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あなたの傍に

 精一杯願った声は、どこかへ届いただろうか。

 答えは返ってくることなんてないんだろうけれど、思いの丈を叫んだからだろう。

 ちょっぴり溢れてしまった涙が落ち着いた頃、アースさんが静かに動き出す。


 過去へ渡った時と同じように、アースさんは煌めく川へと飛び込む。

 緩やかに流れる川はとても暖かく、抵抗もないんだろう。

 すいすいと流れに乗って先へと進んでいったアースさんがふいに止まり、咆哮を上げる。

 開いた穴へ大きなアースさんごと飛び込めば、青白い光に包まれて――妙な浮遊感に声が漏れた。



「は?」


「あ、すまん」



 ぱちぱちと瞬きをすれば晴れ渡った真っ青な空が視界一杯に広がっており、首を動かせば美しい街並みと懐かしきゲーリグ城が見える。

 これはまた随分と高いところに出たもんだと思ったら、私の体は落下を始めていて。

 そのまま城へと真っ直ぐ落ちて行くものだから、私は大きく息を吸い込んだ。



「アースさんのバカぁあああ!!」



 落とすなって言ってるでしょうが!! なんで落とすの!! ねぇ!?

 轟々と風が鳴り響いていて音なんてまともに聞こえないけれど、私の怒りはしっかりアースさんに届いていたようだ。

 上を見れば大きなアースさんがこつんと自分の頭に軽い拳骨を落としていた。おいテヘペロってか。



「すまんすまん、随分とズレが生じてしまっておったようじゃ」



 肩に乗っていた小さなアースさんがそんなことを言ってくるが、それって落とした理由になるんでしょうか。

 世界の狭間で修正がどうの言っていたから、多分ズレとやらもそれ関係なんだと思うけど、落とした理由にはなりませんよね。ねぇ?



 どうやら大きなアースさんは拾いに来てくれないらしい。

 どんどん離れていく東洋龍は緩く手を振り、空を悠々と泳いでいく。


 色々と文句を言いたいのだが、風の抵抗が凄すぎてまともに声が出せない。

 だから目線で抗議していれば、着地の心配をしていると思われたらしい。

 アースさんはぐっと親指を立ててにっこり微笑んだ。



「ちゃんと着地するから大丈夫じゃよー」



 大丈夫じゃないから怒ってるんですけども?

 普段から空を飛んでるから私の恐怖なんてわからないんだろうね。

 帰ったらお菓子パーティーをしてあげようと思ってたけど、あれは撤回だ。

 用意してくれてもアースさんの分のお菓子なんて全部食べてやる……!


 なんて腹を立てている間にも時間は刻一刻と進んでいて、段々近付いている城を見て、慌ててアースさんへしがみつく。

 そりゃあ二回目ですから? アースさんが一緒なら大丈夫だとわかってるけどね? 何回経験しても怖いものは怖いんですぅ!

 そう精一杯の八つ当たりも兼ねてアースさんを力一杯掴んでいたら、アースさんが何かを見つけたようだ。

 するりと私の手から抜けたかと思えば、ふわりと私から離れて行った。はぁ!?



「っ!? ぁ!?」


「お主にも迎えが来たようじゃからのぉ。今回は任せてやった方が良いじゃろ」



 一応近くにいるけれど、微妙に手の届かない距離を保ち、私と一緒に落ちていくアースさん。

 何してんだこの龍は!? この状況で離れないでくださいよ!!

 そう半ばパニック状態で必死にアースさんへ手を伸ばしていたら、誰かが私の手を取った。


 落下は続いているけれど、良く馴染む大きな手にぐっと引き寄せられる。

 一度手が離されたと思えば、すぐに逞しい腕が背中と脚を抱え込み、強く、離さないように抱き締められて。

 私を包む温もりがなんだかとても懐かしく感じてしまって、治まっていたはずの涙が一つ、空へと昇っていった。



「――君達は本当に、いつも突然現れる」



 ふわりと浮遊感がした瞬間、先ほどまでの速度は消え、私達の体は緩やかに空を落ちていく。

 きっと魔法を使ってくれたんだろう。ここまで駆け付けてくれたんだろう。

 一か所だけ短い黒髪をなびかせて、呆れた様子でそう呟くその声に、私は手を伸ばした。



「っ、クラヴィスさん……!」



 触れた頬は暖かく、向けられる眼差しは私を確かに見つめている。

 あの時とは違ってクラヴィスさんに触れられて、クラヴィスさんが見てくれている。

 そう認識した途端、言い表せない喜びが溢れた。



「もう大丈夫なんですね? もう苦しくないですよね……!?」


「……あぁ、君のおかげだ」



 泣きそうな声で確かめる私に、クラヴィスさんは静かに微笑む。

 そして頬に触れる手に寄り添うように頷いてくれて、その感触がまた嬉しくて。

 ただ、深く息を吐いて良かったと呟いた。



「他のみんなはどうですか? 何か異変が残っていたりとか……」


「大丈夫、全員無事だ。何人かは数日意識が混濁していたが、今はもう落ち着いている」


「そっかぁ……数日?」



 みんなが無事だと聞いてホッとしたのもつかの間、数日という単語に引っ掛かる。

 あれ、前にアースさんが好きな時間に行けるって言ってたから、旅立った時間と同じ時間に帰れるって思ってたんだけど……あれぇ?

