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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第十章:信じられない、信じたくない

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45:真夏の海の光景

 今より幼い。コスモス畑で次郎君と出会った頃と同じように、あどけない幼さが残っている。ブルーの水着ごしに感じる胸がぺったんこだった。


 ビーチに据えられた小さなテントとビニールシート。わたしは独りでちょこんと座っている。両親や友達とか、一緒に来た連れはいないのかな?と辺りを見ると、すこし行列を作っている露店の方から、走ってくる人影があった。「あやめ!」と呼びながら、両手にペットボトルのお茶を持っている。少年というほど華奢ではない骨格。でも今よりは明らかに幼い。


「次郎君!?」


 思わず声を上げてしまうけれど、やはり目の前の光景には干渉しない。水着姿の幼いわたしは、駆け寄ってきた幼い次郎君にだけ反応している。立ち上がってビーチサンダルを履いていた。


「これはいったい……」


 現在の次郎君が、顎に手をあてて目の前の情景を見守っている。その眼差しは怪訝そうだった。

 カバさんは思い出だというけれど、わたしも次郎君も、こんな過去は知らない。記憶にない。


「カバさんは、また嫌な夢を見せるつもりですの?」


 驚いたことにジュゼットはこの状況を受け入れているみたいだ。昨夜、悪夢を見て泣いていたけれど、カバさんが関わっていたらしいので、もしかすると今と同じような感覚を体験したのかもしれない。


「姫さんが嫌がることはせえへんがな。のんびりとした夏のバカンスを見せてるだけや。でも、この二人には意味があるやろな」


 この二人とは、わたしと次郎君のことだろうか。


「夏……」


 次郎君の眼差しが険しくなった。腰に手をあてて、ふうっと大きく吐息をつくと、彼はジュゼットの腕の中のカバさんを見た。


「俺とあやめは、夏には既に知り合っていたのか? あの鉄骨事故の前から知り合いだったってこと? 俺が思い出したコスモス畑で出会った記憶の方が、嘘だってことか?」


 畳みかけるような次郎君の声が、わたしの胸にも刺さる。

 真夏の鉄骨落下事故は、やはり消せない過去なのだろうか。


「どれが嘘とかちゃうがな。全部、ほんまやで」


「全部?」


 次郎君の声に重なって「あやめちゃん」と聞きなれた声がした。

 白っぽい水着の上に、水色のパーカーを羽織った女性。幼い私とは違い、すでに大人の女性だ。わたしの知っている彼女とは違うようでいて、同じようにも見える。


 明らかなのは、間違いなく瞳子さんだった。

 現れた瞳子さんは両手に焼きそばを持っていて、「はい、おまたせ」と言って幼いわたしと次郎君に手渡している。


「え?」


 わたしと瞳子さんは、ずっと昔からの知り合いだったのだろうか。まさか、そんなはずはない。でも、ただの夢だと思うには、含みのありすぎる光景だった。


 瞳子さんが現れたということは。

 もしかして一郎さんもいたりする?


 わたしの予感は的中した。すぐに瞳子さんを追いかけるように、砂浜を横切って一郎さんもやってくる。右手にフランクフルトを三本もって、左手には焼きそばとポテトをもっていた。


 瞳子さんと同じように、今と少し違うようで変わっていない。幼いわたしと次郎君の保護者と言ってもいい大人の雰囲気がある。


 瞳子さんも一郎さんも、大学生くらいだろうか。わたしの知っている二人より、なんとなく若いような気がする。気のせいかな。


「この夢は特別ってゆうたら、特別かもしれんなぁ」


「どういうこと?」


 カバさんが気まぐれに見せる夢。辻褄の合わない光景。まるで信憑性はないけれど、すべてが嘘だと笑い飛ばせるほど、わたしは能天気になれない。


 夢なら辻褄が合わないのが当然だ。だから、カバさんの見せる夢は、ただの夢でしかない。はじめに一郎さんが教えてくれたように、夢が別世界であるというなら、そういう世界線ーーというか、パラレルワールドはあるのかもしれない。


 でも、わたしたちの過去として結びつくことはないはずだ。

 そう言い聞かせてみても、胸には隠しようもなく不安が広がっている。


「特別って?」


 いったい、なにが特別なのだろう。


「これは魔が差す前の思い出やからな」


「カバさんが何かを企む前ってこと?」


 自分の声が少し険しくなっていることに気づく。カバさんはジュゼットの腕の中で動かない。


「魔が差したんはワシちゃうがな。いや、ワシがその魔を作ったようなもんか?」


 ガハハと笑い声が続く。無邪気な声なのに、とてもイライラした。

 すぐに近くで聞きなれた声がする。


「一郎、向こうでボートが借りられるみたい」


「次郎とあやめちゃんが喜びそうだな」


 一郎さんが、テントの中に入った幼い私と次郎君に「ボートを借りてくる」と声をかけた。


 瞳子さんの白い手が、自然に一郎さんの腕をとる。見つめあった二人の顔が、同時に笑顔になった。なんて眩しい光景だろう。疑うことのない信頼に満ちている。


 仲睦まじい様子で、二人は立ち尽くすわたし達をすり抜けるようにして通り過ぎていく。

 寄り添うように砂浜を歩いていく後ろ姿。今とはまるで違う。相思相愛の甘さがにじんでいる。


 誰が見ても恋人同士に見えた。


 幼い私と次郎君は、テントの中で焼きそばを頬ばっている。一郎さんと瞳子さんのような恋人同士の色気はなく、二人で他愛ないことを話しながら溌剌と笑っている。


 どういうことだろう。

 わたしは次郎君だけではなく、一郎さんや瞳子さんとも知り合っていたのだろうか。


 この夏の海の情景は、過去なのだろうか。次郎君もわたしも覚えていないのに。

 全く記憶にないのに。


 カバさんの見せる夢の意図が、まるでわからない。


「この夏の海の続きで、俺は事故にあって死んだのか?」

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