としているので、これは白蛇族にとっては不自然ではない話なのかもしれない。
私の常識では、妻は基本的に一人だ。
フロンサードで例外があるのは、国王陛下である父上だけだった。
いくら浮気をしても、愛人や妾を持っていようとも、それは妻ではないからな。
「レイン」
恐らく、かなり怪訝な表情をしているのだろう私の心情を察し、ナナカナが言った。
「白蛇族の戦士は、強ければ何人も妻を娶ることが許されてるんだよ」
なんと。
この集落は一夫多妻制もあるのか。
「我ら戦士は狩りでよく死ぬ。男は数が多いから特にな。そうすると番の女や子供が残ってしまう。それが繰り返されると、自然と女の方が多くなる」
「あ、だから一夫多妻か」
そして恐らくはそれに近い流れでナナカナが一人になり、引き取ったのか。
「そうだ。強い戦士は狩りが上手い。食い扶持が増えても養える。だからそれ自体は何ら問題はないのだ」
ただ――と、アーレ・エ・ラジャの瞳は、更に危険な光を帯びた。
「――あれだけ、好きだ番になるとほざいておいて、我より先に違う女を娶った。我に話を通すこともせずにな。
我には裏切りとしか思えなかった。あの男は気に入った女がいれば誰でもいいのだろう、とな。
ならば、あいつの嫁は我ではなくともよかろう。
勝手に女でも子でもなんでも養えばいい」
あー……確かにこれ、浮気よりひどいな。
結婚する予定だった相手が先に自分以外と結婚して、しかもそれを相談さえされなかったというなら。
「我は戦士であることを捨てる覚悟さえして、ジータの嫁になるつもりだった。それがまさか、戦士じゃない女と同じように扱われるとはな。
笑わせるだろう?
我がただの女扱いをされ、戦士でさえなくなり、幾人か娶る妻の中の一人になれだとさ。
――集落最強の我をここまで馬鹿にしておいて、あの男に嫁げるものか。アレに嫁ぐくらいなら死を選ぶ」
そう言って、アーレ・エ・ラジャは静かに目を伏せた。
泣くのか……と一瞬思ったが、違った。
カッと開かれた金色の瞳には、もうなんの感情も見えなかった。
「――一人目まではまだ我慢しようと思ったが、二人目の妻を迎えた時点で、完全に醒めた。もう情も何もない」
えっ?
二人目?
あの男、すでに妻が二人いるのか!? その上でアーレ・エ・ラジャまで欲しがってるのか!?
「あ、あのな、アーレ」
と、ガガセが再び口を開く。
「……少し前に三人目の妻も」
「もういい黙れ。もう奴の話は聞きたくない」
…………
あの男すごいな。
同じ男として呆れるとか嫌悪するとかを通り越して……すごいな。




