エピローグ 月影に咲く花は
「――おお、ここにおったか」
朝日が射し込むゲーリグ城。
いつものように庭園へと向かっていると、アースさんが私に軽く手を振りながら、ふよふよと飛んできた。
「どしたのアースさん」
「クラヴィスの小間使いじゃよ。お主を呼んでこいと言われてなぁ。なにやら頼んでいたものが届いたとかなんとか」
「あ、もう届いたんだ」
クラヴィスさんへの届け物で、私が呼ばれるのなんて思い当たるのは一つだけだ。
やれやれといった様子でいつも通り私の肩に収まるアースさんを受け入れつつ、そりゃあ行かなきゃだなぁと思いつつ、ちらりと後ろを振り返る。
距離的に執務室の方が近いし、ディーアが持ってくれてる荷物もそんなに重さはないはず。
確認のためにとディーアへ視線を向ければ、すぐに小さく頷いてくれて、私も頷き返してからルーエへと声を掛けた。
「先に執務室に寄っても良いかな?」
「はい、もちろんです――奥様」
みんなを代表したルーエから、わざとらしく、意識して告げられた呼び方に思わず苦笑いが出る。
きっと慣れさせるためなんだろうけど、やっぱりその呼び方は慣れないなぁと頬を掻いた。
――あの時代からクラヴィスさんの元へと戻ってきて半年。
私は正式にクラヴィスさんと婚約した。
私が望んだ事だけど、世間的にはまだ十歳の子供で、しかも養子だった私とクラヴィスさんが本当に結婚できるのかと疑問に思ったりもしたけれど、ここは異世界だ。
日本の法律だと養子との結婚はできないけれど、この世界だとそんな法律ないんだってさ。そりゃあ世界が違えば法律も違うよねぇ。
年齢についても、貴族が年の差のある婚姻をするのはそこまで珍しくないし、私の体は十七歳頃まで成長している状態だ。
そのため『呪いによって子供の姿に変えられていたが、ようやく呪いが解けて元の姿に戻った』ということにして、急激に成長したことを公表。
今の姿で公の場にも何度か出たのもあってか、年の差に関しては多少噂になる程度で問題とまではならずに済んでいる。
しかしクラヴィスさんの妻の座を狙っていた貴族達からすれば、婚約なんて寝耳に水な話だったんだろう。
クラヴィスさんが私との婚約を王家に承認してもらうべく届け出たところ、一部の貴族達から抗議の声が上がったそうだ。
確か主な言い分は「親子が婚姻するなんておかしい」だったっけ。
私は留守にしていた間の諸々で手が回らなくて、全部クラヴィスさん達に任せっきりだったから詳しく知らないけれど、相当な数が色んな言い分で騒いでいたらしい。
まぁ、騒ぎたくなるのも仕方ないよねぇ。
なんてったって今では王都よりも発展しているといっても過言じゃないノゲイラだもの。
領主の妻の座なんて、貴族からすれば喉から手が出るほど欲しいはず。
何だったら私の夫という、次期領主になれるかもしれない地位もあったのに、それが全部潰えちゃうわけだからね。
そりゃあ親子だとか年の差だとか関係なく、成立させたくないと思う人の方が多いだろう。
――そういった声を黙らせるために、私はシドとルーエの養子になったのである。いやぁ、あれは急展開だったよなぁ……。
もうね、王家に抗議文が来てると知って、すぐにシドが「ではお嬢様を私とルーエの養子にしましょう」って言い出したからね。
クラヴィスさんもびっくりするほど秒だった。カイル達なんてしばらく固まってたし。
確かに法律上問題ないのに親子であることに文句を言われるのなら、一旦親子でなくなれば誰も文句は言えないだろう。
だけどそんな大事な判断を一人で決めるなという話で。
せめてルーエと相談してから提案してくれ、とか思ってたら、ルーエが何て言ったと思う?
