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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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23.向こうの集落の族長





「候補だ。まだ番じゃない。――だったら誰のものでもない」


 なかなかの理屈である。


 極上の紅茶を思わせる赤茶色の瞳で、至近距離で私を見詰める黒鳥(カッ・コハ)族の女性は。

 熱い吐息交じりに、甘さと痛みを感じさせる棘のある言葉を連ねる。


「美しい瞳だな。私は一目見た時からその瞳が欲しくなった」


 お、おぉ……


 兄たちは女性に人気があったが、私はそうでもなかったからな……こうして本気で口説かれるとさすがにドキドキするな。


「私たちの部族は見目が良い者が多いとよく言われる。私もそれなりに良い方だと思う」


 確かに、綺麗な人だと思う。

 身体は華奢だし、たゆたう黒髪はそれこそ烏の濡れ羽色で艶があり美しい。


 これで格好さえ整えれば、大狩猟で血まみれになって戦う荒々しい戦士であるなどと言われても、信じられないくらいに。


「私では駄目か? この身体を好きにしていいぞ?」


 …………


 なるほど。

 少しだけ、本当にほんの少しだけ、父上が「三人目の側妃は完全に私が負けた」と言っていた意味が、ここでわかった。


 父上は負けたんだな。

 こういう風に口説かれて、女性の魅力に、負けたんだな。


 ――危ないところだった。


「すまないが、私はアーレ嬢の婿になるために来たから……」


 私が入り婿の心得を持たない者であったなら、色々と危なかったかもしれない。


 万が一にも入り婿が浮気などしたら、捨てられて終わりだからな!

 普通の王侯貴族ならともかく、入り婿は浮気も愛人も許されないし、もしかしたらこの状態さえ駄目だからな!





「……はあ。やっぱ無理か」


 あーあ、と黒鳥(カッ・コハ)族の女性は私の上からどき、横に転がって仰向けになった。


「相手がアーレじゃなぁ。戦士としての格も違うし、顔も負けるからなぁ」


「いや顔は……」


 好みだと思うが、とでも言いたかったが、「じゃあ私とアーレどっちが好みだ?」と問われたら困ったことになりそうなので、言わない。


「――というわけだから、連れていけ」


 ん? 連れていけ?


「すまんな。覗く気はなかったんだが」


 え?


 突如ドアを開けられ、そこには……見覚えのある白蛇(エ・ラジャ)族の男がいた。


「あ、……カラカロ、だったかな?」


 向こうの集落(・・・・・・)をまとめている、ジータの後ろにいた者だ。大きな身体と金色の瞳は印象深っただけによく覚えている。


「そういうおまえはレインだな。少し話がしたいんだが」


 話か。


 ……どんな話をしたいのかはわからないが、私も向こう(・・・)白蛇(エ・ラジャ)族には聞きたい話がある。


「わかった」


 怪我人の治療は終わっているし、ここはひとまずカラカロの話に乗ってみるか。





 陽の下で改めて見ると、とんでもない腹筋である。

 胸筋の厚みもこれ見よがしにすごい。


 どこの部族も、男の戦士は素晴らしい肉体をしている。……私も少し鍛えようかな?


「それで、話とは? ――ああすまない、その前に一つ頼みがある」


「頼み?」


「……さっきのアーレ嬢には内緒にしてくれないか? 余計な波風は立てたくない」


「女に迫られたことか? ……まあ言い触らすようなことではないからな。それは約束しよう」


 よかった。

 入り婿はいつだって、とんでもない流れから皆に責められる被害者に回る可能性があるからな。

 こういうデリケートな話題は極力出さない方がいいのだ。


「それより俺も聞きたい。――おまえはアーレと番になるために来たんだな?」


「ああ。私はそのために霊海の森を越えて来た」


「そうか……」


 カラカロは思案気に、じっと私を見下ろしている。


「集落が二つに割れていることは知っているよな? 理由も知っているか?」


「男の戦士がアーレ嬢を族長として認めないことから始まった、とは聞いている」


 そしてその男の戦士とは、ジータというあの男性のことだろう。


「そうだな。それが根本であり原因だな。それから多くの者の事情が乗り、こじれた結果こうなった。解決する方法がわからなくなるくらいにな」


 いつからこじれているかはわからないが、少なくとも一年半以上前から揉めているのは把握している。

 

 最初は小さな問題だったのに、まるで雪原を転がる雪玉のように大きくなった。


 その結果、問題の解決法がわからなくなる。

 あるいは多大な労力が必要となる。


 得てしてよくある話で、きっとこの問題もそうなっているのだろう。


「解決法はないのか?」


「ある。もっとも簡単で今すぐ解決する方法はある」


「え、あるのか?」


「ただし、絶対に取れない方法だ」


「……簡単なのに?」


「方法は、な。だがそれができたらすでに問題は解決している」


 なるほど。だから「絶対に取れない方法」か。


「その方法とは?」


「――その話をしたいと、ジータがおまえを呼んでいる」


 ほう。

 向こう(・・・)の族長が呼んでいる、と。


「わかった」


「そうか。では行こうか」


「――いや。断る!」


「……」


 カラカロは私の答えに驚いたようだ。いや驚くようなことでもあるまい。


「私はあなたたち男性の白蛇(エ・ラジャ)族にいい印象がない。女性たちから漏れ聞こえる話を聞く限りではね。

 そんな男性の代表(・・・・・)が、私を呼んでいると。


 正直、不信感しかないな。行った先でどうなるかわからないではないか。だから怖いから行かない」


 私個人は敵対する気はないが、私の立場は女性の集落側(・・・・・・)寄りだ。

 女性たちと男性たちが対立している構図がある以上、私は女性側に属する。


 つまり、敵陣に単身乗り込むような真似ができるか、という話である。

 しかも向こうは戦士だ。もし何かあったら腕っぷしでは絶対に敵わないし、万が一にも逃げられるとも思えない。


 さっきの黒鳥(カッ・コハ)族の女性に倒されたのとはわけが違う。

 もし行った先で会うジータが私に何かやるとすれば、痛めつけるか殺しに掛かるかの、どちらかだろう。


「話をするだけだ」


「それを信じろと?」


「戦士は約束を守る」


「ははっ。そもそもそのジータという者が、アーレ嬢が族長になることを認めなかったからこじれたのだろう? どこが約束を守るのだ?」


「ぬ……」


「あまり笑わせないでくれよ。用があるならそっちが来いと伝えたまえ」


 と、そんな捨て台詞を残し、私は歩き去るのだった。


 私だって向こう(・・・)の話が聞きたいことは認める。

 だが、アウェーでは会わんよ。絶対にな。













「――おーいカラカロ!」


 去ろうとした、その時だった。


「何やってんだ遅っせえな! 待ちくたびれて来ちまったよ!」


 えっ。


 来たの?


 見れば、大狩猟の時にカラカロの前に立っていた、左の太腿に鱗を持つあの男の戦士が、堂々と歩いてやってくる姿があった。


「お、いるじゃねえか。おまえレインっていうんだろ? 俺はジータだ。少し話しようぜ」


 ……ああ、うん。


 どうやら彼と話をしないといけないようだ。

 まあ、敵陣で会わなかっただけ、まだマシか。





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