115.予定通りの出発
早朝。
まだ戦士も女性たちも活動するには早く、彼方の空が少し明るくなっている。
そんな暗い中、しかも生憎の曇り空で今にも雨が降り出しそうだが、予定通りの出発となる。
「――ハク、レア。お父さん行ってくるからな」
家の前で見送りしてくれている者たちを振り返る。
カラカロの実母であるカィニと義母のミミトが、それぞれ双子を抱いている。
彼女たちは、カラカロが不在の間は、私とケイラの代わりにこの家に住むことになっている。
食料を得て帰ってくる稼ぎ頭がいなくなるので、アーレが面倒を見るのだ。その代わりに家事をして過ごす、という感じになる。
それはさておき。
白蛇族の赤子は未熟児ほどの大きさで産まれ、すぐに大きくなるそうだ。
私の子であるハクとレアは、産まれてまだ間もないのに、もうフロンサードの普通の赤子くらいの大きさになっている。
そして、目が開き、髪も生えてきた。
男の子であるハクは、アーレの特徴を強く継いだ朱色が混ざった白髪と金色の瞳。
女の子であるレアは、私の特徴を強く継いだ淡い金色の髪と青い瞳。
日に日に愛しさが増していく我が子たちと、しばしのお別れとなる。
帰ってきた頃には、きっともっと大きく…………
まあ、言っても最長一ヵ月だしな。
しばしの別れと言っても、あんまり大したことないか。ちょっと深刻な気持ちになれるのは年単位からだろう。
……気持ちの上では一年ほど離れるくらい、別れがたいが。
二人とも眠そうなので、敢えて抱くことはしない。
下手に触れると起こしてしまいそうだ。
「二人とも、子供の面倒を頼む」
赤子から視線を上げ、カラカロの母たちにしっかり頼んでおく。
彼女たちは頷く。
母としても女性の仕事としてもベテランの彼女たちだから、余計なことかもしれないが。
私よりよっぽど家事も育児も上手いはずだしな。
顔を横に向ける。
「ナナカナ、アーレのことを頼む」
「うん」
ナナカナはしっかりしているから、特に言うことはない。
「あと小麦のことも頼む」
「うん」
ただ、種を蒔いたばかりの小麦畑が心残りである。
どんなものか説明して世話を頼んだが、ナナカナだって見たことがない穀物を任されても困るだろう。
でも、こればっかりは頼るしかない。
まあ、それでも不在は一ヵ月くらいだから、大した問題らしい問題も起こらないとは思うが。
「何か土産でも拾ってくるから」
「いらないよ。代わりに無事に帰ってきてよ」
クールなナナカナなので表情こそ変わらないが、いつかのように抱き着いてきた。
この子の場合、見た目と胸中は比例していないのだろう。
「……うん。気を付けるよ」
タタララとカラカロがいるから滅多なことは起きないと思うが、油断はしないでおこう。
「――アーレ」
そして、最後に嫁の名を呼んだ。
「なんだ。行くのやめるか?」
憮然としているアーレに、私は首を横に振る。
「いや。行くよ。私はあなたの代わりでもあるからな」
「じゃあ早く行って早く帰ってこい。早く帰ってこないと我が迎えに行くからな」
「向こうの都合もあるから約束はできないけど、できるだけ早く帰れるよう努力する」
「約束だぞ。それと浮気したら殺す」
「それは私の台詞でもあるからな。浮気しないでくれよ、アーレ」
「おまえ以外の男などいらん」
「私もあなた以外の女はいらない」
色気があるのかないのかわからない会話を嫁と交わし、まだ腰に腕を回しているナナカナの肩をポンと叩くと、彼女が離れた。
――さてと。
「サジ」
跪いて呼ぶと、ささっと駆け寄ってきた。
「可愛いな! 君は可愛いな!」
激しく抱き締めて撫でまわしておく。
これからしばらく会えなくなるので、それはもう激しくサジライト成分を撫で貯めておく。
「ああ可愛い! 子供たちのことを頼む!」
この毛皮の手触り! 温かさ! 可愛い! 私がずっと飼いたかったペット! 別れたくない! 別れたくない! 許されるものならこのまま連れて行きたい!
「――なんか私たちの時と反応違わない?」
「――だから生き物など飼うのは反対だったんだ」
アーレに蹴られるまでサジライトを抱擁し、とんでもなく冷めた目をしたナナカナに見送られ、ついでにカラカロの母たちに苦笑いされ、私は集落の出入り口へと向かうのだった。
鉄蜘蛛族の集落へ行くメンバーは、七人だ。
私とケイラと、集落の女性であるロコとジラ。
そして戦士であるタタララ、カラカロ、シキララ。
「すまない。遅くなった」
待ち合わせしていた出入り口には、もう六人集まっていた。荷物を積んだ馬もいる。
ちなみにケイラは先に行って待っていた。
私が家族と別れを惜しむだろうと、気を遣ってくれたのだ。
「行けるか?」
カラカロに問われ頷く。
旅装である外套も借りてきたので、傍目には私も白蛇族の一員に見えるだろう。
ちなみに私がまとう外套の持ち主は、あのジータである。彼と私は体格が似ているから貸してもらった。
「では行こう」
女性二人が馬に乗り、ケイラはカラカロが背負う。
そして私も馬に……私の乗る馬がいない。
代わりとばかりになぜか邪悪なヤギがいて、じっとこちらを見ている。
「……また乗せてくれる?」
ヤギは言葉がわかるのか、私が乗りやすいように膝を折った。
空を飛ぶ蜥蜴を狩りに行った時と同じように、彼が私を乗せてくれるようだ。
――まあいい。今ここでごねても仕方ない。
「行こう」
私たちは移動を開始した。




