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44 女の戦い

 新品に近いワラの上で寝転がる。

 現在居る場所は、村に一つしかない牢屋。

 壁は石をつんで作っており、建物の中は部屋が四つになっている。

 玄関、取調室、牢屋が二つ。

 僕はその最後の牢屋の中だ。


 あの後、怒鳴るルークスに対して特に反論する事もなく体を縛られた。

 騒ぎが大きくなり、事を知ったアルマ村長は悲しげな顔で僕を牢へと入れる事になった。

 懸命な判断と僕は思う。

 途中でフローレンスお嬢様が反対していたけど、マミ奥様に止められていた。


「にしても、まいったな……」


 恐らくこの扉や窓なら、本気を出せば蹴破る事が出来るだろう。

 しかし当然外には見張りは居るわけで、知り合いに危害は与えたくない。

 本当は一日様子をみて、未来が変ったのなら、そのまま村を抜けるつもりでも居た。

 マリエル達には人を使って手紙を渡せばいいかなと……。


「オオヒナ……。

 まだ寝てるの?」


 いまだ返していない黒篭手を触り問いかける。

 反応はない。


「やっぱ壊して逃げるか……」


 どう考えてもそれが良さそうだ。

 立ち上がり壁の硬さを確認すると、外からアルマ村長の大声が聞こえる。


「何も、自ら検分をしなくてでもすね。

 いえっ別にそういうわけでは……はい、大事な家族だったんです。

 何かの間違いであれば――それはもちろん。

 だからこそ、使いを出しました」


 壁越しなので聞き取りにくい。

 なおも村長の声が聞こえた。


「わかりました、全てお任せします。

 ええ、例えどの様な事になっても文句はいいません。

 悲しいですがそれも村を治めるためですので」


 辺りが静かになった。

 直ぐに建物の扉が開く音が聞こえる。

 取調室を通って真っ直ぐに僕の所へ来る足音。


 聞きなれた女性の鼻歌が聞こえ僕の牢の前で止まる。

 数度鍵穴の音が聞こえると鉄の扉が開く。

 

