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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第四章 隣国・ミリステッド国 保護編
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第四十四話 始まりの場所




「ん……?」


 瞼の奥が、陽の光で撫でられる感触がして目を開けた。


 多くの水蒸気を含んだ、冷ややかな空気が吹き抜けた。太陽の光が葉の茂りの間を通って細く散りばめられて、少し湿った地面に影を落としている。


 私はそっとかけていた毛布を剥いで立ち上がった。大きく伸びをする。心地の良い、少し湿り気のある空気が鼻を駆け抜けた。


 木にかけておいたローブや服に着替える。朝日を浴びてとてもいい香りがする。


 水属性と炎属性は本当に使い勝手が良い。こちらが覚えられない……ああ、いや、覚えるのが難しいというのが悔しくなるほどだ。水と炎以上に使える魔術など、何があるのだろうと考えてしまうほどに使える。


 昨日、アネモスが香り付きの水魔術で服に付いた汚れを洗い落とし、リアが弱い火魔術で乾かして綺麗にしてくれたのだ。本当に、いい術だとつくづく思う。


「お、起きたか?」


 木陰から、眠そうな低い声がした。潤った血赤の瞳が薄く光る。


「ソルフィア……おはよう。君もちゃんと寝たんだね……良かった。君のことだからずっと見張りしてたのかと思ったよ」


「見張りだよ……まあ、途中で寝落ちちゃったがな……一応シールド貼ってたらしいが、不安だったから少しの間は起きてたさ」


 大欠伸をしながら彼はそう答える。

 

 野宿なんてしたら背中とか痛くなりそうだと一時期思ったが、よくよく考えてみれば今まで岩の上とかでも寝てたわけだし、そのあたりは全然大丈夫だった。


「あれ……?その角……」

 

 直後……私は一つの違和感に気付いた。彼の頭に生えていたはずの角が()()()()綺麗に無くなっていたのだ。


「折った」

「は……?」

「だから、折ったんだよ。今回は邪魔だからとかでは無くて、周りの人達を怖がらせないためだ。別に普段からボキボキやってるから大したことはない」


 まあ、確かにソルフィアは事あるごとに、角を掴むものの代わりとして掴んでは折り捨てていた。


「この状態で歩いてたら怖いだろ?まあ、昨日は普通に歩いてしまったがな」


 はぁ、と彼は大きな溜息を吐きながら、小声で「……ほんっとうに、面倒だ」と言い捨てた。




 と……


 カリカリという音がどこかから聞こえてきた。


「誰だ?」


 ソルフィアが顔を上げる。

 これは……

 獣が木の幹を爪で引っ掻く音……ではないな。そっと音のする方へと顔を覗かせてみた。


「あ……リトル」


 そこには眠そうに目を擦りながら、何かを削るリアの姿があった。


「リア?何やってるの?」


「………………」


 リアは真剣に何かを削り続ける。

 それは……昨日食べたコレヌーディアの角だった。器用にナイフで短く削り、三日月型の小片を彫っていく。


「それは……笛?」


 私が聞くと、リアは小さく頷き、ポケットから焼き切れた紐を取り出した。


「ラミリアからもらった仲間の笛。あの爆撃で跡形もなく無くなっちゃったから……。あの笛も同じコレヌーディアの角から作った物だったの」


「大切な、物なんだよね?」


「うん。無くなっても何度でも作り直すって決めてたの。これがあれば、ずっと仲間になれる気がするから」


 リアは削り終わった笛を唇に優しく乗せて息を吹き込む。ピィ……という美しい音色が、朝日を浴びた森林の中にこだました。


「離れているから、彼らに聞こえることはないけれど……私、この笛を鳴らしていたい。そしてもう一度会えたら……また見せ合いっこしたいの」


 手のひらに乗せた小さな笛。それは確かに小さいけれど、私には感情と、証も合わさって少し大きく見えた。リアの手も小さい。けれどそれはもう、とても十歳とは思えない程によく鍛えられて少し硬さを増していた。



「俺の角じゃ駄目なのか?」


 角で笛を作るという話を聞いたソルフィアが、少し冗談染みたことを口走り出した。


「闇の角から作った笛なんて闇の笛になっちゃうから嫌だ」


 リアは断固拒否……

 確かに、闇の笛にはしたくない。






         ✳︎



 


