表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/120

96 夜の誘い

 小さな鏡台に、小さなテーブル。

 テーブルの上には水差しが三つ、それとパンがカゴに入っていた。


「ええっと……。ヴェル、入り口で固まるとじゃまなんだけど」

「すみません、今入りますので」


 思わず固まってしまったけど、そう。

 別にただの部屋だ。

 僕とフローレンスお嬢様が睡眠するだけの部屋、特に気にする事もない。

 それに一緒に暮らしていたんだし、小さい時は同じ部屋で寝ていた事もある。


 多数あるランプをつけると、部屋は昼間のように明るくなった。

 昨日まで泊まっていた部屋と比べると、このランプの量だけでも高い部屋というのがわかった。


「ヴェルちょっとぶつぶつ煩いんですけどー」

「別に何も言ってません」

「そう?」


 フローレンスお嬢様はベッドへと座りはじめた、そのとたんに小さな悲鳴。

 反射的に体が動いていた、フローレンスお嬢様を片手で抱くようにベットへと倒れる。


「きゃっ! ありがと」

「いいえ。大丈夫ですか?」

「ふかふか過ぎて……、うわっヴェルみて天井!」


 ベッドの天井を見た。

 鏡だ、ポカンと口をあけているフローレンスお嬢様と、眉をひそめている僕が映っている。


「なんで天井なのかしら……、自分と目があったら寝にくいわよね。

 それに寝ている間に落ちてきたら怪我するわよね」

「固定されているようですし、そうそう落ちる事はないかと」


 天井が鏡なのは説明はしないでおこう。

 僕としても知識では知っているけど、初めてみた。

 よいしょっとと、体勢をもどしたフローレンスお嬢様は、部屋を探索しはじめる。

 と言っても、僕からみたら小さな鏡台しかないんだけど……。


「わっ」

「何かありました?」

「縄とか蝋燭……」

「閉まってください」

「う、うん」


 ため息とともに、ベッドに仰向けになる。

 天井の鏡に映る僕自信と目があった。

 われながら暗い顔だ、鏡の端にフローレンスお嬢様が見えた、勢いをつけて僕へとボディアタックをかけてくる。

 とっさの事で、体を避ける。


 大きくボフっと音がすると、ベッドの上で四つん這いになったフローレンスお嬢様が睨んでくる。


「何で避けるのよー」

「危ないからです」

「ねーねー、最後の夜になるんだよね?」

「最後?」

「だって、マリエルさん達は、その反乱とそうじゃないのに別れるんでしょ?。

 わたしだって、そうなると旅行所じゃないし…………ねぇ、ヴェルはタチアナに住むの?」


 僕が?。

 そうか、うん、そうだよね。

 村を守るためとはいえ僕は殺人を犯して来ている、聖騎士のお墨付きで無罪になっているけど、帰る事は無理だろう。


「そうですね……、タチアナに住むという選択肢もありますけど、もう少し旅をしようと思ってます」

「マリエルさんとっ!?」

「はい?」


 僕は上半身を起き上がる、フローレンスお嬢様が四つん這いまま僕を見ていた。


「だって……、あの人はヴェルが好き、ヴェルも、その、あの、マリエルさんが好きなんだよね?」

「どうでしょうね。

 マリエルの好きは過去からの好きであって現在のマリエルは違うと思います」

「…………難しい事言って誤魔化してない?」

「別に誤魔化してるつもりはないんですけど」


 フローレンスお嬢様がベッドへと大の字になる。


「…………じゃぁさっ! 私と一緒に旅すればよくない? カーヴェは……、ええっと危ないからいかない方がいいわよね。王都とかわたし、一回しか行った事ないのよ」


 王都か……、前の世界で初めて行った場所だ。

 マリエルが死んだと聞いたのも王都、ファーの最後もそこだった。

 そういえば、本当にマリエルは戻ってくるのだろうか?。

 地図を置いたら戻ってくるらしいけど、この部屋からじゃ戻った事もわからないな。


 バサッ。


 視界が暗くなる。

 僕の顔に布がかけられて、慌てて取る。

 見覚えのある服だ。

 と、いうかどう見ても、フローレンスお嬢様が今着ていた服だよね。


「何してるんですか……」

「何って、汚れた衣服のまま寝ると何時も怒るじゃないの」

「いや、そうなんですけど……」


 だからといって下着まで取らなくてもとは思う。


「やっぱり、僕は食堂で寝ます」


 ベッドから離れようとすると、背中から思いっきり体重をかけられた。

 首に腕がまかれ、僕の顔の横に、フローレンスお嬢様の顔がある。


「だめ、一緒に寝て」

「あの、半裸でその台詞は勘違いされるので辞めたほうがいいです」

「……もん……。勘違いじゃないもん。

 だって、ヴェルはもう村に帰らないんだよね? わたしは村に一度戻らないといけないし、ヴェルがマリエルさんを好きなのはもうわかった。

 一度でいいからね」


 抱けと言う事だろう。

 と、言ってもいくら女性的な体といっても、フローレンスお嬢様は、雇い主であり姉であり妹だ。

 前の世界で死んだ時に好きだと思った。

 でも、抱きたいとは違うきがする……。


「冗談よ」

「はい?」


 僕が振り向くとフローレンスお嬢様が下着を着け始めていた。


「ヴェルを困らせたかっただけ、わたしはヴェルが好き、でも弟みたいなものだし。

 からかっただけ。

 それよりも……喉が渇いちゃった、あんまり長く沈黙するんだもん」


 そんなに長く沈黙していたのだろうか。


「別にそんなに長くは」


 水なら鏡台の上に三つもビンがある。


「ヴェル、下から水を取ってきて」

「いやそこに……」

「命令よ!」


 上半身下着姿で僕に指をさす。

 理不尽な命令が懐かしい。


「わかりました」


 部屋から一歩でる。

 扉を閉めると背後でガタっと音がした。

 鍵を閉めた音だ。


「あの……鍵をかけられると困るんですけど」


 フローレンスお嬢様の小さな声が扉ごしから聞こえる。


「この部屋わり、マリエルさんの提案なの……」

「でしょうね、嫌がらせというか、親切というか」

「でね、マリエルさん……たぶん戻ってこない」


 僕が驚いて声を出そうとすると、黙って聞いてと小さな声が聞こえる。


「だって……あの人、ヴェルを宜しく頼むわねってこっそりお願いしてきた。

 だから、だからあの人の事を忘れられるように、ヴェルを誘ったのに……」


 声がもっと小さくなっていく。

 どいつもこいつもと言いたいのは、こういう時なんだろう。

 ここまで言わせて僕が何も言わないのは駄目だろう。


「フローレンスお嬢様……いいえ。

 フローレンス、ごめん」

「別にもういいわよ……。

 ついでに、毛布でも持って行って外寒いだろうし」

「うん」

「ぜええったあああい、ヴェルよりいい男見つけるんだから」


 僕以上の男か、直ぐにいるだろう。

 なんだったらクルースだって、僕とは性格は違うけどいい奴だ。


「直ぐに見つかりますよ」

「だといいけど……、ほら、もう行った行った」

 

 僕は鍵の閉まった扉に礼をして階段をゆっくりと下りた。

 食堂には店主が居て、僕の顔を見て驚く。

 どうやら、外に行く人間に少しでもと食べる物を渡してるそうだ。

 僕もパンとワインを貰って外に出た、一度だけさっきまで居た最上階の窓を見る。

 カーテンは閉まっていて中は見えない、そして練習場に向けて走る事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