銀世界でさよならを
本日より連日更新を行い、1月21日の更新で完結となります。
最後までよろしくお願いします。
服を着替えて、持ってきた物だけ持って、最低限の書き置きだけ残して。
ゲルダさんの前では詳しい話はできないから、クラヴィスさん達はすぐに部屋に来るだろうから。
シドに会ってしまう前にこの場を離れなければと急いで必要なことを済ませて。
そうしてアースさんに乗せてもらって飛び出した空は、赤と紫が混じっていて、星が輝き始めていた。
「さっむ……!」
「すまんのぉ、ちぃとばかしの辛抱じゃ。頑張ってくれ」
吹きすさぶ雪交じりの風で声が出しにくくて、理解が伝わるようにコクコクと必死に頷く。
わかってます。落ちるかもってしがみ付き続けるよりマシだもん。なんとか我慢してみますとも。
なんでも今のアースさんの姿だと人間一人を運ぶには魔法を使う必要があるそうなのだが、複数の魔法を同時に使うのは少し難しいらしい。
そのためいつも使ってくれていた体を温める魔法はなく、冬の寒さが直接襲い掛かってきている。
その状態で雪も降っている真冬の空を飛んでいるわけだから、そりゃあ滅茶苦茶寒いというわけで。
かじかんで指先の感覚がなくなってきたのを手をグーパーしてどうにか血を巡らせる。
運ぶだけじゃなくって高所で強くなっている風からも私を守ってくれているみたいだからなぁ。寒いなんて文句は言えないや。
それにね、空に放り出されるのは一回だけで十分だからね。落とさないよう集中してくれた方がこちらとしても嬉しいです。絶対落とさないでね。
「もうちょっとで着くからのー」
「んぃ……!」
アースさんの言葉にどうにか返事をして、ちらりと下を見れば、もうザイラの街は離れたらしい。
雪で真っ白に染まった平原は当然というべきか誰もいなくて、そっと息を吐く。
アースさんが向かっているのは、以前魔物の討伐に行った森だ。
あそこには小さな泉があり、そこでこの時代に来た時と同じように世界に穴を開けるそうだ。
何故そこなのかというと、他の人を巻き込まないように人気の無い場所を選んだというのもあるようだが、一番はアースさんの魔力が水と相性が良いからだという。
来た時はアースさんの本体が穴を開けたけれど、今回は分体の方で行うため、少し勝手が違うらしい。
以前分体は本体に比べてできることが限られているといった風に話していたから、それもあるんだろう。
それにこの辺りはノゲイラのように魔流が近くにあるわけでもないため、魔流の力も借りられない。
それでも自然に漂う魔力を利用することはできるため、相性の良い水辺に向かっているそうだ。
世界に穴を開けるわけだし、無理に開けておかしなことになっても嫌だしねぇ。
アースさんが安全に穴を開けられるなら、どこへなりとも行ってください。
そう思うと、アースさんには随分無理をさせてたのかもしんないなぁ。
私の代わりにちょくちょく魔法を使ってもらっていたし、特に寒くなってからはずっと魔法で温めてくれていたわけだし。
何にも言わないから問題ない範囲ではあるんだろうけど、きっと頑張ってくれていたんだろう。
これは、帰ったら真っ先にお菓子パーティーを開いてもらうべきかもしれない。
ディックにお願いしないとなーなんて帰ってからのことを少し考えていたら、アースさんは森の中へと降りていった。
「どう? いけそうです?」
「……うーむ、ノゲイラと違って魔力が弱いからのぉ……。
パパッとは開けられんな。火を点けてやるから少し待っておれ」
「わ、ありがとー」
ちょっと難しい顔をしていたが、開けることはできるようだ。
誰かが残していった焚火の跡に火を灯し、アースさんは泉へと潜っていく。
龍だから平気なんだろうけど、この真冬に水に潜るとか、見てるこっちが寒くなるなぁ。
十数分程度の空の旅だったが、人間には酷なもので。
私はアースさんが灯してくれた焚火の傍にしゃがみ込み、両手を火に近付けた。
「……急だったなぁ」
指先へ熱が通っていく感覚に、ぽつりと言葉が零れる。
本当に、急だった。
魔物の討伐に同行した時、もしかしたら誰か迎えに来るかもしれないと思いもした。
でも結局音沙汰が無くて、クラヴィスさんの言う通り、誰も気付かなかったのかなと思って。
駆け付けたシドの声を聞いて、嬉しかったのは確かだ。
でも、一番最初に湧いた感情は寂しさで。
「……どうか、幸せに」
カミラさん、何事もなく無事に出産を終えてくれたら良いんだけど、こればっかりはその時になんないとわかんないからなぁ。祈るしかないや。
育児のことはカミラさんにもコリンさんにも沢山詰め込んだし、二人が一緒ならきっと大丈夫だろう。
あー、急にいなくなったからゲルダさん心配するだろうなぁ。宿代はちゃんと置いてきたから許してくれないかなぁ。
結局薬草の処理できなかったけど、レイジさんなら問題なく使ってくれるはずだし心配ないか。
冬とはいえ森も静かなようだし、ラルズさんも戦争が終わるまではどうにか街を守り切れるはず。
ユリアナさんには一番伝えたいことはもう伝えてあるから、大丈夫。
ただ、お別れをちゃんと言えなかったのが心残りだけど、それだけだ。
いつか来る別れだと、みんなわかっていた。
それが予定より少し早くなっただけ。挨拶をできなかった、それだけのこと。
……それだけのことが酷く胸に突き刺さるのだから、私はつくづく弱いなぁと思う。
アースさんのような達観した精神はなく、クラヴィスさんやディーアのように苦痛に耐える忍耐力もない。
大切な人が消えるのを受け入れることなんてできなかったし、誰かが苦しんでいる姿を見ているだけなんてできなかった。
だからここに居て、この街で色んな人に出会って、心に杭が刺さってしまっている。
それが間違ったことだとは思わない。
間違っていないと胸を張って言える。
けれど心が揺れて、苦しくなってしまうのは私は弱いからだろう。だから――
「――エディシア……!!」
そう呼ばれた声に、泣きそうになってしまうんだ。




