50 命の恩人達
思ったよりも傷は深かった。
と、いうのはアレから数日たつのに今だに腕を動かすと痛いからだ。
足もなえており、昨日までは立つ事も難しかった。
今は立てるけど、走る事はまだ出来そうにまだない。
フランに言わせると、それでも回復は早いらしい。
「にいちゃん、飯もってきたよー」
「きたよー」
僕が寝泊りしている小屋の扉が開く。
フランと一緒に住む二人の子供、トモとミヤだ。
僕はお礼を言う。
「ありがとう」
「おとっつあん、それは言わない約束だよ」
トモが芝居かかった口調で喋ってきた。
思わず微笑むと大人の女性の声がかかる。
「どうですえ? 体のほうは」
フランだ。
トモとミアと一緒に付いて来たのだろう。
「お掛け様で、後数日もすれば完全に動けると思います」
「そうですかえ」
「フランのおかげです」
「嬉しい事をいうんですえ、まぁ貰うもんは貰ってるさかいに」
ガランガランと、遠くで鐘の音が聞こえた。
フランも僕もその音で会話が止まる。
「トモ、ミア」
「「はーい」」
二人が駆け出して小屋から出て行った。
「柵につけている呼び鈴ですわえ、そんな緊張しなくても大丈夫さかえ」
「緊張してましたかね」
「王国の追っ手もここまではきいへんえ」
僕の顔を見た後に、フランは微笑む。
「そない驚いたしなさって変った人やえ。
だって、あんさん王国から逃げてきたんやろ?」
「…………結果的にそうなっただけです」
逃げたくて逃げたわけではない。
「何かあったかしらへんけど、あんさんの古傷をえぐったかえ?。
ウチも言い過ぎたさかえ、堪忍」
「こっちも、ごめん。
古傷とかじゃなくて……言葉が出ないです」
小屋の扉が開く。
トモが入ってきた。
「ママー、オジサンが来た。
オーフェンのオジサン」
「はぁ、あの馬鹿またきたんですかえ」
フランの声と同時に、小屋へ入ってくる青年。
男というのに背中まで届く金髪、首の後ろで紐でまとめてあり、馬の尻尾にも見える。
旅慣れしているのか複数ポケットが付いた袖の無い上着に、半そでの服。
腰には短めの剣が二本付いていた。
背後にはミアがしがみ付いて遊んでいる、
「フラン姐、小屋に居るって聞いたから……」
言葉が止まる。
フランの後に僕を見たからだ。
「えーっと、ヴェルと言います」
「オーフェンだ……」
なぜか気まずい。
オーフェンは僕を睨んでいる。
「フラン姐っ!」
「なんどすえ」
「趣味がわるくないか?。
そんな男に困っているなら俺が今すぐに、極楽へいかせてやる!」
あー……。
いわゆる僕は間男と言う奴と思われているんだろう。
オーフェンは、ミアを背中から降ろすと、腰のベルトを外した。
上半身のベストを取りシャツも脱ぎだす。
いやいやいや、なんで服を脱ぐし。
フランを見ると、指をポキポキと鳴らし始めた。
「オーフェン、愚息を出すのと、胴と頭が離れるのとどっちがいいかえ?」
「愚息!」
「……」
「……」
即答できるのが凄い。
気付いたら、フランの手には既に紙のような刀身の剣があった。
ムチのようにしなる、自由自在の剣。
長い刀身はオーフェンの首元にある。
「わかった、冗談だよ、冗談」
オーフェンはしぶしぶ服を着始める。
「あの、勘違いしているようなので」
「あっん?」
「僕は傷の手当で厄介になってるだけで、そういう特殊な関係では」
「へ、口では何とでもいえるわなっ」
完全にすねてる。
「そうやえ、口では何とでも言えますわえ。
アイシャ、コウラン、スグモ、サトコ、アイ、ミンシア、フレック、マーシャル、ネイネイ後は……」
フランは女性の名前を次々に言い出す。
オーフェンは直ぐにフランへと土下座をした。
「その節は悪かったっ!」
「あの……?」
「この馬鹿が、ウチと付き合っている間にした浮気相手の名前ですえ」
「本命はフラン姐だけ!」
「よくいうますわえ、で。
今日の用事はなんどすえ? デート代の前貸しかえ? 前のがまだ返してもらってへえんけど」
思わず白い目でオーフェンを見つめる。
最低だ。
散々浮気しながら元彼女にお金をせびりに来る男。
「お前にそんな白い目で見られる筋合いはない。
考えても見ろ、男がいて女がいる口説かないほうがおかしいじゃないか。
デート代は男が持つもんだろ」
僕としては余りわからない理由を力説される。
しかし格好は以前として土下座のままで説得力がまったくない。
散々口説いた結果がこの始末である。
「で、幾らほしいんえ」
フランが諦めた声で服の胸元へと手を入れた。
中から小さな皮袋が出てきた、紐を解くと中の金貨を数えてるらしい。
出すのか……。
「今日は金のせびりじゃなくて、仕事の話だ。
その、なんていうか……」
「なんや、はよいい」
「姐さんすまん、箱が盗まれたっ」
「ウチ、ちょっと耳がわるうなったも知れへん」
「重々承知してます。
でも、フラン姐聞いてくれ。
俺が悪いんじゃなくて、ジンの一派が横からというか」
オーフェンはポケットからハンカチをだして、顔の汗を拭いていく。
「失敗は誰にでもあるとおもってますえ。
まぁええ……。
所でその手に持ってるのなんなんえ」
短く言うフランは、オーフェンの右手を指している。
僕も横からみるがレースが付いた黒いハンカチにしか見えない。
「何ってどこからどうみてもハンカ――」
自ら広げるオーフェン。
そのハンカチは三角上の布になっておりレースと刺繍が可愛らしく付いている。
広げるとハンカチと思っていた物は何処からどうみても、下着。
それも女性物だ。
「――チじゃないですねっこれ」
ミアが気付いて騒ぎ出す。
「ママのぱんつー」
ミアが叫び、隣のトモが聞く。
「ミア、本当か?」
「うんっ、だってママと一緒に買いに行ったもん。
でも、こないだから無くなったって言ってた」
トモの質問に、ミアが元気いっぱに答えた。
「聴いてくれ、先日来た時に家に行くと誰も居なくてな。
無用心と思った俺は、大事な物を盗まれないように保管しようとな、ほら、だって勝負下着は大事な……」
泥棒に盗まれないように、先に盗んだ。
当然そんな理屈は通らないだろう、トモとミアが声を出して騒ぐ。
「オーフェンのドロボー」
「ドロボー」
フランの顔がにっこりと微笑む。
「死になさえ」
構えている剣を真っ直ぐにオーフェンへと突き刺す。
オーフェンも逃げるが、ムチのようにしなった剣が、次々とオーフェンへ向かっていく。
あちこちが破壊され、それでもオーフェンは謝りながら逃げていた。
「まったまったっ!。
それよりもっ、うお、あぶねえっ!。
ジン達に先にをこされっ。
フェイシモ村が襲われたっ!」
なっ!
フェイシモ村って……。
「フランっ!」
「ん? なんやえ」
「フェイシモ村が、マミレシア王国のフェイシモ村であれば話を聞かせて欲しい」
攻撃を止めたフランと、逃げ回るオーフェンの顔が険しくなり、僕を見ていた。




