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39 知るべき事とやるべき事

 甘い匂いや、焦げた匂い。

 それに、生臭い匂いなどが立ち込める場所にいる。

 大衆酒場という奴だ、それも一般人が入るような場所ではなく通が入るような店。

 周りの人間がガラが悪そうなのが沢山いる。

 足の高さが不釣合いの椅子に座り、目の前に出されている料理を眺めていた。


「お、ヴェル坊食べねえのか? これなんか旨いぞっ」


 僕をヴェル坊と呼ぶジャッカル。

 彼はまだマリエル達と一緒の時に捕らえた賊の一人だ。

 憎めない所があり、カーヴェの町へ引き渡した。

 僕の顔を見ると、壁の壊れた路地などお構い無しに引っ張り、再会に乾杯だと、この酒場へと連れて来られた。


 店の中は思ったよりも繁盛しており。

 カウンターの奥には数人の男性が料理を作り、幾つものテーブルが並んだ室内には顔の赤い男性達が昼間から出来上がっていた。

 僕らは空いているテーブルへと適当に座る。

 その間を抜けるように、僕と同じぐらいの歳に見える少女達が料理を運び急がしそうに働いていた。


「一応聞くけど。お金もってる?」

「ん? ヴェル坊が払うに決まってるだろ。

 いやー腹は減ってるが手持ちが無くなってな。

 一仕事する前に、いい親友に会ったもんだ」


 僕の言葉に当然という顔をすると、主人に向かい大声で酒の追加を注文する。

 それに親友になった覚えもまったくない。

 直ぐに色んな染みが付いた木製のコップが二つ、中身は麦酒が並々と注がれていた。


「飲めっ飲めっ。

 それとも俺の酒が飲めないってのかあ」

「僕が会計するなら、僕の酒でもあるわけですよね」

「こまけえ事は気にするな。

 そんな暗い顔をしたって人生つまらんぞ。

 一応聞いておくが、ヴェル坊お前少しは金持っているんだろうな……」

「それなりに。

 無かったらどうしたんです」

「その時は、ヴェル坊をおとりにして逃げる」


 麦酒を旨そうに飲みながら話してくる。


「所で、どうやってここに。

 確かにカーヴェで捕まえて貰ったはずだけど」

「ああ、戦いの間に逃げたのさ」


 戦い……。

 マリエル達の事だろう。


「王国の特殊部隊だっけか。

 俺も詳しい事はわからねえ、なんせ牢の中に居たからな。

 町の一部が壊れた時に牢も壊れてよ。

 さっさととんずら。

 所でヴェル、金を貸してくれ。

 もしかしたら金額によって何か思い出すかもしれん」


 真面目な顔で僕に金をせびるジャッカル。


「えーっと、僕が得するメリット無いんだけど」

「いや、別にいいんだ。

 ただな、ヴェル坊が何か知りたがってると思ってな。

 あの騎士達の最後を、いや、忘れてくれ。

 ふー食った食った、じゃぁな、ごっそさん」


 勝手に席を立とうとするジャッカルを僕は呼び止める。

 流石はその道のプロと言うべきか、僕が欲しい情報を餌にする


「わかった、金貨三枚で」

「……わかった。

 三枚だすよ」

「ひゅー、だったらもう少し吹っかけておけばよかったな」


 もとより交渉する気は無い。

 なんだったら、ここの代金を抜いて残った手持ち全部渡してもいい。

 ジャッカルは席に戻ると、追加で色々頼みだす。


「いいか、俺だって全部知ってるわけじゃない、あれは――」


 前置きをして、静かに喋るジャッカル。

 ジャッカルが壊れた牢から抜け出した時には、既に町の一部は崩壊していた。

 

