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世は情け



「大丈夫ですか!」



 アースさんがフードに潜り込み、姿を隠したのを確認し、駆け寄る脚は止めずに大きな声で男性へと声を掛ける。

 まだ状況を理解できていないのか、数秒ほど反応が無く、ただ魔物の死体を呆然と見つめていたが、どうにか現実に戻って来れたんだろう。

 あ、あ、と言葉にならない声を口から漏らし、視線が彷徨いながらもこちらに向いたので、傍に跪いて目線を合わせた。



「動けますか? どこか怪我は?」


「い、いえ……! 助けてくださりありがとうございます……!」



 少しでも落ち着けるよう、ゆっくりと言葉を紡げば、多少は冷静になれたらしい。

 両目から涙を溢れさせ、感謝の言葉を繰り返す男性は、見た所、怪我らしい怪我は見当たらない。

 無事だった事にホッとしつつ、周りを見れば、男性の周りには籠と薬草が散らばっている。



「もしかして、森に薬草を?」


「……そうです。妻が急に倒れてしまって……薬を買おうにも材料が無いからと、高値になっていて手が出せず……」


「そうでしたか……ここでも……」



 一気に緊張が緩んだのか、力の入らない様子でぽつりぽつりと告げられた内容に、思わず言葉が零れる。

 戦争というのは、様々な形で様々な場所へ影響を及ぼす。

 彼が魔物に追われる羽目になったのも原因は戦争による物だ。


 戦争が長引けば長引く程、人手も物資も不足していく。

 補うために多くの人が集められて戦地へと送られて、各地に配備される兵士は最低限になり、魔物の討伐など兵士達が行っていた仕事が滞っていく。

 その結果、こうした街の近くであっても魔物が増え、危険な場所が増えてしまっている。



 この時代だと、扱っている薬草を全て栽培して補ってる薬屋なんてほとんど無かっただろう。

 多少栽培していたとしても、多くは森や野山に摘みに行くのが当たり前だったはず。

 それが魔物が増え、中々取りに行けないとなったら、高騰してしまうのも仕方がない。


 ここに来るまで通ってきた所でも、似たような事が起きていたからなぁ。

 ディーアの薬を作ろうとして私達が近くの森へ採取に行ったら、誰から聞いたのかわざわざ買いに来た商人とかいたぐらいだし。



 ザイラは王都に近く、街の規模も大きい方だ。

 そのため多少は王都から支援など届きやすいはずだが、規模に見合う人口を抱えている。

 男性の体を見る限り、食料はまだ補えているようだけれど、それ以外の物資は後回しになっているのか。

 こうして問題が明確に現れている辺り、戦争がもたらす災いの大きさが良くわかる。


 何もかも戦争が悪いのは事実だし、彼を責める事なんて誰もできないだろう。

 しかし、どんな事情があれ、この人がしたのはとても危険な行為だ。

 それだけはしっかりと理解して心に刻んでいてもらわなければと、いまだ立てずにいる男性を真っすぐ見据えた。



「気持ちはわかりますが、それで死んでしまっては意味がありません。

 運良く私達が通ったから良かったけれど、最悪の場合、奥さんは帰って来ない貴方を待ち続ける事になっていたかもしれないんですよ」


「はい……おっしゃる通りです……申し訳ない……」



 理解してもらえるよう静かに語りかければ、男性は深く頭を下げる。

 命の危険に晒されて、初対面の人間にも説教され、深く反省したようだ。


 見た所まだ二十代の男性だ。奥さんも同じぐらいの年だろう。

 苦しむ奥さんをどうにか助けたいと、率先して行動するのは良い事だと思う。

 でも、それでもしもの事があれば、奥さんは自分のせいで夫を失ったと、残りの長い人生、ずっと自分を責めてしまいかねない。そんなの誰もが辛いだけだ。



 釘は刺したからもう良いか、と散らばったままの薬草を拾い上げる。

 散らばった拍子に傷が付いたりしてしまったようだけど、この程度なら問題無く使えるかな。

 そう私が確認しながら籠へと入れているのを見て、男性も慌てて手を動かし始めた。



「それで、目当ての薬草は揃いましたか?

