10 宿屋の部屋で男女が二人
狭いながらも、整頓された部屋へと入った。
ベッドに机、使いこまれた毛布が一枚。
それとランプと水差しが置いてあった。
参ったな。
近くのベッドに腰をかけた。
今でも夢なんかじゃないと思う。
寝て起きたらフローレンスお嬢様が居てと。
いや、そんなわけはないか、ぐるぐる巻きにされた右腕を見て乾いた笑いがでた。
頭を押さえてゆっくりと瞳を閉じる。
バンッ!
部屋の扉が乱暴に開けられた。
片手に鉄製の箱をぶら下げたマリエルが、僕を見ていた。
驚いてマリエルを見ると、マリエルも驚いている。
「ふー……よかった、生きてる」
「えっ」
意味がわからず聞き返すと、小さな笑みを浮かべて答えてくれた。
鉄製の箱には料理が入っており、机に並べてくれた。
スープからは湯気が立っており、トマトの香りが部屋の中へ広がっていく。
「ノックしたんだよ? 返事がないからさ。
万が一変な事になっていたら困るじゃない」
ああ、なるほど。
絶望のあまり、僕が首を吊ったと思ったのか。
「すみません気づきませんでした」
ちょっと考えすぎていたらしい。
「ううん、いいのいいの」
マリエルが必死に生きる喜びや、生命の素晴らしさを喋り、僕に説き伏せる。
僕が事件のショックで自殺をするのではないか、と心配しているのだ。
そうだ、なぜ自殺をしなかったのか。
「――――だから、これは約束、命を絶つような事はしないでね」
マリエルが約束と、いう言葉を使う。
思わずマリエルの顔を見ると、突然の事でびっくりしたのか言葉が止まった。
「何っヴェル!?」
「いえ、大丈夫ですよ。
心配されなくても自殺はしませんし。
王都でしたっけちゃんと付いていきますので、そういう約束です」
「う、うん。それならいいんだけど」
僕がまだ引き取られて間もない頃。
フローレンスお嬢様に連れられて森へと遊びにいった。
遊びに行ったと言うよりは、僕が無理やり連れて行かれたと言ったほうがいいか。
夜になり案の定迷ったフローレンスお嬢様は泣き出し、道を覚えている僕が手を引いて森を抜けようとした。
そこに野狼が現れ、僕たちは小さな洞穴へ逃げたのだ。
村までの道のりはフローレンスお嬢様にも伝えた。
二人でここに居ても食われるのを待つだけである。
それならと僕はフローレンスお嬢様に伝えた。
僕が囮で出ますので村へ行ってくださいと、道は既に教えたし間に合うはずだ。
数秒きょとんとしたフローレンスお嬢様はいきなり僕の頬をグーで殴った。
『ヴェル。絶対に自分から死のうだなんてがんかえてはだめ』
『めいれいですか』
『ううん。やくそく』
だから僕は死んでないのかも知れない――。
「ふーん。
結構いい顔で笑うのねヴェルは」
黙っていた僕を、優しい眼差しで見ているマリエル。
「笑ってましたか」
「うん、さてスープも冷めないうちに」
僕の前に赤い色のスープとパンを差し出してくる。
固めのパンを一口かじる、直ぐに口の中の水分が無くなるのでトマトを煮込んだスープで胃の中へ流し込む。
半日ぶりの食事で胃が熱くなるのがわかった。
使い慣れない左手で食事を終え机の上に食べ終わった食器を戻す。
「所で僕の怪我は、何時まで隠せばいいんでしょうか」
いい加減生活に支障が出るのは避けたいし、篭手だって外してしまいたい。
確かに力は貸してもらった。
しかし、もう復讐する相手は、どこにいるかわからないし、こう嘘を突き通すのも悪い。
幸い王都に連れて行ってくれるというので、マリエル達に篭手を返し、仕事を探すとしよう。
丸椅子に手を付いて座っているマリエル。
僕を見ていた。
先ほどの慈愛に満ちた目ではなく真剣な目だ。
「最短でも、王都まではそのままかなー」
「篭手も外さすに、ですか?
