第五十三話 実践練習、開始
「リトル!今日からまた練習再開だね」
授業終わり。いつものようにルミナの元へと行くべく、中庭へと向かおうかというところで、今日はルミナの方から声がかかった。いつもは練習場所に先についているのだけれど。
「今日はわざわざ迎えに来てくれたの?」
「今日からはちょっと違った練習をしようと思ってね」
あ、これは……
私は察しがついた。心を読んで会話できるのはルティアとスケールの二人だけで、私は前々から空気を読むのは苦手だ。
じゃあ、なんでわかるか――それは昨日の一連の騒動だ。
スケールの様子を見に行ったら、アネモスが帰ってきて、一緒についていっていたルティアとリアはボロボロの格好になって……それで、聞けば魔術の実践練習をしていたのだとか……。
「あ、もしかしてアネモスから聞いたのかな?」
どうやら私は今かなり青白い顔をしているのだろう。私を弄ぶような口調で聞いてきた。
「まあ、察しがいいようだから、先に答えを言うと……『実践練習』をしようと思って」
ああ……やっぱり……
昨日の私がもしあの光景を知らなかったのなら、喜んで行くところなのに、今は恐怖でしかない。
実践練習……それはこの施設の敷地外に赴いてそこで実際に生息している、獣やモンスターを倒す。そうすることで技術を磨く、という練習方法のこと。そのぐらいはなんとなく想像がつく。
だから不安なのだ。
私は雷属性の魔術をまだ上手く操れる状態ではない。街や森を焼け野原にしてしまうわけにはいかない。それに木はよく燃える。少しでも火が付けばどんどん燃え広がってしまう。
どうするつもりなのだろうか。
「なんでそんな嫌そうな顔してるの」
ルミナが不思議そうに聞くので、私は昨日の一連の出来事を一から十まで全て伝えた。
「なるほどね……でも大丈夫。私はそんなスパルタにはしない」
そうだよね、ルミナのこれまでの教え方も、少々言葉は強かった気もしなくはないが、決して厳しくはないと思っていた。だから、少しは安心できる。
ただ、私はふと一つ疑問に思うことがあった。
「ねえ、ルミナ、なんでアネモスはルティア達の傷を治さずにボロボロのまま連れて帰ったの?」
私達の能力が特殊であることも、それで長年苦しめられていることも、長による支配化で暴走した国民によって祖国から追い出されたこともみんな、みんな知っているはずなのに。私達に能力を使わせるなんて、そんな酷いこと……。
ただ、その質問の答えは、全く想像に及ばないものだった。
「アネモスには、治癒魔法を使うのに制限がかけられているのよ」
「制限……?」
思わず私は聞き返す。
「そう。大魔術師になると強くなる代わりに治癒魔法を使うのに制限がかかる」
聞けば、大魔術師という称号を得たものは膨大な魔力を持つようになり、それとともに強くなる。だから負けたり大怪我を負わないのが普通。治癒魔法にも制限がかけられてしまうとのこと。さらに大怪我を負い続けたり、治癒魔法を制限に達するほど使いようなことを繰り返したりすると、その称号は剥奪されてしまうらしい。
「以外と複雑なんだね」
「そうなの。でも安心して。君達の能力のことはもう十分知ってる。無理に使わせるようなことはしない」
ルミナは窓ガラスに手を付き、遠くの空を眺めるようにして言う。結露で曇った窓の上を小さな指が撫でた。
「アネモスの治癒魔法が使えなくても、既に施設内に貼ってある結界の下に連れて行けば傷も癒える」
ルミナは翡翠色の瞳を細め、どこか言いにくそうに言ったが、私はあまり深く考えようとはしなかった。したく、なかっただけだけれど。
✳︎
ルミナに連れられて、私は久しぶりに施設の敷地外へと踏み出した。今日はこの間とは違って街中は静かでどこか閑散としているように感じる。路傍に置かれたベンチや花壇にはうっすらと雪が積もっていた。
街を抜けると、そこには森が広がっていた。葉は風と共に散り、白い雪の上の一角、木の根元に茶色い絨毯を形作っていく。葉を失った木々たちは晒した幹の上に受け身のように雪の塊を被っている。それがどこまでも広がる様は、寒々しいが、どこか美しくもある。
何度か説明はしているが、元々この星には季節というものは存在しないようなものだ。天気は雪か、曇りか、晴れのどれかで常に寒い。降ってくるものは全て遥か空の上で氷の粒となってそしてそのまま降ってくる。雨などという現象は、ない。
ちょうどその森の入り口あたりでルミナは静かに足を止めた。
「今日はここの一帯を使って練習する」
え……?
