表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/200

決断は、今

 見ないフリをしていた。目を逸らし続けていた。

 まだ大丈夫だと、まだ決めたくないと、ずっと先延ばしにしていた決断の時。

 それが突然目の前に現れて、何を言おうとしたのかもわからず口を開いて、何も言葉が出て来なくて口が閉じていく。



「この異変を止めるには、誰かが過去へ行き、異変に介入する他無い。

 それをできるのは、その時代に存在しないお主だけじゃ。

 しかし、今この世界は異変の影響で酷く揺らいでおる。

 そこに異世界の縁を保たせたまま過去に介入などすれば、世界は耐えきれず、世界そのものが崩壊し消えてしまうじゃろう」



 黙り込んでしまう私に、アースさんは優しい声色で語り続ける。

 聞かなければならないと、向き合わなければならないとわかっている。

 わかっているけれど、自ずと視線は下に下がり、鼓動が速くなっていく。

 何かに縋りたいと傍にあるクラヴィスさんの手に触れようとして、何にも触れられない自分の手を一人握りしめた。



「過去へ行くのなら、お主はあちらとの繋がりを捨てねばならぬ。

 そして繋がりを捨てれば、お主は……」


「……元の世界には帰れない、だね」


「……うむ」



 私と元の世界を繋ぐ縁。私が元の世界に帰るために必要な道しるべ。

 アースさんと出会って以来、ずっと守ってくれていたそれが無くなれば、私は帰れなくなる。

 でも、それがある限り、クラヴィスさん達は助けられない。


 どちらがより多くを得られるかなんて、わかりきった事だ。

 今すぐ決めなければならない。今すぐ、決別しなければならない。

 それなのに捨てたくないと、何か方法は無いのかと、未練がましく縋り付いてしまって選べない私に、アースさんは静かに床へと降り立った。



「じゃがな、トウカ。

 お主が行かずとも良いのじゃよ」


「……え?」


「異変を止めずとも、この世界は新たな形で続いていくじゃろう。

 ワシ等渡る者の役目はあくまでも世界の存続。

 崩壊せずに世界が続くというのであれば、無理に介入しなくとも良いのじゃ」



 俯く私を覗き込み、柔らかい眼差しでこちらを見つめるアースさん。

 気遣ってくれているんだろう。それも一つの選択なんだろう。

 でもそれは、クラヴィスさん達を見捨てろと言っているのと同じじゃないか。



「クラヴィスさんが居なくなるのに……?

 皆もどうなるかわからないのに、アースさんはそれでも良いって言うの……!?」


「もし今あるこの世界が、本来はあってはならぬ形であれば?

 もしこの異変が、本来のあるべき形に戻るための変化なら?

