70 彼女が助けてくれた理由
赤の旗が振られた。
静寂のあと歓声があがり、王国の勝利となる。
僕は構えた練習用の剣をそっと降ろした。
なぜ僕はここにいるのか、なぜ練習試合に出ているのか……。
事の起こりは二日前。
マリエルが見せた新種の毒。
皇太子であるミニッツは青い顔をして頭を振った。
彼曰く、それこそが彼を悩ませる種らしい。
帝国と王国の一部が結託した王位奪還作戦。
前回の世界でマリエル達が死ぬ原因となった事件だ。
ミニッツは直ぐに調べると言ってくれた。
しかし時間がかかるのだ。
思いを中断させるかのように、フローレンスお嬢様がリングへと上がってくる。
「ヴェルすごいすごいすごいすごいすごいす……、いったーっ。
いきなり叩かないでよ」
「すごいの連発で頭がおかしくなりそうでしたので」
「でも、これなら顔無しさんに勝てるんじゃない?」
さんづけか……。
そう、さらに顔無しとフローレンスお嬢様の問題だ。
よりにもよって、フローレンスお嬢様は顔無しと付き合ってもいいと言い出した。
あの後フローレンスお嬢様を迎えにいった先での出来事だ。
アデーレ曰く、僕らが王子と会話している間に顔無しがフローレンスお嬢様と会っていた。
そこで、顔無しは不自由はさせるつもりは無い、伴侶として付き合って欲しいと申し込んだ。
黒篭手や帝国での地位などは、フローレンスお嬢様がイヤといえば捨てるとまで言い切ったと、聞いた。
その事を少し興奮しながらフローレンスお嬢様は僕へと話してきた。
でも、顔無しの事はよくわからないし少し考えさせてと言った。
当然だ。
怪しすぎる。
だったらと、顔無しが王国との練習試合があるので、そこで強さを見せようと短く言ったのだ。
顔無し曰く、そのほうが守れる強さを証明出来ると。
試合は六日間。
王国側からは、マリエル、アデーレ、それとなぜか僕。
フローレンスお嬢様は、僕のほうをみると試合に出てとお願いしてきた。
別に、顔無しの事はそこまでイヤではないらしい、でも、確かめたいと言っている。
帝国側からは顔無しと、ジン、その他大勢。
試合方式はトーナメント制で三十二名。
優勝者には、帝国より望む物が与えられるという。
正直。
正直、ダシにつかわれるのはあまり嬉しくは無い。
しかし、一度は好きだと思ったフローレンスお嬢様の願いだ。
僕はわかりましたと答えた。
試合が終わり観覧席をみると、ヒメヒナさんが僕を見て手を振っている。
ヒメヒナさんは城に入ってから正式な面会はまだ無い。
しかし確実にいる事だけは今わかった。
彼女も彼女で、あれ以来僕に接触はしようとしてこない。
「あまりくっつかれると、他の人に視線が痛いです。
顔無しに闇討ちされるかもしれませんし」
「たぶん、あの人はそんな事しないわよ」
「そーですか……」
「あ、ヴェルちょっと不機嫌になった」
「なってません」
「なったって」
「次はアデーレの試合です、降りますよ」
僕は特設リングを降りた。
交代でアデーレと帝国兵の姿を見る。
なお、この試合の勝敗は相手が参った、もしくは審判がストップをかけるか、セコンドという仲間がストップを入れるまで続けられる。
八百長などを防ぐためであり、審判に納得ができなければセコンドが物言いを出す事でも出来た。
聞くと、王国でも同じルールらしく評判はいいらしい。
十六名までになり試合は終わった。
当然というか運がいいというか、僕ら王国側は全員勝ち残った。
帝国側は、顔無しは当然として大男のジン勝ち残っている。
二人の対戦相手はともに棄権し勝ち残っていたのを確認した。
「さて、町へいきましょうか」
「そうですね」
マリエルと僕とコーネリアは城下町で宿を取る。
万が一毒が盛られたらと思い、城へは泊まらなく宿も毎回変えているのだ。
フローレンスお嬢様は城に泊まり、護衛は女性達が交代で泊まっている。
今日はアデーレと一緒だ。
マリエルが腰を上げたとき、汗だくのダルマが走ってくる。
「これはこれは、一回戦おめざんす!」
「これは、マキシム第三部隊隊長。
お褒めに預かり光栄です」
「こんなヘンピな場所で合った時はおどろいたざんす。
しかもハグレをつれていて、これは王国に謀反ありと思われますざんすよ」
「それはこちらもです、私達は交流試合という形で手続きをしていますけど、マキシム第三部隊隊長は本国に確認した所病気休暇という形ですが、帝国にいる理由がわかりませんわ」
お互いに火花が見える。
「フン、病気の治療ざんす。
王国以外の空気も試さないとざんす、帝国の知人に会うだけで申請はちょっと遅れてるだけざんす!」
ねっとりとした眼で僕達を見ると一人下がっていった。
マリエルがその背中へと、声を出さないで口パクをする。
おそらく。
しね。
と言ってるのだろう。
「隊長……」
「アデーレ大丈夫よ、聞こえないように言っているから」
「そういう問題ではないかと」
そう、フローレンお嬢様との合流後、廊下でばったりあったのだ。
相手は会いたくないとい顔をし、マリエルもげっという顔をした。
それからちょいちょい、ちょっかいをかけに来る。
本日終了ーというマリエルの声とともにフローレンスお嬢様達と別れた。
城から出ると僕らは適当な宿へと入り、衣服をゆるめる。
流石に一人部屋でだ。
正式に交流試合となり、宿や食事は完全フリーパスのカードを貰っている。
城下町であれば、好きな場所に泊まり好きなだけ食べてくれという、まさに夢のようなカード。
城への出入りも自由だ、もっとも城に入ってもいける場所は客室と闘技場がある練習施設だけで他は入れない。
誰もいない部屋の鍵を確認する。
「よし、ちゃんとかかっている……」
そっと左腕の黒篭手へと手を伸ばす。
「しかし、毎回僕からお願いしないと会えないってのも不便かな……」
視界が切り替わった。
どうやら会ってくれるらしい。
オオヒナは読んでいたらしい本を閉じると僕の顔をみた。
「今日はなんじゃ……」
「情報共有というか、怪しい人物はいるかなって……」
「わがはいから言わせれば、どいつもこいつも胡散臭い。
黒篭手を狙いながらも交渉に来ないヒメヒナや、箱の事を持ち出してこないミニッツという王子もじゃ」
「あ……」
「じゃが、全部わがはいには関係ないと言えば関係ないからのう」
二の次が告げない。
何か話題をと思い気になった事を聞いてみた。
「あの、じゃぁなんで僕を助けたのかな。
あの晩、オオヒナの力が無ければ僕は死んでいて篭手は帝国に奪われていた」
「……………………似ていたからじゃ。
もちろん魔力の相性もあったのじゃが…………」
「だれに?」
オオヒナの顔が少し赤く、そっぽを向く。
振り向くと、怒鳴るように僕に言ってくる。
「感謝するんじゃな! お主の顔がスズメの愛した男と似てなかったら、助けなかったのじゃっ!」
「え、あの……、スズメって篭手を作った人だっけ?」
「言ったじゃろ、わがはいはスズメ人格から生まれた人外な者達。
それゆえ好みも似るんじゃ……」
となると、オオヒナが僕に親切にしてくれたのは、僕に好意が芽生えてたからという事になる。
でも、僕はマリエルやフローレンスお嬢様が好きで、オオヒナは当然それを知っている……。
「えーっと……、何かごめん」
「謝るな、わがはいが恥ずかしい」