「やー少年、気分はどうかな」


 場違いな声。

 肩までの短い金髪。

 細く力強い瞳。

 そして懐かしさも感じるマリエルの声とともに顔が牢屋内を見渡してきた。


「ん? 私の顔に何か付いてる?」

「い、いえ……。

 その、綺麗だったので」

「あははは、少年は出世するよ」


 マリエルは照れたのか、鉄格子を叩く。

 鉄格子が、音を立てて曲がった。


「…………」

「…………」

「……ええっと、事故よ事故。

 ま、簡単な取調べね。

 聖騎士団第七部隊、逃げようと思わない事。

 起きた事と自分が下ことをいう事」


 白銀の篭手を僕に見せ付ける。

 小さな窓から入る光で、白銀の篭手が輝いて見えた。


「わかりました」


 部屋から出される僕は、隣の取調べ室へと通される。

 粗末な椅子とテーブルだけ。

 本来は三人でやる作業であったけど、今は聖騎士であるマリエルしかいない。


「先に座るわよ。

 よいしょっと」


 声をかけ椅子に座ると、僕へ座るように勧めてくる。

 黙って座ると、マリエルは僕の顔をみてため息を付く。


「やーねー、自分ばっかりが歳みたいじゃないの。

 掛け声かけて座ったのが恥ずかしいわね」


 僕は無言でいると、少しすねた顔のマリエルは喋り始める。


「場を和ませようとしてるんだから笑ってよ」

「あ、えーっと、マリエルは歳に見えないよ」


 僕の顔をみてにっこりと微笑むマリエルは。

 眠いのが欠伸をしながら話しかける。


「私、まだ名前言ってないわよ」


 細い眼が、さらに細めになる。

 言葉に詰まった。

 確かに、聖騎士団までは教えてもらったけど、名前までは教えてもらっていない。


「いえ、聖騎士で女性。

 さらに、単騎行動となると、美人で有名なマリエル隊長と思っただけです」


 自分でもいい訳が苦しい。


「本当っ!? いやー、少年君。

 君は良い眼をしてるわ、良く見ると顔もいいし。

 これで殺人者じゃなかったら、付き合ってあげてもいいわよ」


 気分を良くしたのが僕の顔を笑顔で見てくる。


「どうも……」


 切り抜けられた。

 ちょろ……、いや助かった。


「で本題に入るわよ。

 私が此処に居るのはこの際どうでも良いので」


 知ってる、祭りが楽しみで前夜から村に来てたマリエル。

 本来ならこの時間に村に来たのか。


「君は、川原で旅人を殺した。

 間違いないわね」

「そう……ですね」


 素直に頷く僕に、唇をすぼめ、んーーと、声をだすマリエル。


「随分素直なのね」

「結果は結果ですから」

「うんうん。

 まぁ、私としては過程も大事なんだけどね。

 えーっとあとは、そうそうその篭手つけてるとハグレと間違われるわよ。

 っても解らないか。

 要は私みたいな聖騎士の真似をするのはいいけど。

 別の聖騎士にいちゃもん付けられる事もあるわよって事」


 僕の右腕に嵌められている篭手を指差す。


「えーっと、その外れないんです」


 僕の答えに眉を潜めると腕を出してみてと命令される。

 言われたとおりに机の上に腕をおくとマリエルは篭手をさわり一部分を押す。


「外れるじゃない」


 僕の右腕から、あっさりと腕から篭手を外すマリエル。

 驚きのあまり声が出ない。


「あれ、どうしたの?」

「いえ、あの……ずーっと外れなかったので」

「何処かひっかかってのかもね」


 マリエルは黒篭手を調べている。

 内側をなぞったり、空いている左腕につけたりと、問題が何もないのかテーブルへと置く。


「特に何もなさそうなレプリカね」

 

 他人事のように軽く話すマリエル。

 外が騒がしくなる、男性と女性の喧嘩する声が聞こえた。

 僕とマリエルは顔を見合わせて、声のするほうを見る。


 取調べ室が開け放たれ、フローレンスお嬢様が飛び込んでくる。

 フローレンスお嬢様は、僕とマリエルを交互に見ると、マリエルの事を指を指す。


「ヴェルを殺したらダメっ! 出てってよ、このオバサンっ」


 あっけに取られたマリエルは僕とフローレンスお嬢様を交互にみて自らの顔を指差した。

 笑顔で笑っているが、こめかみに青筋が薄っすらと見える。

 喋る言葉の一部が強調されているのは気のせいか。


「なんだなんだ、少年。

 随分子供らしい彼女がいたもんだ。

 子供は我侭だからなー機嫌を取るのも一苦労だろう」

「ヴェルはそんな事思わないし、いき後れだからって心配して貰わなくても結構です。  それに私は知っているんだらっ、女性の聖騎士は見た目の歳が取らないって。

 若つくりしたオバサンが嫉妬なんてみっともない。

 子供子供って言いますけど……、少しは御自分の胸を見たほうが、あっごめんなさいねー」

 

 全然謝ってない、言葉では謝っているけど謝っていない。

 確かにフローレンスお嬢様の胸はそこそこに大きい、対してマリエルのは控えめだ。

 いや、そういう話じゃなくて、僕はマリエルをそっと見る。

 フローレンスお嬢様にも青筋ができ、マリエルの青筋が二個になる。


「あはは……これだから子供で我侭で無知な子は困る。

 聖騎士も歳はとるし、私はまだ十代っ」

「ごめんなさいね。

 じゃぁ老け顔なんですね。

 お仕事が苦労されているようですし、辞めた方がいいですよ聖騎士」


 部屋が暑い。

 夏だからなのだろうか、それ以外な気もする。

 僕はいますぐにでも、壁を壊して逃げ出したい衝動に駆られた。

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