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(十六)「つ」「ぬ」と「けり」の合わせ技

▼過去と完了は合体できる


 古語の助動詞の完了グループと過去グループは、繋げて使うことが可能です。順番は「完了→過去」で、逆はありません。

 完了グループは「つ」「ぬ」「たり」「り」の四つ、過去グループは「き」「けり」の二つですから、理論上は八つの組み合わせが可能ですね。


 しかしながら、使用される頻度が圧倒的に高いのは、「ぬ」+「けり」です。これは間違いありません。

 次に多いのは、統計を取ったわけではなく私の主観なので話半分に取っていただきたいのですが、「ぬ」+「き」、「たり」+「けり」、「り」+「けり」、このあたりではないかなぁと思います。


 とはいえ、今回のテーマは「けり」でやり残した「つ」「ぬ」と「けり」の合わせ技ですので、他の組み合わせは割愛しますね(笑)




▼「つ」「ぬ」と「けり」をくっつける


 ではまず、「つ」「ぬ」と「けり」をくっつけるところから始めます。

 「けり」は用言なので、その前に「つ」「ぬ」を置くのであれば連用形にする必要があります。連用形とか考えるよりも、固まりで覚えたほうがいいかもしれません。特に「ぬ」+「けり」の組み合わせはしょっちゅう出現しますので。


・「ぬ」+「けり」→「にけり」

・「つ」+「けり」→「てけり」


 「てけり」はあまり使われません。ですが、「てけり」の「けり」は確実に詠嘆になる特性がありますので、実はこっちをご説明するのが今回の主旨だったりします。(「てけり」がなければ、前回でこのエッセイ、一応完結できたんですけどねぇ(苦笑))


 なお、今回の例文では、文末に出てくるパターンしか使いませんので、連体形といった他の活用は覚えなくていいですよ~。




▼「にけり」と「てけり」の共通点


 「にけり」と「てけり」ですが、一応共通点があります。なお、説明のため、せっかく作った固まりですけれど、また分解しますね。何だかすみません。


 ・「にけり」→「ぬ」+「けり」

 ・「てけり」→「つ」+「けり」


 「ぬ」と「つ」は、ほぼ完了特化の助動詞ですので、同じ完了グループの「たり」「り」と違って過去の要素を持っていません。時制がないのです。

 ですが、過去の「けり」がくっつくことで、確実に過去の出来事だと示されることになります。


 普通に使っても、文脈的に過去+完了になっていることが多いんですけれど、「けり」(や「き」)がくっついていれば、間違いなく過去の完了ですね。


 ではそろそろ、「にけり」と「てけり」の違いに行きます。といっても大した内容ではないので、あまり期待せずにどうぞ(笑)




▼「にけり」の場合


 「にけり」の「に」の元の形は「ぬ」です。


 「ぬ」は必然の完了です。しかし、その出来事を語り手/書き手がどう受け止めるかについては、大きく二つに分けることができます。


 ア、必然の完了→予定調和とみなす

 イ、必然の完了→宿命だと考える


 事象を予定調和だとみなすのであれば、「にけり」の「けり」はただの過去になります。

 一方で、宿命性を見出すのであれば、そこには感動が生まれます。よって、後者の「けり」は過去+詠嘆の意味となります。


〔1〕お約束の「にけり」


 まずは、予定調和の「にけり」に行きます。

 自作の例文です。


 ――月、入り()()()。されど武蔵は未だ姿を見せず。


 この前半の文章は、単に時間の経過を示しているだけです。

 詠嘆の要素はありません。だって、月が沈んだことよりも、武蔵が来ないことのほうが重要ですもんね。


〔2〕詠嘆の「にけり」


 続いて詠嘆の「にけり」です。

 能の『羽衣』から引用します。他にも候補はたくさんあったのですが、ストーリーの説明が要らないという安易な理由でこれにしました(笑)

 ではエンディングをどうぞ。【注54】


――(略)(あま)つ御空の、霞にまぎれて、失せ()()()


 さて、この文章の少し前の場面では、羽衣を返してもらった天人が、お礼に舞を舞ってくれるわけですが、天人は天に帰るのがさだめです。人間がどんなに願おうが、天人を地上に留めることはかないません。だから「ぬ」が使われるわけです。