 なんでも、反乱分子を引き込んだ罪で、第七部隊と第三部隊の一部は敵になったと発表された。

 その辺は、ファーからも少し聞いた。

 マリエル達を守る市民や、権力者も、敵とみなされ捕まっていく。

 それを助けるのに第七部隊と第三部隊の一部は奮闘するも……。


 戦いは日が落ちるまで続けられ。

 マキシム隊が率いる第三部隊と帝国の特殊部隊の連合チームが、過激派と内通している一派を殲滅したと発表した。

 ジャッカルは手のひらで、ナイフを刺す動作をして見せた。


「王国と帝国を蝕む毒は、和平の誇りをもって制したって、いけすかねえ奴が演説してたぜ。

 マキシムなんちゃらって奴だな。

 もっとも意を唱えた者は即捕まるんだ。

 誰も文句はいわねえ」


 僕はもう一枚金貨をテーブルに置く。

 ジャッカルは、その金貨を黙って僕へ付き返した。


「まぁ、こんな感じだな。

 俺はそれを見て混乱に乗って逃げた。

 昔から逃げるのは得意だからな、追加でもらっても喋る事はない」


 帝国側の作戦。

 仕組まれた戦いか。

 でも、それでは今の王国に対する宣戦布告になるのではないか。


「とはいえだ。

 一部隊丸々反逆者ってのは、さすがに無理があるだろう。

 今の女王だって孫が殺されたら流石に動くだろう」

「はい?」


 孫って何の話と、聞こうとした時、酒場の扉が勢いをつけて開いた。

 見た事もない男が大きな声で叫んでいる。


「おい、女王陛下が亡くなったっ。

 新国王はマイボルになりそうだ」


 酒場の中から驚きや悲鳴、様々な声が響く。

 

「おいっなんでマイボルだ。

 女王陛下には子供いや孫が居ただろっ」

「馬鹿っ、お前知らないのか。

 ファーランスお嬢様も一緒に亡くなった」


 僕は思わず立ち上がり、テーブルにぶつかった。

 幾つかの料理は床に落ちるも、全員が混乱していて誰も気に止める人はいなかった。

 僕はファーの名前を言った男性の肩を叩きこちらに向かせた。


「すみませんっ! えっと、ファー、ファーランスお嬢様も亡くなったって」

「おう、今朝城門の堀で浮いている所を発見され死亡が確認された。

 カーヴェの町が襲われたと噂を聞いたばかりだっちゅうのに。

 きっと城に戻ろうとして、安心のあまり川へ……。

 篭手も奪われ傷も酷かったらしい」


 それは無い。

 ファーは一度城に帰ってから僕の所に来ている。

 カーヴェの町に行くのに反対側の城に戻るはずは無いし、篭手だってつけていた。


「すみませんっ」

「ああ、今度はなんだ」

「えっと、もう一つ。女王陛下の孫って……」


 僕の言葉に、訳知り顔になる男。


「なんだ、おめえ観光で此処に来たばっかりか。

 しっかり覚えて置けよ。

 メリーアンヌ様の孫であった、ファーランス様は、その力を見込まれて聖騎士になった。 親友であるマリエル様と一緒に第七部隊を立ち上げ、王国を守るために活躍したよのっ」


 別の男が入り込んでくる。

 その男はカーヴェの町が襲われ、第七部隊が犯罪者として処罰された事を言いまわる。

 確認が取れない元第七部隊聖騎士には懸賞金されつけられたと、大声で話し出した。


「馬鹿野郎っ覚えていたってもう死んじまったら何も関係ねーじゃねえか。

 それよりもマイボルのほうだ。

 アレは女王や第七部隊を目の堅きにしてた奴だぞ、今後どうなるかわからんな……」


 酒場が騒がしくなり始める。


「お代、ここに置いておきますっ!

 ジャッカル外に出よう」

「ん、そうだな」


 ジャッカルはどさくさにまぎれて、料理を持ったまま外に出る。

 外でも、女王の死去や新国王が誰になるかとの予想など、あちらこちらで話していた。


 何が正解がわからない。

 けど僕はいま動く事の考えが決まった。

 可能性にかけたい。

 二度も好きな人を殺されて黙っているのは違うと思う。

 メリーアンヌさんは確かに言った。

 『あの篭手は過去を変えると聞いています』と。

 オオヒナは何かを知っているはずだ。

 

「ジャッカル、仕事を頼みたい」

「物による」

「いや、ジャッカルしか出来ないと思っている」

「ふーん、ヴェル坊が俺にねぇ。

 話を聞かせろ」


 僕はジャッカルへと、仕事の内容を伝える。

 全部聞いた後に、腹を押さえて笑い出す。


「まじか」

「無理なら僕が行くけど、成功率を考えるとジャッカルのほうが上手くいくと思っている」

「いやまぁ、物は違うが元からそのツモリで、王都に来たからな……。

 ああいいぜ、早いほうがいい、落ち合う場所を教えろ」


 ジャッカルは僕の願いを聞いてくれた。

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