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例え別れを経ても

 ちょっぴり気まずさは感じるけれど、小走りで小屋へと戻り扉を開く。

 中に入った途端、こちらに向けられた視線はどちらも柔らかい物で、へらりと下手くそな笑みを作りながらクラヴィスさんの元へと近付いた。



「戻りました。お世話掛けてすみません」


「……戻ったなら良い」



 何も言わない。触れもしない。今の私にはその距離を保ってくれるのがとても有難くて。

 ぶっきらぼうだけど、優しさが滲み出る言葉を告げたクラヴィスさんは、子供の方へと視線を移す。

 それに倣って私もそちらを見れば、子供はぐっすり眠っているのか、すぅすぅと規則正しい寝息を立てていた。



「今のところ容体は安定している。そのうち目を覚ますだろう」


「……そうみたいですね」



 念のため手首に触れ、脈を測るが正常そのもの。

 顔色も少し悪いけれど、流れた血の量を思えば十分回復していると言っていい。

 後はもうできる事なんて無くて、安静にしていれば問題無いだろう。



「これからどうするつもりだ?」


「そうですねぇ……まずはこの子を村に送り届けないとですかねぇ。

 で、そこから準備が整い次第ここを発つって感じかなぁと」



 薄々そうだとわかっていても、まさか今日ここを発とうとしているとは思わなかったらしい。

 子供に毛布を掛け直しながら話していたら、アースさんが私の頭へとのしかかる。



「じきに夜じゃが、朝まで待たんのか?」


「んー、朝を待ってたら多分面倒な事になりそうだからさぁ……早い方が良いかなって」



 幾ら自衛の術はあろうとも、夜の森は危険が伴う。

 出発するならアースさんの言う通り、夜明けを待って早朝に、が良いんだろうけどね。

 私の予想が正しければ、村に行った後はそれも難しくなるだろう。

 疑問を浮かべるアースさんと、何かを察したクラヴィスさんに苦笑いを返し、早速行動を起こすべく立ち上がった。



「とりあえずそのつもりでいてください。

 ディーア、この子を抱えて一緒に村の方まで付いて来てくれる?

