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母は、異世界で天下を取る 〜日帰り異世界〜  作者: 松本 蛇
第二章『ほのかの夏休み』篇
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やっぱり、思ってたんとちゃう


「ふんっ! ぬんっ!」


 私はメイド服の裾をたくし上げ、モップを勢いよく床に走らせていた。

 場所は、荒れ果てた中庭に面した広大な廊下。

 窓の外を見れば、かつては美しかったであろう花壇は枯れ果て、代わりに背丈ほどの雑草が我が物顔で生い茂っている。

 中央の噴水はひび割れ、水など一滴もない。

 見上げれば、どこまでも青い空と白い雲。


 そして目の前には、いかにも某ゾンビゲームに出てきそうな古びた洋館。


「オジョウチャン、精ガデルネ」


 どこからともなく現れた、腰の曲がった知らない老婆が、冷えた水が入ったコップを差し出してくる。

 言葉はわからないが、その笑顔は優しい。


「……どうも」


 私はコップを受け取り、一気に飲み干した。

 プファーッ!

 冷たい水が乾いた喉を潤す。


「いい汗かいた! やっぱり貴族の生活はこうでなくっちゃね!」


 ガシャーン!

 私は空になったコップを床に投げつけ(※脳内で)、盛大にツッコんだ。


「……って、んなわけあるかーい!!」


 廊下に私の声がこだまする。

 違う! 断じて違う!


 貴族って言ったらさぁ!

 シルクのドレスを着て、綺麗に手入れされた庭園で優雅にアフタヌーンティーを飲んでて!

 テーブルには三段重ねのタワー皿にケーキがいっぱい並んでて!

 時には夜な夜な舞踏会なんかあって!

 どこかの国の王子様が私の手を取って、『あぁ……今宵の君は美しい』とか言われたりしてさぁ!


 どこ行った私のケーキと紅茶!

 どこ行った私の王子様!


「仕方がないだろう。貴族と言っても、フランは『元』貴族だ」


 私の絶叫を、小さい母――エマの姿をした千尋――がズズズと梅昆布茶をすすりながら受け流す。

 なんで異世界に梅昆布茶があるんだよ。


「実家とはいえ、今は誰も住んでいない。それに、フランに定職はない。騎士団からの給料もまだ入っていないから、収入は無いに等しいんだ」


 横でフランが、ニコニコしながら「うんうん」と頷いている。


「それってニートって事だよね!? 働いたら負けってやつ!?」


 お母さんが口を開きかけ、フランに通訳しようとするのを私は必死で止めた。


「通訳しなくていいから! これ以上絶望させないで!」


 私は肩で息をしながら、目の前の廃墟……もとい、屋敷を見渡した。


「もっとこうあるでしょうよ! 異世界の貴族の館って言ったら!

 白を基調とした美しい洋館で! 窓を開けたら手入れされた薔薇の庭が広がっててさぁ!」

「立派な家じゃないか? 歴史を感じるぞ」

「違う違うちがーう! 私が望んでいたのは戦慄迷宮せんりつめいきゅうじゃなーい!」


 壁に掛かった肖像画を指差す。

 青白い顔をしたお爺さんが、こっちを見てニタニタ笑いながら手を振っている。


「そして何なのこの絵は! 怖いし動くし! ここはホグワーツですか!?」


 フランが絵を見て、お母さんに何か説明している。


「……なるほど。『あれはフランの曾お祖父さんで、魔法薬学の権威だった有名人』だそうだ」


「有名人なんかい!」


 さらに私は、廊下の突き当たりにある怪しげな石像を指差した。


「そしてどうして、石像の目を左右に入れて動かさないと部屋の鍵が出て来ないの!?

