229.新婚旅行 四日目 その頃の嫁
「――お、いつもすまんな」
今日、明日は外出なしと聞いたアーレとタタララは、もはや自分たちの溜まり場と化した呑み部屋へとやってきた。
「お早いお帰りで」
と、そこには使用人ササンがいて、昨日空けた酒瓶を片付けているところだった。
毎日のように、たった二人で呑んだとは思えないほどの量の瓶を片付けるのは、なかなかの手間である。
が、これも仕事とササンは割り切っている。
――その辺のことも加味して、気を利かせたレインから多めのチップを貰っているので、まだまだ気持ちよく働ける。
雇い主たるカリアに報告すると、「貰っておきなさい」と許可が出たので、思わぬボーナスだった。ぜひ子供の学費の足しにしたい。
それと、個人的な理由から、彼女たちに対する感情は決して悪くない。
仕える者として、多少の無理はしてもいいと思えるくらいに。
「これからまたお酒を?」
「いや、午前中は呑むなと言われた。呑むなら昼飯の後からだな」
さもありなん。
元王族と言われて身構えていたレインの存在は、思いのほか常識と良識がある人だった。
そんな人なら、午前中どころかまだ朝の内から酒を……なんて許さないだろう。
それでも早すぎるとは思うが。
「例のアレは用意してくれたか?」
「はい、そちらに」
ササンが手のひらで指すそこは、絨毯に座ったまま使えるローテーブル。
その上には、幾つかの石が並べられている。
「ありがとう。いらん手間を掛けさせたな」
「仕事ですから。……それより、本当にご自分で?」
「道具類が揃っていないから難しそうだが、まあ小さいものだから鑢があればなんとかなるだろう」
これくらいはできないと狩猟道具も作れないしな、とアーレは笑う。優秀な戦士ほど道具作りが上手いのだ。
「……」
ササンは、そんな笑うアーレの首に掛けられている青い指輪に目が吸い込まれた。
レイン王子の瞳と同じ色の指輪。
白い肌と白い鱗に唯一ある青は、とても目立つ。
若干違って見えるのは、聖浄石だからだろう。あれは体温程度の熱でもほのかに色が変わるから。
まさにフロンサード流の夫婦の証、結婚指輪である。
「アーレ、こっちに来い。おまえの瞳と見比べる」
「わかった。そうだ、ササンも見てくれ。どれが我の瞳の色に一番近い?」
ローテーブルに並んでいるのは、鳶色から黄色系統の聖浄石の原石だ。
今はまだ原石だが、最後に祝福を与えることで不思議な宝石になる。
「わかりました。個人的には右の石の方が近いかと」
色々と常識がないし手間も掛かるし世話も焼けるが、ササンは彼女たちが嫌いじゃない。
――旦那に指輪を送りたいから協力してほしい、と言われた時から。
向こうの住人であり蛮族だなんだと少々警戒していたが、人を想う心はこちらの男女のそれとまるで変わらない。
そう思った時から、警戒もしなくなった。
「――ここで潜伏させた歩兵を出す」
「――あら残念。こちらの騎馬兵出撃は誤情報から、潜伏がバレただけね」
「――えっ……」
「――虎の子の潜伏だったのにねぇ。タイミングさえ良ければ敵将さえ取れたのにねぇ。怖いわよねぇ情報って。それが正しいかどうかを判断しないとすぐ騙されちゃうから」
雨が降り出した。
だがそんなことはきにしないで、カリアとナナカナは図書室にあるテーブルに着き、古いボードゲームで遊んでいた。
カリアが穏やかな笑みを浮かべている反面、ナナカナが怯えた顔でガタガタ震えているのは、何度やっても一度も勝てないからである。
知恵比べで負けたことがないのが密かな自慢だったのに、今は知恵を使ったゲームで負け続けている。
ルールがわかるまでは、負けるのは仕方ないと思っていた。
だが、ルールを把握してからも負け続けている。
歩兵だとか騎馬兵だとかいう駒を取り合う遊びだが――カリアがぽつりと「これが実際の人だと考えたらどう思う?」と言った辺りから、この遊びが遊びじゃないことに気づいた。
そして――今噛み締めている。
この盤面の上で、自分のせいで幾人もの人が殺されている、と。
「……俺よりはすでに強いんだよなぁ」
カリアの横で、本を読んだり紅茶を飲んだりしつつのんびり見ているジャクロンは、いろんな意味で驚いていた。
婚約者カリアがこのゲームに強いことを知らなかったし、ナナカナがすぐにゲームを把握したことにも驚き、またすでに駒の動かし方が玄人じみてきていることにも驚いた。
囮だの捨て駒だの一点突破だの伏兵だの、自然と使い出している辺り、ものすごい学習力と応用力だ。
やるまでもなくわかる。
ナナカナはすでに自分より強い、と。
そしてカリアは、父フィリックと同じくらい強い、と。
「どう? これ、面白い?」
「怖い」
「そう」
そう思えるなら、猶の事軍師向きである。
面白い逸材だ、とカリアは思った。
「お嬢様。昼食の準備ができました」
そんな時、ササンがやってきた。
「わかったわ。アーレさんたちは?」
「集中しているからいらない、と。今は放っておいてほしいとのことです」
「あ、始めたのね」
アーレが要望した「指輪用の原石の取り寄せ」は、カリアが許可し、手配したことである。
カリア自身は、原石の加工方法など知らない。
だから何が必要かもわからなかった。それこそ専門的な器具が必要になるなら、すぐには手に入らないかもしれない。
だが、アーレの要望は「鑢さえあればいい」だった。
言われた通り、そのまま用意したが……どうやら本当にそれでどうにかしようとしているらしい。
現場がどうなっているかはわからないが、他人事ながら出来上がりが楽しみである。
「指輪、作り出したの?」
「そのようです」
「そう」
頷くナナカナを見て、カリアはピンと来た。
「あなたの入れ知恵?」
「入れ知恵っていうか。街を見て歩いている時に、お互いの瞳の色の指輪を着けてる夫婦がいて、ふと思いついただけだよ。
族長、あの指輪気に入ってるから。きっとレインにも自分の色の指輪を持っててほしいって思うだろうなって」
「ふうん」
本当に面白い子だ、とカリアは思った。
だからこそ、この子には色々と見せたいと思ってしまった。
この子なら、この旅行で積んだいろんな経験を、この先にたくさん活かせるだろうから、と。
――要は、ナナカナの才を気に入ったのだ。
「ねえ、提案があるんだけど。一先ずこの場のメンバーだけで話していい?」
こうして、レインの知らないところで、レインを中心にした計画が始まった。