 まだ足りないのなら、一緒に取りに行きましょうか」


「あ、いえ! 薬師に言われた物は取れました! これで足りるはずです」


「それなら良かった」



 男性の言う薬師とは、調合師でもあるのだろう。

 籠に入れながら軽く見たところ、解熱剤の他に解毒のポーションの材料も採取してある。

 多分、奥さんは毒性のある物を気付かず食べてしまったとか、そんな感じなのかなぁ。

 何を食べたかわからない事が多いから、とりあえず安静にさせるか、症状が酷い場合は解毒のポーションを処方しちゃうのは調合師あるあるだってうちの調合師達が言ってたし。



「あ、あの、何かお礼をしたいのですが、生憎お礼になるような物は何も持っておらず……」


「……でしたら、どこか街の宿まで案内していただけませんか?

 ザイラには数回しか行ったことが無くて、どこに何があるかあんまりわかってなくて」



 お金が無くて薬を買えないと言っていた人に集るほど、私は人でなしではないつもりだ。

 だから代わりに、地元民なら簡単なお願いをしてみる。

 前に来た時は、貴族御用達の老舗の宿に泊まらせてもらったからなぁ。

 街に出かけたりもしなかったから、どこに何のお店があるかなんてさっぱりです。



「それなら自分の姉が宿を経営しています! 是非案内させてください!」



 お、そりゃ丁度良い。一応命の恩人相手なんだから、ぼったくりとかはしないだろう。

 結構な割り合いで旅人を騙して稼ごうとする店は存在してるからなー。見極めるのがちょっと大変なのよね。

 それに実の弟を助けたとなれば、ちょっとおまけして貰えたりしないかな。長期滞在する予定だから何かとお金が、ねぇ?

