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その言葉は手で塞いで

 パチパチ、パチパチと焚火の爆ぜる音に交じり、雪を踏みしめる足音が聞こえる。



「クラヴィスさん……」



 きっとアースさんのように空を駆けて来たのだろう。

 先ほど宿で見た時と同じ格好のまま、息を切らしたクラヴィスさんがそこにいる。


 書き置きを見ているのなら、私達が帰ることはわかっているはずだ。

 わざわざ別れの言葉を言いに来てくれたのか、それとも引き留めに来たのか。

 どちらにせよ、私ができる対応は一つだけで、小さく息を吐いて微笑みを張り付けた。



「勝手に行動してしまってすみません。でも、貴方達はもう大丈夫ですから」



 いつも通りの声色で、感情が表に出ないよう冷静に。

 告げるべき言葉が頭に浮かんでいても、思うように口が動いてくれないのは寒さのせいだと言い聞かせて。

 真っ直ぐこちらを見つめる黒曜に気付かれないように、ほんの少しだけ目を逸らして言葉を紡ぐ。



「ディーアは自分で調合できるようになりましたし、もう教えられることは全部教えてあります。

 いつかこの国一番の調合師になれる才能の持ち主です。心配はいりません」



 流石に未来で作られる薬のことは教えていないけれど、私が持つ知識は全て教えたつもりだ。

 調合はもちろんのこと、薬草の見分けから処理まで、ディーアは一人で何でもこなせるようになっている。

 何といってもいずれはノゲイラの調合師として名を馳せる人物だ。

 私が残って治療しなければならない理由は、もうどこにもない。



「クラヴィスさんも……自分が大丈夫なのは一番わかっているでしょう?」



 ここ数か月、魔力が溢れそうになることは一度もなく、たまに私の魔力が足りなくて分けてもらうぐらいだったろうか。

 何よりアースさんが大丈夫だと言い切るほどだ。

 クラヴィスさんの魔力の器は、もう十分成長しているんだろう。

 魔堕ち寸前まで陥り不安定だった体も、もう安定しているんだろう。

 それをわからないほど、この人は鈍感ではない。



「……迎えが来たと、言いたいのか」


「……えぇ」



 どこか怒りに似た感情が入り混じった声が、私を咎めるように貫く。

 そう感じてしまうのは、何も言わずに姿を消そうとした罪悪感からだろう。

 ツキンと痛む胸に顔が歪みそうになるけれど、私は微笑みを絶やさず頷き返した。



「彼と共に西へ向かってください。

 そして、貴方が在るべき場所に戻ってください」



 第三王子の行方不明にシェンゼ王国の人々は不安を抱いており、捜査が長引けば長引くほどその不安は大きく育っていく。

 その不安は兵士達の戦意の低下にも直結しているだろう。

 戦争が長期化しているのも、それが一因なのだろう。


 そんな中、シドは限られた情報からクラヴィスさんを見つけ出した。

 彼がクラヴィスさんの生存を知った以上、彼の父を通して国王陛下やグラキエース殿下にも報告が行くだろう。

 しばらくは隠せてはいてもいずれ王妃も知るところになって――もしかしたら、今もどこかで動いているだろう彼女の耳にも入るかもしれない。


 クラヴィスさんが動き出せば、世界も大きく動き出す。

 そしてクラヴィスさんが戻らなければ、戦争は終わらない。

 そう知っているからこそ私はこの人を戻さなければならないし、この人もいつかは戻らなければならないとわかっている。

 ただ、その時が急に来てしまっただけなんだ。



 後ろで鳴った水音に視線を向ければ、元の時代に戻る準備ができたのだろう。

 泉から姿を現したアースさんが私に気遣わし気な視線を向ける。

 それに黙って頷き返せば、アースさんはくるりとその場に円を描き、咆哮を上げる。


 丁度人一人分の大きさだろうか。

 来た時と同じ、青白く輝く穴を見て、私はクラヴィスさんへ向き直った。



「お別れです、クラヴィスさん。どうかお元気で」



 今度は文字ではなく、自分の声をもって別れの言葉を告げる。

 お別れ、ちゃんと言えて良かったな。

 なんて思えたのは私だけだったようで、再び背中を向けようとした時、雪が軋んだ。



「…………な」



 雪に消えてしまいそうな小さな声が耳に届く。

 次の瞬間、強く腕を掴まれて。

 瞬き一つした後には、クラヴィスさんに抱き寄せられていた。



「ク、ラヴィスさん……?」



 背中に腕が回り、逃がさないと言わんばかりにきつく抱き締められる。

 少し足が浮いて浮遊感を感じるけれど、それよりも私を捕らえる熱が体を支配していく。



「行く、な……! 行かないでくれ……!」



 ポタリ、と肩のあたりに落ちたのは雪だったのだろうか。それとも違うものだったのだろうか。

 確かめる術はないまま、肩へと顔を押し付けられた。



「傍には、いられないのか」



 ぎゅう、と縋り付いてくるくぐもった声は、脳に直接響いているかのようだ。

 今まで聞いたことがない程に熱が込められた声色に頭がくらくらしてくる。



「私は……私は……!」



 加減を忘れているらしい。

 より一層きつく、息もできないほど抱き締められ、掠れた声が零れ出る。


 言葉の形も取れない音でしかなかったけれど、私の息が浅くなっていたのに気付いてくれたらしい。

 腕の力が弱まり、背中に回っていた手が両肩へと移動する。

 ぐっと握られる両肩は少し痛いけれど、そんな痛みは目の前にある黒曜の瞳に消え去った。



「……私は、君といたい。君に傍にいてほしい」


「……クラヴィス、さん」


「君が傍にいてくれるのなら、私は――!」



 ――その先を告げてしまう前に、手を伸ばす。

 そっと手の平で触れた唇がどんな形を作ったか。

 わかってしまうけれどわからないフリをして、言葉を重ねた。

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