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どこにも影はあるものです

 道中幾つかの街を経由して進むこと十日間、私達を乗せた馬車は王都の街並みを進んでいた。

 いやぁ長かった。ノゲイラが辺境だとは聞いていたし、地図で大まかな距離や位置は知っていたけど、ここまで遠いとは思わなかったわ。

 しかもノゲイラ領を出た途端、道が荒れ始めて進みが遅くなったし。やっぱり整備って大事。


 うちも大通りを優先していて全て整備し終えたわけではないが、しているのとしていないのとでは雲泥の差がある。

 他所様の土地についてあれこれ言えないのはわかっているけどさぁ。是非他領の皆様にも取り掛かっていただきたいもんだ。



 道が荒れていれば馬車は揺れ、人や荷物にも影響を及ぼしてしまう。

 クラヴィスさんの魔法で道が荒れてもあまり揺れを感じなかったが、他の馬車は結構大変だったらしい。

 街で休憩する度、一人か二人は酔いに負けて倒れてしまっていた。


 ディーアが前もって酔い止めや酔い治しのポーションを用意していてくれて助かったよ。

 それが無ければきっと王都に着くのが二、三日は遅れていただろう。ホントに優秀で助かる。

 丁度馬車の横を馬で並走しているディーアと目が合い軽く手を振っていたら、頭の上にアースさんが圧し掛かってきた。



「で、件の領館とやらはどこにあるんじゃ?」


「まだ少し先だ」


「重いんですけどー」


「ずっと浮いとるんじゃからたまには良いじゃろー」



 浮くのにも魔力を使うらしいが、そんなの子供な私には関係の無い事である。乗るならクラヴィスさんにしてよー。

 王都に居る間は領館と呼ばれる各領が王都周辺に設けている屋敷に滞在するらしく、まずはそちらに向かうそうだ。

 クラヴィスさんの膝の上でアースさんと騒いでいたら、頭を柔らかく紙で突かれた。



「なんです?」


「軽く説明しておこうと思ってな」



 流石に怒られるのかと思ったけど、この程度なら寛大なパパンは気にしないらしい。

 指差された方向を見れば大通りの先には城壁があり、その奥に大きな城が聳え立っている。

 城壁があって全体が見えるわけではないけれど、やはり王城なだけあって規模も豪華さも違うんだろう。

 肩に移動したアースさんと二人、見慣れたゲーリグ城とはまた違う城の姿をまじまじと見上げていると、そっと背中を支えられた。上向きすぎて倒れちゃうほど子供じゃないです。



「王都は北にある王城を中心にアルゼン城壁、その次に城下町でありこの国の首都カディア、その周囲をフォルテ城壁が囲む城郭都市だ。

 ……建国については教わっているか?」


「ルーエに教えてもらいましたよー。シェンナード王国でしたっけ」



 領地開発のために各分野の専門知識を学ぶことの方が多い私は、一般知識や歴史には所々穴がある。

 二年も過ごせば随分マシになったけどねぇ……常識から全部違うから、穴が多すぎてねぇ……。

 幸い建国については絵本でも読んだことがあるので、現シェンゼ王国の土台である国名を挙げれば、安心したように頷かれた。



「ワシが以前来た時より前に廃れていた国じゃったか」


「アースさんが前に来たのは五百年前だったっけ?

 だったらその更に五百年前の国だね」



 長い時の中で数多の世界を渡り続けるアースさんからすれば、五百年前も千年前もついこの間のことなのだろうか。

 まるで数か月前にでも立ち寄ったかのような軽さで呟かれ、かけ離れた感覚の違いに苦笑いが零れた。



 今から千年ほど前、小国のシェンナード王国は当時大陸統一を目指した帝国によって侵略を受けた。

 隣国の内通もあり、ある日突然現れた大軍によって王都はすぐさま陥落。王族に連なる者はほとんど殺され、絶世の美女と謳われた王女は帝国に連れ去られる。

 王女の婚約者は彼女を救うため、帝国の圧政に苦しむ民を救うために立ち上がり、異世界から現れた青年と共に帝国を排し、新たな国王として新たな国、シェンゼ王国を建国したという。