 龍さんだと村の人に余計な混乱与えそうだからさ」



 未来の事を考えればアースさんの姿を見せるわけにもいかないし、私では到底運べそうにもない。

 そのためディーア声を掛ければ、すぐに毛布ごと子供を抱えてくれた。相変わらず話が早くて助かるわぁ。




 ディーアを先導に、いつも以上に人の気配に気を付けながらおばあさんの家の裏手へと向かえば、ずっと待っていてくれたようだ。

 小屋の方角へと両手を握りしめ、祈り続けているおばあさんの姿が見え、その場に立ち止まる。


 一旦おばあさんと話したいんだけど、これ以上近付くと先に他の村人に見つかっちゃうよなぁ。

 とりあえず手近にあった茂みを揺らして音を立ててみれば、こちらに気付いたようだ。

 ぱっと顔を上げ、目が合ったおばあさんへちょいちょいと手招きした。



 村の端にあるとはいえ、人の行き来が激しく、誰もが普段以上に周囲を気にしている。

 いつもなら多少留まっていても見つからないけれど、今回ばかりは無理な話というもの。


 それでもこうして村に近付いたのだから、こちらが見つかるのも覚悟の上だと察してくれたんだろう。

 おばあさんが急いで駆け寄って来てくれるのに合わせるように、ディーアがその場へ跪く。

 そして毛布にくるまれた子供の姿を露わにさせれば、おばあさんはひゅっと息を呑んだ。



 私に言われた通り、最悪の事態を想定し、覚悟していたのだろう。

 皺だらけの手が子供の頬へと触れ、その呼吸を、その温もりを一つ一つ丁寧に確認していく。

 そこでようやく無事だと理解できたのか、がくりと力が抜けたようにその場へ倒れ込んだおばあさんへ、そっと声を掛けた。



「無事に、お帰ししますね」


「あ、あぁ……! ありがとうございます、本当に、ありがとうございます……!!」



 運ぶことはできなくとも、支えている事はできるだろう。

 私の言葉と共に、ディーアがゆっくりとおばあさんへと子供を託す。

 子供を抱きかかえるように頭を下げ、繰り返し告げられる感謝の言葉をかき消すように、村の方から怒鳴り声が飛んで来た。



「おい誰だ!! そこで何をしている!!」



 武器の代わりなのか、鍬を構えた村人がこちらを睨みつけながら近付いて来る。

 さっきの声を聞きつけたらしく、他の村人も続々と集まって来ているようだ。

 思ったより見つかるの遅かったなぁと思いつつ、顔を青ざめているおばあさんへとぽつり、耳打ちをした。



「何も知らないフリをしていてくださいね」


「え……」



 おばあさんにだけ見えるように、いつものように微笑んで、フードを目深に被り直す。

 ちらとディーアの方を確認すれば、流石は影というべきか。

 近くにいるのに全く顔が見えないようにフードを被っていて、つい感心してしまった。先にそのやり方教えてもらえば良かったなぁ。



「おい、あそこにいるのって……!」


「ば、ばあさん無事か!? アンタらは一体……!?」


「お、俺、皆に知らせて来る!」



 大丈夫、近くにはクラヴィスさんが幻影で隠れてるらしいし、アースさんも木に隠れてるって言ってたし。

 いざとなれば武力行使でどうにかなるんだから、囲まれてしまっても落ち着いて。

 どんどん集まってくる村人達に、ドクドクと早くなっていく心臓を落ち着かせるように自分に言い聞かせる。

 そして十二、三人だろうか。それなりに人が集まった所で、私は口を開いた。



「突然の来訪で驚かせてしまってすみません。

 私達は旅の者で、この辺りに自生する薬草を取りに来ていました。

 湖の方で薬草の採取をしていたところ、偶然この子が魔物に襲われているのを見かけ、こちらで保護し、送り届けた次第です。

 一時は生死を彷徨っていましたが、治療は済んでいます。安静にしていればじきに目を覚ますでしょう」


「……は、ぁ?」



 謝罪から始まり、つらつらと述べられた説明を呑み込むのに時間が掛かっているらしい。

 鍬を構えていた村人のぽかんとした声を皮切りに、全員が顔を見合わせる。

 んーこれでもなるべく端的に伝えたつもりなんだけどなぁ。向こうからしたら急な展開だし、しょうがないかぁ。


 もう一回説明しなきゃダメかなーと、村人達の様子を窺っていると、奥の方から夫婦らしい男女が駆け寄って来る。

 その顔立ちはどこか助けた子供に似ていて。

 おばあさんの膝で眠る子供を見て、涙を浮かべた女性に全てを察した。



「セト……!」



 村の男達の包囲も何のその。

 女性は迷わず走り出し、こちらへと駆け寄る。

 そしておばあさんから子供を受け取り、隙間も許さないように抱き締めていた。



「良かった、良かった……!!」


「息子を助けてくださってありがとうございます……!!」



 恐らく、両親が紛れもなく自分の子供であると認め、私達にお礼を言ったからだろう。

 瞬く間に村人達の警戒が解け、子供の無事を喜ぶ声が聞こえ始める。

 とりあえず第一段階はクリアって所かなぁ。

 向けられていた武器も全て降ろされ、ホッと息を吐いたのもつかの間、再び聞こえた声に先ほどとは違う緊張が走った。



「セトが見つかったって!?」


「そ、村長……」



 どうやらこの村の権力者のお出ましらしい。

 部外者である私達はともかく、村人達も何とも言えない反応をしている辺り、そういう事だろう。

 予想していたとはいえ、こんな予想、当たって欲しく無かったんだけどなぁ。

 溜息を吐きたくなる気持ちを抑え、先ほどまでとは違う意味で気を引き締め、背筋を伸ばした。



「セトが魔物に襲われていたのを、こちらの方が助けてくださったそうです」


「……そうでしたか……これは、何とお礼を申し上げればよいのか」



 近くの村人から説明を受け、一瞬の思案の後、村長はすぐさま感謝を告げるが、その目つきは値踏みをするかのような物。

 もしかしたら話が通じたりしないかなぁって思ったりしたけど、こりゃ無理ですね。

 こういうのには近寄らないのが一番だと、相手が何か言い出す前に先手を打つ事にした。



「お気になさらず。私達はこれで……」


「い、いや! 是非お礼をさせて頂きたく! どうぞこちらに!

 ささやかではありますが、お食事など如何でしょうか!」



 この規模の村であれば、身元の知れない人間に食事を提供するのは最大限のもてなしだ。

 そうまでしてでも引き留めようとするのは、やはりこちらに価値があると考えたか。

 あちらからすれば私達は魔物への対抗手段を持ち、治療もできる人間だという認識だろう。

 村を預かる者からすれば、村に留まって欲しいと思うのも当然の事だ。


 でも、これで留まったりして、私達の存在が知られたりしたらすごい困るんだよねぇ。

 特にクラヴィスさんはそんな状況望んでいないだろう。

 そもそも私達、理由はどうあれノゲイラへ不法侵入してる状態なもんで、出るとこ出られたら普通に捕まっちゃうもんで。

 そうなったらもっと面倒な事になってしまうから、バレないうちに離れるのが吉なのです。



「お礼というのなら、私達の事を知らなかった事にしてください。

 諸事情により、あまり居所を知られたくないもので……そうして頂けるとこちらも助かります」


「で、ですが」


「お願い致します。では」



 これ以上は堂々巡りするだけだろうと、まだ粘って来そうな村長を突っぱね、林の方へと踵を返す。

 最後にちらりとおばあさんを見れば、酷く申し訳なさそうに、泣きそうな顔をしていた。

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