 ちらりとアースさんを見れば、同じことを思ったらしい。

 きょとんとした表情でこちらを見ている東洋龍に、嫌な予感がして顔が引き攣った。



「……あの、私達が過去に行ってから何日経ってます?」


「三か月と七日だな」


「さ、三か月!?」



 恐る恐る聞けば、いつもの淡々とした声色で三か月と答えられる。うんうん、この感じなんだか懐かしいねぇ。じゃなく。

 三か月って、三か月!? どこからどう数えても三か月ですか!? うそん!?

 そういえばさっきズレがどうの言ってたけど、もしかして出る位置じゃなくて戻る時間もだったのだろうか……めっちゃズレてるじゃん……。


 こればかりはアースさんも想定外だったのか。

 額に手を当てて緩く首を振っていた。



「ズレたとは思ったが、そんなにズレとったか……やはりあれだけ修正が大きいと時を渡るのも難しいんじゃなぁ」



 ……言いたいことがあるにはあるが、アースさんがいなければ時を越えるなんてことはできなかった。

 そのアースさんでも予想外なことなのだから、こればかりは仕方ないと受け入れるしかないだろう。

 うぅ……種蒔きとかどうなってるかな……後で色々確認しないとだなぁ……うわぁ……。


 きっと城に戻れば山のように確認事項が積み上がっていることだろう。

 想像しただけでも恐ろしいが、これも無事にクラヴィスさん達を助けられたからできること。

 頑張るしかないなと腹を括っていたところで、背中に回った腕の力が少し強められた。



「……トウカ」


「はぁい? あ、もしかして何か厄介な問題でもありました?」



 何か言いたそうなクラヴィスさんに呼ばれ、いつものようにコテンと小首を傾げる。

 いくらクラヴィスさんがいるとはいえ、色々と仕事を抱えてた私が突然三か月も不在になってたわけだからなぁ。

 ゲーリグ城のみんなには心配をかけただろうし、これは戻ったら現状把握を兼ねた挨拶周りからですかね。あはは。

 ――なんて考えていたのだが、クラヴィスさんが向ける眼差しに思考が止まった。



「……君は」



 どこか眩し気に細められた黒曜が微かに揺れている。

 私を抱える両腕が強まって、自然と互いの顔が近付く。

 そしてコツン、と額が重なって。



「君は、ここにいるんだな」



 確かめるように、願うように、縋るように。

 そう呟かれた言葉に私はただ笑ってみせた。



「もちろん、ここにいますよ」



 重なった額はそのままに、クラヴィスさんの頬へと両手を添える。

 過去で別れたあの時と同じように、私の温もりが伝わるよう手の平で包み込めば、くすぐったかったらしい。

 ふ、と漏れた吐息に額を離し、改めて視線を合わせる。

 そしてあの時破られかけた約束を口にした。



「もう二度と、手を離さないでくださいね」


「……あぁ、もう二度と離さない」



 一度は私を想って離そうとした手で、今度は私を強く抱き締めるクラヴィスさん。

 きっとクラヴィスさんはもう二度とこの手を離そうとはしないだろう。

 私も、この手を離すことはないだろう。



「トウカ……エディシア――私の花。

 これからはずっと、私の傍で咲いていてくれ」



 時折、私のことを花と呼んでいたのは、私がエディシアだったからか。

 やっとわかったその呼び方の意味に、あの日々を大切にしてくれていたのが伝わってくる。

 だから私も、彼の名前を口にした。



「ね、クラウンさん」



 クラヴィスさんからすれば随分と久しい呼び方に、黒曜が僅かに見開いて、どうしたとばかりに首が傾けられる。

 頬に添えていた手にちょっぴり力を込めれば、私が何をしたいのかわかったのだろう。

 きらりと黒曜が期待に揺れるのに、心臓が高鳴った。



「あの時預かっていたものを、返しても良いですか?」


「……君の、好きなように」



 あの時預かったクラヴィスさんの想い。

 あの時とは違う関係を築いてきた今、それをどう返すかは私に任せてくれるんだろう。

 これからも変わらず親子として傍にいたいのなら、頬や額に返せば良い。

 でも、それ以外を望むのなら、また新しい関係を望むのなら、返す場所なんて一つだけだ。


 私は、クラヴィスさんと一緒にいたい。

 どんな形でも良いけれど、望んで良いのなら――貴方の隣にいたいから。

 だから私は、クラヴィスさんの唇に自分の唇を重ねた。



「……なんか、照れますね」


「……そう、だな」



 小さな音を立てながら離れてすぐ、お互いぽつりと呟く。

 こう、ね。なんというか、恥ずかしいね。えへへ。


 自分からしたというのに、こんなにも恥ずかしいのは、クラヴィスさんの顔があまりにも整っているからだろうか。

 真っ赤になっているだろう顔を隠したくて、クラヴィスさんの首元へと顔を埋める。

 その時、形の良い耳が赤く染まっているのがちらっと見えて。


 クラヴィスさんも赤くなったりするんだなぁ。

 新しい発見にふにゃりと緩む頬をそのままに、クラヴィスさんへと腕を回す。

 そして私は一番言いたかったことを口にした。



「――ただいまです! クラヴィスさん!」


「あぁ、おかえり――私のトウカ」



 こんな風に笑って『おかえり』と『ただいま』を言える。

 それが嬉しくて、幸せで。

 これからもずっと、この幸せを貴方と共に過ごせるように、私は精一杯抱き締めた。

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