 ラクーンシティかここは!」


 またしてもフランが説明する。


「……『鍵はずっと刺さったままだから、石像を動かす必要はない』らしいぞ」


「開いとるんかい!」


 私は自分の来ている服をつまみ上げた。

 黒と白の、フリルがついた典型的なメイド服だ。


「なんでメイド服しかないの? ドレスは? 私の舞踏会用ドレスはどこに行ったの!?」

「『生活費のために金目の物は全て売った。使用人も全員解雇して、今はあのお婆さんだけが残ってくれた』らしい」


「あの人、メイドだったんかい!」


 さっき水をくれたお婆さん、ただの近所の人じゃなかったのか。


「文句を言うなら、やはりルナフィールに戻って復興作業の手伝いを……」

「それは絶対嫌!」

「それなら我慢するしかないな」

「うぅ……」

「ちなみに、食事は庭で採れた野菜中心の自給自足らしいぞ」


「私の異世界ライフー! いつからサバイバル生活になったのー!!」


 私の悲痛な叫びは、廃屋の隙間風と共に消えていった。



 その日の夜。

 私は洋館の中で、人生最大のピンチを迎えていた。


(……トイレ、どこ!?)


 夜中に目が覚めてしまったのだ。

 この屋敷、無駄に広い上に構造が複雑すぎる。

 しかも、電気なんて便利なものはない。

 手に持った頼りない蝋燭ろうそくの明かりだけが、暗闇を照らしている。


「どうしてトイレがこんなに遠いのよ……!」


 廊下の板張りがギシギシと鳴るたびに心臓が跳ねる。

 さっきの動く肖像画とか、絶対夜中に歩き回ってそうで怖い。


 やっとトイレだと思って開けた部屋には、ベッドでお婆さんが寝ていた。


(……住んどるんかい!)


 使用人部屋だったのか。

 お婆さんの寝息を確認し、そっとドアを閉める。


 迷いに迷って、ようやくトイレらしき扉にたどり着いたその時。

 ヒュゥゥ……。

 隙間風が吹き抜け、手元の蝋燭の火が消えた。


 真っ暗闇。


「ひっ……!」

「……助けてドラえもーん!!」


 私の涙混じりの叫びは、闇の中に吸い込まれて消えた。



 翌朝。

 中庭に出ると、かつて花が植えてあったであろう場所が見事に耕され、立派な畑になっていた。

 お母さんが手際よく野菜を収穫し、即席のかまどで朝食を作っている。


 無駄に広い敷地なのに、やってる事は完全にキャンプだ。

 そして、テーブル代わりの岩にチャッカリ座って朝食を待つ、フランとお婆さん。


(……働かんかい!)


 心の中でツッコミを入れつつ、私も席に着く。

 採れたて野菜のスープは、悔しいけど美味しかった。


「さて、私とフランは魔術学院に行ってくる」


 食後、お母さんが言った。

 なんでも、魔術学院の年に一度のビッグイベント『銀星祭』が近く、準備や警備の打ち合わせで忙しいらしい。


「ほのかは留守番だ。大人しく勉強しておくように」

「はーい……」


 二人が出かけた後、私は部屋に戻り、大量の夏休みの宿題と参考書を広げた。

 窓の外には異世界の風景。

 手元には日本の数学ドリル。


(……あれ? 私、異世界に来てる意味なくない?)


 虚無感に襲われていると、机の上に小さな革袋が置いてあるのに気づいた。

 中には銀貨が数枚と、一枚のメモ。

 さらに、異世界の文字が書かれた『文字盤』と、『旅の指さし会話帳(改訂版)』、そしてアスガルドの地図。


『お小遣いだ。騎士団から特別手当が出たからね。

 昼ご飯は街で自由に食べておいで。フラン』


(……やった!)


 私の目が輝いた。

 神様、仏様、フラン様!

 これでやっと、念願の『異世界グルメ』ができる!

 私は数学ドリルを光の速さで閉じると、お財布と地図を握りしめて部屋を飛び出した。


次回「銀星祭と黒い指輪」

毎週火曜日金曜日20:00更新


ココから物語は分岐します

次回からはメインはエマ/千尋 魔術学院編

ほのか編は

ほのかの孤高の異世界グルメになります。

挿絵(By みてみん)


読んでくださってありがとうございます。


感想・レビュー・ブクマ、いつも本当に励みになっています。


スピンオフ作品

『ほのかの孤高の異世界グルメ 』も合わせて読んでいただけたら幸いです、

https://book1.adouzi.eu.org/n3966ln/


XやInstagramも初めました。

小説の挿絵や裏話など呟いてますのでお時間があれば是非!


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