 ……可能性など無限にある。何がどうなろうと、それが世界の運命ならばワシは見守るだけじゃよ」


「そんな……!」



 少なくない時間を共に過ごした。一緒に笑って、一緒に怒って、一緒にこの世界を見て来た。

 だから渡る者としては見守るのが正しいとしても、アースさんとしてはそんなの苦しいはずで。

 突き放すように告げられて、でも苦し気なアースさんに、再び言葉を失った。



「どちらを選ぼうと、誰もお主を責められぬ。

 何が正解かなど、誰も、世界にもわからぬ事。

 確実なのは、お主がどちらかを失う事実だけじゃ」


「で、でも……」


「……お主が決め切れぬというのなら、ワシはお主を元の世界へ連れて行く。

 世界が変貌する際、お主の縁がここに在ると何が起こるかわからぬからの」



 もう悩む時間すら無いんだろう。

 迷ってばかりの私と違い、既に覚悟を決めたんだろう。

 どこまでも優しい表情のまま、アースさんが私に迫る。



「仕方なかったのだと、時間が無かったのだと、そう思って帰りなさい。

 全てワシが決めた事なのじゃから、お主に責任はありゃせんよ」


「待っ、て」



 ドクドクと脈打つ心臓を握りしめ、声を絞り出す。

 これは私の問題だ。私が選ばなきゃいけない選択だ。アースさんに背負わせるわけにはいかない。

 それに、どちらを選ぶべきかなんて、わかっている。

 わかっているから、ただ、それを告げれば良いだけだ。



「私、は……──」



 頭ではわかっているのに、殺しきれない心の弱さが言葉を押し留める。

 それでも決めなければと、告げなければと息を吸い込んだその時、視界の端であの人の手が動いた。



「アース」



 掠れて、小さく、呻くような声。

 それでも確かに、クラヴィスさんがアースさんを呼ぶ。



「アース、どこだ、どこだ……!」



 苦しそうに、それでもアースさんを探して手を伸ばし、体を起こそうとするクラヴィスさん。

 咄嗟に支えようとするけれど、私の手は通り抜けていって、クラヴィスさんは一人抗い続ける。



「彼女を、帰せ」


「クラヴィスさん……?」


「彼女を、元の世界へ帰してくれ……!」



 隣にいる私の声も聞こえていない。目の前にいるアースさんも見えていない。

 それなのに、クラヴィスさんは自分ではなく私の行く道を示し続けた。



「彼女はあるべき場所へ……彼女、だけは……! 彼女に、選ばせるな……!」



 この人は、どこまでわかっているのだろうか。

 全てわかっているのだろうか。


 もしわかっているのなら、この人は、私の代わりに選び取る責任を背負おうとしているのか。

 自分の事も決め切れない私の代わりに、世界を捨てる責任を背負おうとしているのか。

 私のためだけに、何もかも無くなっても良いというのか。



「……なんで、貴方はいつもそうなのかなぁ」



 いつも私を優先してくれた。いつも私を守ろうとしてくれた。

 例えそれで自分自身を傷付けようと、迷う事無く選ぶほどに私を大切にしてくれた。

 何でもできるのに、守り方だけは少し不器用な、私の大切な人。



 私の手は彼に届かないだろう。私の声は彼に届かないだろう。

 だからその頬がある場所へと顔を近付けた。



「──大好きですよ、クラヴィスさん」



 助けてもらって、助けになりたいと思った。

 傍に居て、もっと傍に居たいと思った。

 大切にされて、大切にしたいと思った。

 守られていて、守りたいと思った。


 だから別れを告げられても、別れたくないと思うんだ。

 もっと貴方の助けになりたいと、傍に居たいと、大切にしたいと、守りたいと思うんだ。

 例え貴方が願ってくれた私の幸せが叶わなくとも、貴方の傍にも私の幸せはあるんだと、信じられるんだ。



「だから、行きますね」



 覚悟は決めた。決別も、告げられた。

 だから私はクラヴィスさんから離れて、アースさんに向き直る。



「……良いのか?」


「うん、良いの」



 クラヴィスさんは私に選べと言った。

 少しでも後悔しないように、私自身の答えを選べと、私が幸せになるように、と。



 今ここで元の世界に帰れなくなっても、あの世界の大切な人達は生きていてくれるのなら。

 今ここで元の世界に帰ってしまったら、この世界の大切な人達は居なくなってしまうのなら。

 どちらがより後悔するかなんて、答えはすぐに出せる。


 それに、何よりも。

 クラヴィスさんが私の幸福を願ってくれているように。

 私だってクラヴィスさんに幸せになって欲しいのだから。



「……なら、準備しておいで。手で持てる物ぐらいなら持っていけるじゃろう。

 それから預かっている時間じゃが、過去に行くのであればそれも邪魔になってしまう。

 今返すか、このまま捨て去るか、どちらが良い?」


「じゃあ今返して。少しでも成長してた方が色々できるし」


「うむ、ではこれを」



 十歳の体と十七歳の体ではできる事も大きく違うはずだ。

 そう考えてすぐに頷けばどこから取り出したのか、手のひらサイズの結晶を渡される。



「それはお主の時間を閉じ込めた結晶じゃ。

 壊せばすぐさまお主に時間が戻るじゃろう」


「りょーかい」



 独りでにキラキラと光る結晶は既にヒビが入っていて、すぐ壊せるよう脆くしているようだ。

 軽く握っただけでピキ、と小さな音がしていて、この様子なら力一杯握れば壊せるだろう。

 勢いあまって今壊してしまわないよう、手の力を緩める。



「それから……クラヴィス、ちともらうぞ」



 アースさんはそう言って倒れているクラヴィスさんへと近付き、髪を一束浮かばせる。

 すると魔法を使ったのか、瞬きの間にバッサリと髪が切り落とされた。


 何をするつもりなんだろうかと見ていると、アースさんは自分の鱗を一枚口で剥がし、クラヴィスさんの髪へと乗せる。

 そして髪と鱗が白い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には小さな黒い耳飾りが私の目の前に浮かんでいた。



「これを身に着けていなさい。ワシの予想が正しければ、過去で使う事になるはずじゃ」



 穴が無くとも付けられるよう、イヤーカフになっているらしい。

 でもさ、目の前で作られてるからどうしても考えてしまったけれど、素材からしてちょっと呪術っぽくなぁい?

 まぁ元がクラヴィスさんの髪なら良いかと、右耳に付ければ、アースさんは小さく頷き浮かび上がる。



「……ワシは中庭で待っておるからの。

 ゆっくりしている時間は無いから、急ぐんじゃよ」


「はーい!」



 最後の確認か、じっと私を見つめるアースさんに、意識して明るく返事をする。

 大丈夫、もう決めたから。決められたから。

 だから私も、立ち止まらないよう駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