私は何度か瞬きをして、目の前に広がる光景を疑った。何故なら、目に映っているこれは、人工的に作られたようなものでもない、天然の自然だからだ。それに街も十分すぎるぐらいに近い。
「そんな、だって、こんなところで練習したら――」
「大丈夫だよ。ここは環境保護区域の外側だからね。前アネモスと初めて外に出た時にも通った場所じゃないのかな?」
心配する私の発言を遮るようにルミナは答え、そっと微笑む。
ああ、そういえばアネモスと初めて入った時も食料にするためにコレヌーディアを容赦無く殺して、焚き火を起こしてワイワイした。あの時はまだ雪が降る前だったし、木も落葉する前だったから、違うように見えたが、考えてみればあの時もちゃんと保護区域を避けて行っていた。
「でも、こんなところで魔術を大胆に使うと、それこそ大惨事になりかねない……」
「だから、ちゃんと結界を貼ってある。君が不安に思うだろうことは全部回収済みだから安心して」
ルミナはそういって軽く微笑んだ。
それなら少しは安心だ。少しは。
「それで、どうやってやるの?」
他にも色々とやることがある。大体この一帯を焼き尽くす練習ではないし、練習には相手となる獣やモンスターがいなければ始まらない。
「まずは、標的を探すんだけど……ずっと歩いていては日が暮れてしまうでしょ?だから特別な音を鳴らす。この音は獣やモンスターの感情を昂らせることができるんだ」
私が聞くと、任せてとでもいうように胸を張って説明を始めた。これなら確かに余計な心配は要らなそうだ。
ルミナは何やら笛のようなものを私に見せた。木の幹を削って作ったような作りをしている。リアが持っている笛と少し似ているが、太さはこっちの方が太く、長さはやや短めで大きい。
ルミナが吹き口を咥えて勢いよく管の中に息を吹き込むと、それは音を出した。
耳の中にツンと残るような、ものすごい高音だった。勢いよく吹けば吹くほど音は高くなり、もはや私の耳では聞こえないほどの高音が鳴った。聞こえないが、ただ耳の奥に重く突き刺さるような感覚が残るような、そんな音だ。
「私はこれを鳴らしながら先をいく。リトルは周りに警戒しながら、獣が出てきたら魔術で倒すんだ」
私の方を一瞬チラリと見て、ルミナはそのまま歩いて行こうとした。私はその背中を追う。
これは、かなり難しい練習になりそうだ。理由は簡単。どこから敵が迫ってくるのか分からないからだ。常に自分の周りに警戒の膜を張っていなければ突然飛び出してきて襲われるかもしれない。
恐ろしい。
私は手先から足先まで小刻みに震える感覚を覚えた。
私の不安と緊張をよそにしてどんどん先をいくルミナ。その足取りは驚くほどに軽く見えた。私は慎重に慎重に足を進め、ついに結界が張ってある実践練習の領域の地面を踏んだ。
深くまで降り積もった雪が私の靴を濡らし、雪解け水の冷たさが生地の隙間からじわじわと入り込む。
ああ、そうか。雪の危険性も考えなければ。
これは、一筋縄ではいかないな……。
私の弱すぎる魔力と、中途半端に習得した魔術……それを思うと不可避にしか思えなくなってきていた。