 なんて、打算的な事を考えながら、連れに説明してくると言って男性の元を離れ、クラヴィスさん達へと駆け寄った。



「えーっと、大丈夫、では無さそうですね」


「……すまない」



 咄嗟に、一撃で魔物を屠るような魔法を使ったせいだろうか。

 自力で歩いてはいるけれど、クラヴィスさんの顔色はあまり良くない。

 念のため魔力をもらっておいた方が良いかな、と手を差し出せば、こちらの意図が伝わったのかすぐに手を繋がれる。

 少し荒れ気味な魔力が流れ込んでくるのに、ちょっぴり痛みを感じつつ、私はクラヴィスさんの手を引いて歩き始めた。


 本当は休んでもらいたいけど、死にかけた人を死体の傍で待たせるのは精神的によろしくないからなぁ。

 この様子だと、クラヴィスさんも歩くって言い張りそうだし、情報共有は歩きながらさせてもらおう。



「さっきの会話、聞こえてました?」


「いや、何も」


「薬が高騰して買えないからと、森に薬草を取りに行った所を魔物に追われたそうです。

 お礼がしたい、との事で、お姉さんが経営してる宿を紹介してもらえることになりました」


「そうか……」



 手短に状況を説明すれば、ふっとクラヴィスさんの表情に影が差す。

 恐らく戦争の影響という私と同じ考えに至ってしまって、責任感を感じているんだろう。


 どうにかしようにも、戦争が終わらない限りこの状況は続いてしまう。

 戦争を終わらせる、もしくは何か事態が好転するような事が起きれば状況は変わるだろう。

 しかし、今の私には、その解決方法は選べない。選ぶわけにはいかない。

 だから私は、いつものようにへらりと笑ってみせた。



「勝手に決めちゃったけど、それで良いですよね? 宿探すの大変だし」


「……君がそれで良いなら構わん。それより、わかっていると思うが」


「だいじょーぶですよー。前の町でもちゃんとできてたじゃないですかー」


「……たまに間違ておったがのぉ」


「え、マジ?」



 「ワシに感謝するんじゃなー」と言ってるあたり、アースさんが幻影か何かで誤魔化してくれたらしい。

 えー、嘘だぁ。そんな記憶……ん、いや、あるな。あったわ。自覚して無かっただけで覚えてはいるわ。

 宿で朝の挨拶した時、半分寝ぼけながらクラヴィスさんの名前呼んだ記憶あるわ。


 無意識って怖いね。そして無意識の行動も思い出そうと思えば思い出せる自分の記憶力が怖いね。

 もしかしたら思い出して無いだけで、もっとやらかしちゃってるのかなー。

 今度の街は今までのどの町よりも人が多いだろうし、気を引き締めねばと決意を新たにし、空いた手で男性へと緩く手を振った。



「じゃあ行きましょうかー。

 っと、その前に、この魔物はどうしましょう?

 持って行く、にはちょっと大きすぎるもんなぁ……」



 早速街へ、と思ったけれど、嫌でも視界に入る魔物の死体に足を止める。

 道から外れた場所とはいえ、死体をこのまま放置していたら、血の匂いを嗅ぎつけて他の魔物が集まってしまうかもしれない。

 どうにかしないと、なんだけど、流石に人より大きな魔物を運ぶのは骨が折れる。

 大きめの台車とか用意しないといけないレベルだもん。そんなの今無いって。


 いっその事、燃やし尽くしちゃうってのもアリだけど、魔物の素材はそれなりに売れるからなぁ。

 しかし魔法で運ぶとしても、今のクラヴィスさんに頼むのは避けたい所。

 ここはアースさんにお願いして、上手い具合に私が魔法を使ってるように誤魔化しつつ運んでもらうしかないかなぁ?

 他に方法はあるかなぁと頭を捻らせていたら、男性が少し自信なさげに口を開いた。



「それなら、後で街の警備隊に報せれば回収してくれると思います。

 人手が足りなくて、後回しになってしまうかもしれないですが……」


「じゃあ警備隊の所にも行かなきゃですねー」



 身分を隠して行動している立場上、あまり警備隊とか権力を持ってる相手に目を付けられるのは避けたいけど、こればかりはしょうがないか。

 ちらりとクラヴィスさんの方を確認すれば、小さく頷き了承を示される。


 まぁ、クラヴィスさんってこの時代はあまり表に出て無かったらしいから、似顔絵でも配られてない限り顔を見られても気付かれないとは思うけど。

 普通、戦場で行方不明になった王子が国内を旅してるなんて考えないもんなー。

 一応気を付けておくかぁとぼんやり考えていると、恐る恐る魔物の大きさを確認していた男性が、ふと思い出したようにこちらを向いた。



「あ、そうだ、俺まだ名乗って無かったですよね。

 俺はコリンって言います。ザイラの南区にあるアルフォン工房で鍛冶師をしています」



 おう、なんてタイムリーな。

 いずれ来るとは思っていたけれど、注意されたばかりの内容を突き付けられ、ひくりと頬が引き攣る。


 うん。大丈夫。さっき注意されたばっかりだし。そんなすぐやらかさないもん。

 でも、何だか背後から視線を感じる気がするなー。首元からも感じる気がするなー。

 男性改めコリンさんに怪しまれるから、実際はそんな事していないだろうけどさー。



 つい苦笑いが漏れてしまいそうになるけれど、相手の自己紹介に対してそれはおかしいだろう。

 案外動揺しちゃうもんだなぁと、自分を落ち着かせるべく一度だけ意識して呼吸を行う。

 そして──



「──私の事はエディシアと呼んでください。こちらはクラウンと、ディーアです。

 どうぞよろしくお願いしますね」



 そう、最近ようやく慣れて来た呼称を、にっこりと微笑んで、当然のように言ってのけたのだった。

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