この篭手が重要なのは察しがついてます、でしたらマリエルが、いえ。
聖騎士団が持ってもらったほうがいいんですけど」
あっと、小さな声をあげるマリエル。
「外さすにじゃなくて、外れないわよそれ。
試してみて」
余りにも普通に言うので包帯をとり始める僕。
その行為を見ても何も言わないで黙っていてくれるマリエル。
八割ぐらい外れた所で黒く輝く篭手が出てきた。
繋ぎ目である部分を探すも繋ぎ目が見当たらなくなっている。
「つなぎ目が無い?」
「だから困ってるのよ。
そもそも、私たち第七部隊はこの付近にハグレのアジトありって事で調査に来たのよ。ハグレというのはね」
「確か言ってましたね。
聖騎士の力を持ちながら国を捨てた人達」
僕の答えに拍手で答えるマリエル。
「よく出来ました。
で、すっごい簡単に言うとハグレの討伐が任務。
ヴェルが此処でその篭手を見せて歩くと私の部隊で処理をしないといけないの。
規定によって両手両足に縛り王都まで移送か、篭手の破壊とかしないと」
「いやいやいや、待ってください、篭手をつけている人間なんて他にもいるでしょ」
僕は反論する。
篭手をつけているからといって捕まえられたら騎士や冒険者だって表を歩けない。
「そりゃね、ハグレといえと全員が篭手をつけているわけじゃないし。
じゃぁ、紛らわしいから外してくださいって時に、外れないでしょ」
うっ……。
僕はもう一度篭手を見る。
黒く輝いている、軽く叩いても鉄のようで皮のように軽い。
「で、篭手に選ばれるというか、聖騎士でも途中で聖騎士を辞めたい人間がいるのよね。
そういう人は、王都で篭手を外す事が出来るのよ」
「僕を王都まで連れて行きたい理由がわかりました、この篭手はなんなんですかね」
「私達は篭手に選ばれ聖騎士になる。
その篭手は王都にあり、こんな地方にあるなんて聞いた事はないわ。
もしかしたらファーが知っているかもしれないけど……」
確かに知的に見えるファーなら、その辺も詳しいだろうなと想像する。
「自己強化を最優先させ、体に馴染ませるのに、一度はめたら数日から数年は取れないようになってるのよ。
そして外れたらさらに上のランクの魔道具に切り替えるの、本来は……ううん」
何かを言いそうになり首を振るマリエル。
「僕の事で、気になる事があったら言って下さい」
「わかったわ。
本来は、ハグレの腕を狩るような力の強い魔道具をいきなり付ける事はないのよ。
体に合わない篭手は自然に抜け装着できないのが普通なのよね」
確かにフローレンスお嬢様が、腕に付けた時は体に合わなく飛んでいった。
「困りましたね」
「ええ、とっても。
私としては被害者のヴェルをそんな風に王都に連れて行きたくないし。
でも任務もあるしーって事。
王都にいけば私の上司が居るので丸投げしようかなーって」
丸椅子の上で体をうにうにと動かす。
最後のほうは目線を合わせずに喋るマリエル。
「ちなみに篭手を、無理やり破壊するとどうなるんですか」
「篭手自体にも修復機能はあるし、滅多に壊れないんだけど。
取るとしたら腕を切り落として取るとか」
出来れば片腕には成りたくないな。
口の中が乾いたのかマリエルは水差しからカップへと水を移し口に含んだ。
強めのノックが聞こえた。
僕とマリエルは顔を見合わせる、この部屋に用事がある人間が見当たらないからだ。
僕は扉の前に立つ。
「だれでしょう?」
「ヴェルさんでしたか、二人とも服は着ていますでしょうか?」
ファーの声で、マリエルが口に含んでいた水を盛大に噴出した。