『元々、この時に備えての婚姻でもありましたから』だって。流石に耳を疑ったよね。
どうやらシドとルーエは私達が結婚する未来を予想できていたらしい。
そしてその時がきた際、できるかぎり他人を介入させないように、その上でそれぞれの実家も後ろ盾にできるようにと準備してくれていたとか。
思い返せば二人の結婚って急に決まったよね。もしかしなくとも私達が理由なんだろうなぁ。それで結婚しちゃって良いのかい。
そんなわけでシドとルーエによって爆速で養子手続きが進み、正式に受理された後、グラキエース陛下も私達の婚姻を公認したと大々的に発表してくれたそうだ。
王家が公認した婚姻に意を示すのは、王に反意を示すのと同意になる。
そんな状況で、唯一の糸口だった親子関係すら潰されては、誰も反対できなくなったんだろう。
結果、私は色んな人の助力を経て、無事クラヴィスさんの婚約者の座に収まったわけである。いやぁ、ほんと急展開だったなぁ。
城のみんなからしても、突然行方不明になった領主の娘が、突然帰ってきたと思ったら成長してるわ、領主と結婚することになるわで困らせちゃったしなぁ。
幸いすぐに成長した私を受け入れてはくれたし、結婚するのも大賛成って感じだったけど、呼び方に関してはまた別問題が出ちゃったし。
なんてったって今の私は『シド夫妻の養子、トウカ・エルフォン』なわけだから、お嬢様と呼ぶのは少々おかしい。
かといってよそよそしく『エルフォン令嬢』なんて呼ぶのも、何年も一緒に過ごしてきたみんなからしたら変な話で。
最終的に「そのうち結婚するんだし、もう奥様で良いのでは?」となったのも自明の理というやつだろう。
だがしかし、今までずーっとお嬢様って呼ばれてた私が、奥様呼びにすぐ慣れるわけがなくってですね。
奥様って呼ばれてもすぐに自分だと理解できない時がちらほらあるんだよね。気を抜いてると数秒間が開いちゃったりさ。
ルーエは早く慣れてほしいんだろうけど、もうしばらく無理だと思います。頑張るけどさぁ。
ここ半年で起きた怒涛の変化達を軽く思い返していれば、時間なんてあっという間に経ってしまうなんだろう。
気付けばクラヴィスさんの執務室に着いていて、フレンがさっとドアをノックする。
私が来たことを中に告げ、すぐに返ってきた入室の許可と共に開いたドアを潜れば、クラヴィスさんとシドがいつものように書類に囲まれていた。
「来ましたよー無事に届いたそうで」
「あぁ、仕事が早くて助かる」
いつも通り仕事の最中だったんだろう。
とはいえ急ぎの内容ではないみたいで、私が部屋に入ったのに合わせるように、何かを持って席を立つクラヴィスさん。
その手元に視線を向ければ、黒い布地のリングケースが収まっていて。
「おいで、トウカ」
柔く微笑むクラヴィスさんが、優しい言葉で私を招く。
その声に従って、私はいつも通りクラヴィスさんの傍へと近付いた。
「手を」
「はぁい」
私が近付くまでの数秒で、クラヴィスさんはリングケースを開けて中にあったものを取り出したようだ。
差し出された手に促されるまま、右手をゆっくりクラヴィスさんの手に重ねれば、確かめるように薬指を撫でられて。
そのまま優しい手付きで、ダイヤモンドに似た宝石を用いた指輪が薬指へと嵌められた。
「……今度はぶかぶかじゃないや」
右手の薬指にピッタリ嵌った指輪に自然と頬が緩む。
あの時もらったあの指輪はぶかぶかで、こんな風に付けていられなかったからなぁ。
なんとなく、今は右手の人差し指に収まっている指輪を見つめてから、真新しい指輪へと視線を向ける。
聞けばこの世界でも右手の薬指には意味があるそうだ。
意味としては恋心を示し、主に婚約指輪を付けるらしい。
今その場所に、世界に一つだけの指輪が嵌っていて。
ノゲイラで育んだ技術の粋を集めた輝きに、私はただ目を細めた。
「……次はここだな」
右手から温もりが離れたかと思うと、今度は左手が温もりに包まれる。
私とは違う、硬いけど優しい手が何も付いていない左手の薬指を撫でたクラヴィスさんはポツリと呟く。
「そうですねぇ」
左手の薬指は愛情を示し、主に結婚指輪を付ける場所。
クラヴィスさんの言う通り、次の指輪はここに収まるものだろう。
私達の新しい約束の証として、クラヴィスさんの左手にも同じ指輪が収まるだろう。
自然と繋がった手を緩く握り、私はクラヴィスさんへと寄り添った。
「また一緒にデザイン考えましょうね」
「あぁ」
クラヴィスさんとお揃いにするわけだし、普段使いしやすいように結婚指輪はシンプル目なのが良いかなぁ。
なんてちょっと先の未来を考えて、また緩んだ顔のままクラヴィスさんと小さく笑い合う。
義親子から婚約者に、そして夫婦になる私達だけど、きっと大きな変化はないんだろう。
だってこの人はずっと私を大切にしてくれていて、それはこれからも変わらなくて、私も同じだったから。
きっとこうして繋いだ手も、ずっと、ずっと離さないでくれるだろう。離さないでいられるだろう。
そんな未来が愛しくて、幸せで――
「大好きですよ、クラヴィスさん」
――私はあなたの手を握りしめ、溢れた想いを囁いた。
これにて完結となります。
また、この度TOブックス様より書籍化させていただくことになりました。
詳細は公式サイト、もしくは活動報告をご確認ください。
最後までお読みいただき本当にありがとうございました!




