38:怖い夢を見たジュゼット
「きゃあぁぁぁ!」
ジュゼットの休む部屋に、甲高い絶叫が響いた。
「トーコ! トーコ!」
まるで迷子になった幼児が母親を探すように手探りをしながら、ジュゼットがベッドから飛び起きた。ビスクドールのような白い顔が、べったりと涙で濡れている。
「どうしたの? ジュゼット、怖い夢でも見た?」
ベッドに駆け寄ったわたしと目が合うと、彼女は戸惑ったように辺りを見まわす。
「――夢……」
放心したようにシーツを握りしめる自分の手を見てから、ジュゼットが息を吐きだすように「良かった」と呟いた。
「驚いた。大丈夫?」
「アヤメ」
悪夢の名残が消えないのか、ジュゼットは腕を伸ばしてわたしにすがり付く。肩ごしで再びしゃくりあげる声が聞こえた。よほど怖い夢を見たのだろう。
「大丈夫だよ、ジュゼット」
彼女の小さな背中をポンポンと叩く。
「今朝は新しいものをたくさん見たから、きっと疲れちゃったんだね。だから、嫌な夢を見たのかも」
彼女にとっては、わたしたちの世界は得体のしれない魔法の国だ。道路を走る車だって、恐ろしく感じたかもしれない。心の洗濯でもある眠りや夢には影響する。
「大丈夫だよ、何も怖くないよ」
ぐすぐすと泣くジュゼットに声をかけ続けていると、ふっと至近距離に気配がした。
「わ! か、カバサン!」
いつの間に現れたのか、奇抜なピンクのぬいぐるみが私の眼の高さに浮かんでいた。
「だから、やめときって言うたのに。……でも、姫さんがそんなに怖がるとは思ってなかってん。ごめんな、姫さん」
短い前足で、カバさんはジュゼットの背中を慰めるように、ちょんちょんと叩く。
どうやらカバさんはジュゼットには気遣いをするみたいだ。世界が滅ぶとジュゼットを泣かせた時も、素直に謝っていた。屈託なく友達だと言って自分を慕ってくれるジュゼットのことを、憎からず思っているのだろうか。
今までどんなふうに過ごしてきたのかわからないけれど、ジュゼットへの接し方を見る限り、カバさんにも可愛いところがあるのかもしれない。
「トーコにひどいことするカバさんは嫌い!」
泣きながらジュゼットが癇癪を起している。
なんだろう。ジュゼットの見た夢に、カバさんが悪戯でもしたのだろうか。成り行きがわからないわたしの背後で、瞳子さんの声がした。
「どうしたの? ジュゼットの声が聞こえたから、心配になって来てみたけど……」
瞳子さんは歩み寄ってくると、泣き止みそうになっていたジュゼットの頭を撫でる。わたしにすがり付いていたジュゼットが、再びワッと泣き出しながら瞳子さんに飛びついた。
「トーコ! 良かった! 良かった!」
「ジュゼット?」
瞳子さんも困惑している。あやすように背中をたたきながら「どうしたの?」と優しい声が訪ねている。泣きじゃくって答えられないジュゼットの代わりに、わたしが「怖い夢を見たようです」と答えた。
「それが、どうやらカバさんのイタズラみたいで」
言いながらカバさんの姿を探すけれど、奇抜なぬいぐるみは見当たらない。
「あれ? さっきここにいたのに」
「ジュゼットをいじめるなんて……、ほんとに何を考えているかわからないわね」
「いえ、いじめるつもりではなかったみたいですけど」
「そうなの?」
瞳子さんがジュゼットを抱いたまま、体の向きを変えた。トントンと小さな背中をあやすように叩いている。
「ジュゼット、夕食にしましょう。今日はハンバーグよ。好きでしょう?」
「――ハンバーグ……」
ずびっと鼻をすすって、ようやくジュゼットが顔を上げた。
「本当に? トーコ」
「ええ。本当よ。デザートにはチョコレートケーキもつけちゃうわ」
パッとジュゼットの顔が輝く。さっきまでの癇癪や泣き虫は素早く退散したみたいだ。素直な反応がほほえましい。
「わたくし、お腹がすきました!」
わたしと瞳子さんが吹き出すと、ジュゼットも笑った。