 子供向けの絵本だと帝国の虐殺などはぼかされていたが、ルーエに教わった内容通りなら随分と過酷な歴史である。

 そんな時代に現れた異世界の人間が私じゃなくて良かったなぁとしみじみ思う。野垂れ死にする自信しかないよ。



「再び王都が攻め入られても、今度は守れるようにフォルテ城壁ができたってわけねー」


「その通り。シェンゼ王国として新たに建国して以来、一度も使われたことは無いがな」



 小国だったのもあってか、元々守るための設備はアルゼン城壁ぐらいしかなかったらしく、当時の城下町は戦場と化して壊滅に陥ったそうだ。

 今では大国となったシェンゼ王国に戦争を吹っ掛ける国なんて早々無いが、まれに魔物が攻め込んでくることもある。

 そのため王都の外周を守るフォルテ城壁は数年に一度改修工事が行われていて、常に最上の守りを保っている。

 その件で去年は税金多かったからねぇ。工事費用は税から出るもんだからその辺りはよぉく覚えてますよ、えぇ。



「大まかにだが、北は王城と貴族達が暮らす屋敷の他に貴族向けの店や学院などの国立の施設が集まっている。

 東と西にはそれぞれ大規模な市場が、南は主に民が暮らす居住区だ。

 ディーア達が付いていれば問題無いと思うが、西の端には貧困街があるからあまり近付かない方が良い。君のような子供は特に狙われる」


「……ここにもそういう場所はあるんですね」


「陛下も殿下も様々な施策を講じておられるが、貴族全員が民を思っているわけではないのさ」



 働く場所も住む場所も無くした人達の多くが流れ着く場所は、ノゲイラでも存在していた。

 規模が小さかったため支援制度や仕事の斡旋などしてどうにか解消したけれど、それはノゲイラの人口が多くなかったからだ。


 前領主のせいで減少し続けていた人口に対して、住む場所も仕事も溢れ余るほどあった。

 だけど王都のような大都市ともなれば一体どれだけの人が流れ着いていることか。

 その上クラヴィスさんの発言から察するに、貴族達の思惑も介入しているんだろう。どうせあくどい商売とかそういうのでしょ。腹立たしい。



 一瞬、ノゲイラに連れて行ってしまうことも考えたけれど、実現するには色々と問題がある。

 住む場所はある。仕事だって今山ほど興しているところだ。今後人手が必要になる。

 けれどそれをノゲイラの民が受け入れるかは別だし、何が紛れ込むかもわからない。何より他の貴族達が黙っていない。


 結局のところ、一領主やその娘が首を突っ込めるような問題ではないというわけだ。

 そもそも領主の娘であれやこれややってる人は少ないしなぁ。うちは特殊過ぎるんだよ。



「トウカ! あそこで菓子を食っておるぞ!」


「良く見えたね……王都だからそういった店も沢山あるんじゃない?」


「王都にはどのような菓子があるかのぉ」


「菓子の類はノゲイラが最先端だそうだが」


「なんじゃつまらん」



 動き続ける景色に一瞬しか見えなかったけれど、綺麗に着飾った女性達がテラス席でお茶会を楽しんでいたようだ。

 あの華やかさはどれほど影を深めているのやら。

 何とも言えない気持ちで窓の外を眺めていたら、大きな手が優しく頭を撫でた。何で気付くかなぁ。



「君を領館に送り届けた後、私は王城に行かねばならん。

 なるべく早く戻るが……結界の点検ができていない。私が許可を出すまで領館から出ないように」


「んー、じゃあ領館の探索でもしよっかなー。何か仕掛けとかお宝とかある?」


「大した屋敷ではないからあまり期待しない方が良い。あってもきっと埃まみれだろうよ」


「何よりも先に掃除からだわ」



 申し訳なさそうに言われわざとらしく明るく応えたものの、埃まみれと聞いて顔が固まる。

 考えてみれば一年に数回しか使わない挙句、滞在しても一週間とかだもんね。

 人員も最低限だから十人程度で済ませてたし、使わない部屋の方が多かったことだろう。そりゃ埃も溜まるわ。

 王都にある公爵の屋敷が埃まみれってどうなの、と頭を抱えていたら黙って控えていたシドが口を開いた。



「月に数回手入れをしていますし、先に向かった者に軽く掃除をするよう指示を出しています。

 そこまで酷い状態ではないと思いますよ」


「でも掃除は必要なのね?」


「……まぁ、細かい所は手が行き届いていないかと」



 ジトーっと横目で見ながら軽く追及すれば、そっと茶色の目が逸らされる。こりゃダメだわ。

 屋敷の規模がどれくらいなのかにもよるが、果たして今夜は心穏やかに寝られるだろうか。覚悟決めとこ。



「しばらく過ごすんだし、隅から隅まで徹底的に掃除してやりますよ。

 だからパパも早く帰ってきて手伝ってね!」


「努力はしよう」



 努力はするけど用事次第では時間が掛かるってことですね。なるほど期待できない。

 クラヴィスさんが行くならシドも行くだろうし、下手したらスライト達も護衛で数人いなくなるのではなかろうか。

 こういう時男手が欲しくなるに決まっているのにね……仕事だから仕方ないんだけどさぁ。


 兎にも角にも、到着したらすぐさま人数分の寝床の確保と厨房やトイレ、お風呂といった生活に必要な設備の確認だ。

 シーツとか洗濯祭りだろうなぁ。家庭魔道具一式持ってきてて良かったぁ。乾燥は魔法を使える人にどうにかしてもらえば何とかなるでしょ。

 それから領館に着くまでの間、私は少しでも埃が少ない事を祈り続けた。

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