 それで、ここの「けり」ですが、どこからどう見ても詠嘆です。天人が天へ帰ってしまうのが、『羽衣』の最大の見せ場なのですから。




▼「にけり」の「けり」は難しい


 このように、「にけり」の「けり」は文脈によって意味が違ってきます。さらに問題なのは、書き手がそう思っていても、読み手が同じように思ってくれない可能性があるという点ですね。


 前項で取り上げた二つの例文の「けり」ですが、できる限り短く、かつ

〔1〕お約束(単なる過去の叙述)

〔2〕詠嘆

であることが分かりやすい文章を使ったつもりです。


 ですが、もしかしたら、どちらも「お約束」に感じられる方、あるいはどちらも「詠嘆」に感じられる方もいらっしゃるかと存じます。

 これについては個人の感性ですから、一つの解釈を強制することはできません。「けり」は過去・完了グループの中で、最も幅広い意味を持っていますし、受け手によっても解釈が変わるからです。

 人ぞれぞれの感じ方を、書き手側で完全にコントロールすることはできません。


 よって、「にけり」の「けり」の場合は、単独の「けり」同様に、詠嘆と過去のあいだに、きっちりとした境界線を引くことはできません。……ただし、「てけり」の場合は、話が変わります。




▼「てけり」の場合


 「てけり」の「て」の元の形は「つ」です。


 「つ」は偶然の完了です。よってこの場合は、語り手/書き手にとっては、良いことにせよ、悪いことにせよ、予期しない出来事が起こったことを意味します。


 ・偶然の完了→驚き、心の動き


 予期せぬ出来事が起こった場合、全く心を動かさない人はいないでしょう。すなわち、必ず感情や心の揺らぎが生じることを意味します。

 よって、「てけり」の「けり」は、確実に詠嘆の要素を持つことになります。


 「てけり」を用いた興味深い例文がありますので、ご紹介しますね。

 今まで二回、アルフレッド・テニスンの詩を孫引きでご紹介しましたが、今度は別の翻訳です。坪内逍遥訳でどうぞ。【注55】


 ――突然 織り物はひるがへり 糸は八散してたゞよひ()

   憂然として明鏡は まッたゞなかより割れ()()()

   天罰 我が身にくだり()

       シャロットの姫は叫び()()


 比較用に、最初に使った橋本福夫訳も三度引用しますね。【注56】


 ――織物はとびちり、ひろがれ()

   鏡は横にひび割れ()

   「ああ、呪いがわが身に」と、

   シャロット姫は叫べ()


 英語の原文【注57】に近いのは、橋本訳のほうです。坪内訳は何となく七五調に近い韻律に持っていきたかったようで、創作が入っていますね。

 その点をふまえて、二行目の文末をご覧ください。


 ――憂然として明鏡は まッたゞなかより割れ()()()


 ――鏡は横にひび割れ()


 「つ」と「ぬ」の使い分けの時にご説明しましたように、鏡は勝手に割れたりしません。超自然現象です。


 後者の福本訳では、あり得ざる現象に、あえて必然の「ぬ」をあてることで禍々しさが表現されています。

 一方、前者の坪内訳では、「つ」が用いられているので橋本訳のような異様な雰囲気は無くなりますが、「けり」によって詠嘆が表現されることになります。【注58】




▼「てけり」と「にけり」 二千年に一度の夜


 「つ」「ぬ」の使い分けの時に、「夜来たる」を例に挙げて、二千年に一度の夜が訪れる瞬間をどう表現するか、という問題を取り上げました。

 あの時は「つ」「ぬ」の二択とさせていただきましたけれど、本当なら「てけり」「にけり」の二択にするべきだったんですよね。どちらも間違いではありませんので、簡単に作文してみます。


 ――(つい)の日、入り()()()

 ――終の日、入り()()()


 前者「てけり」の「けり」は確実に詠嘆です。

 しかし、後者「にけり」の場合は、どちらかは判然としません。最後に残った太陽が沈むことは、決まっているので、ここにある「ぬ」はお約束の「ぬ」なのです。よって、これを宿命の「ぬ」+詠嘆の「けり」にしたいのであれば、前後の文脈をきっちりと詰める作業が必要になりますね。

 「てけり」なら文脈不要で「けり」が詠嘆になってくれるのですけれどね。


 「にけり」は便利なのでよく使われますが、その一方で使われすぎて陳腐化としてしまうという弱点もあるのです。テンプレ化と申し上げてもいいかもしれません。

 しかしながら、「てけり」は使う機会がなく読者に伝わらない可能性大です。

 よって、実用範囲にあるのは「にけり」だけ……ということになるのでしょうが、そもそも「ぬ」すら伝わるかどうか怪しいんですよね(苦笑)


 以上、実用性のかけらもない、「つ」「ぬ」と「けり」の合わせ技についての解説でした。個人的には、二千年に一度の夜ほどのレアケースじゃない限り、使う必要はないと思っています。




 オマケとして、最後の日没の例文があまりに地味すぎるので、係り結びを入れてごまかしたバージョンもご紹介しておきますね。私の作文なので、結局は地味にしかならないんですけれど(涙)

 ここだけは、「けり」の連体形「けり」と已然型「けれ」を使いますので、ご了承ください。


・「てけり」版

 ――終の日ぞ、入り()()()

 ――終の日こそ、入り()()()


・「にけり」版

 ――終の日ぞ、入り()()()

 ――終の日こそ、入り()()()


 「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」のうち、強調として使えるのは「ぞ」「なむ」「こそ」の三つです【注59】が、「なむ」は好みじゃないので、省略させていただきました。




 次回は、過去・完了グループの助動詞しかチェックしない名作鑑賞です。

 更新予定はいつも通り、未定です。







【注54】

 参照元と原文です。能なので、実は所作も結構入っているんですよね。


「羽衣」

『謡曲集1』〈新編日本古典文学全集58〉(校注・訳者 小山弘志・佐藤健一郎、小学館)三八九頁


 ――(略)(あま)つ御空の、(かすみ)にまぎれて、失せにけり(留拍子を踏む)。




【注55】

 過去・完了グループの助動詞に振った傍点を外し、かつ、行頭のずれを元に戻して、再掲載します。


(引用開始)

突然 織り物はひるがへり 糸は八散してたゞよひぬ

憂然として明鏡は まッたゞなかより割れてけり

天罰 我が身にくだりぬと

    シャロットの姫は叫びけり

(引用終わり)


 出典は「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)です。


「シャロットの妖姫」アルフレッド・テニソン(坪内逍遙訳)

http://www.aozora.gr.jp/cards/000140/files/740_20917.html




【注56】

 過去・完了グループの助動詞に振った傍点を解除して再掲載します。


(引用開始)

織物はとびちり、ひろがれり

鏡は横にひび割れぬ

「ああ、呪いがわが身に」と、

シャロット姫は叫べり。

(引用終わり)


 出典は【注19】【注38】と同じなので省略。




【注57】

 調べたらちょっとずつ違う英語の原文がありまして……いずれにしてもパブリックドメインなので、適当に選んで引用してしまいますね(汗)


(引用開始)

Out flew the web and floated wide;

The mirror crack'd from side to side;

"The curse is come upon me," cried

    The Lady of Shalott.

(引用終わり)


 出典は「Poetry Foundation」(https://www.poetryfoundation.org/)です。


 直接の参照元は

The Lady of Shalott (1832) by Alfred,Lord Tennyson

https://www.poetryfoundation.org/poems/45360/the-lady-of-shalott-1842

です。




【注58】

 面白いことに、英語版の原文には「てけり」と「ぬ」のどちらのニュアンスもないんです。単に「割れた(crack'd)」と言っているだけなんですよ。

 (英語文法における)完了があるのは、呪いがふりかかってしまったという三行目だけですね。坪内訳では、ここに「ぬ」を入れていますが、そもそも英文法と日本語古典文法における「完了」は意味が違うので、「ぬ」の使用だけをもって、こちらのほうが近いと言うことはできません。




【注59】

 「や」は反語、「か」は疑問、なので使うとおかしなことになります。

 余談ですが、係助詞「か」を使った係り結びで有名(?)なのといえば、


 ――「誰かある!」


ですよね(笑)。よく使われる慣用表現なので逆に意識されていないような気がするんですけれど、これは係り結びです。係助詞「か」によって、動詞「あり」が終止形「あり」から連体形「ある」に変化しています。





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