「さて、準備も出来たことだし、そろそろ先に進もうか」


 アネモスはそう言いながら荷物を片付けて立ち上がる。

 

 あれから少し時間が経って、全員起きて身支度も済んだ。アネモスとリアの魔術のおかげで綺麗になった服からは花のような香りが漂う。


「それと、この皮なんだけど……」


 アネモスが差し出したのは、昨日のコレヌーディアの毛皮の部分だった。これも残っている。


 これまで依頼で獣を倒してきた時は、随分と大胆に倒してきた。所謂火炎放射と言われている『フレイムスローラー』や、高温の光の熱で焼き尽くす『シャイニーウェーブ』などを使って……。


 ただ今回は肉までも粉々に黒焦げにするわけにはいかなかったから、形は綺麗に残しておいたのだ。だから、角も毛皮も、少し焼けてしまっている部分はあるものの、綺麗に形を成したまま残っていた。



「これ、近くの買取屋で買い取ってもらうと高値が付くから、買い取って貰った方がいい思うんだ。通りにあるから持って行こうか」


 え……?そうなんだ。


 その話、初めて聞いた。確かに冒険者の依頼だけではとても生活できない。私達はソルフィアという最大の味方(元々敵だったが)を付けていて、大体彼が肩代わりしてくれるというのと、雪山の依頼なんかでたくさんお金をもらっていたので、困ることはなかったわけだけれど……普通に考えたら、だいぶ困窮してしまう。



「つまり、いろんな冒険者達はこういうのを売ってお金にしていたということなのか?」


 以外に、スケールが質問してきた。


「うん。まあそうね。ここみたいな寒い気候の地域は特に毛皮は重宝されるから……と、いうより知らなかったの?」


「ああ……そうだな。俺は普通に倒していた。『滴水成氷』この技がまず、刺したものをなんでも氷漬けにしてしまうからな。あとは昔、俺と一緒にいた冒険者がやりくりしてくれていたから全面的に任せていた。当時の俺は何もかも失ってしまっていたから……」


 今はない槍の代わりに落ちていた枝を掴んで握りしめながら、スケールは視線を下げる。


「分かった!じゃあ……この売ったお金は君達にあげるよ。捕まえてくれたのも見つけてくれたのも、君達だから!」


「え……?いいの?」


 思わぬ言葉に私は反射的に反応してしまった。


「うん。まあ、この量なら大体40000ビズぐらいで売れるんじゃないかな?」


「40000ビズ!?」


「高い……」


 私……続いてこの話を影から静かに聞いていたルティアが思わずと言った形で声を漏らした。


 最初からそうしておけばよかったな……

 





 

          ✳︎



 その毛皮はアネモスの予想通り、40000ビズで買い取ってもらえた。私の極限まで萎んでシワの寄りまくった布袋が一気に膨れる。これだけあれば、何かに使いたくなってしまう。貯めておいてもしょうがないだろうから、なるべく使ってしまおうか、どうしようか……



 


 森林を抜けると再び昨日とはまるで空気感の違う風景が広がっていた。



 辺りは……雪、雪、雪。


 ラリージャ王朝に近い地点……北に近づいたからか、辺りには雪が薄めに降り積もり、草原も綺麗な雪化粧をしている。雪の奥から、雪解け水を輝かせた草花が少しだけ顔を覗かせていた。雪の上を踏むと、サクッという音がし、靴の奥が冷たく湿り気を持った。


 頭上に広がる青空。そこから降り注ぐ光に照らされて、全体が宝石のような輝きを放つ。


 空気は澄んでいて乾いている。けれど、このあたりには何もない。家も、人の気配もない。見渡す限り平坦な雪原が続いていた。

 

 ただどこまでも平坦な草原が広がっているように、私には見えた。


 一体、ここはどこだろう。


 

 アネモスに引っ付くようにしばらく行くと、何やら大きなコンクリート製の壁が聳え立っているのが、遠くの方に見える。飛行機だろうか。モーターの動くエンジン音が、まだまだその場所から離れているはずなのに、大きく耳の奥に響いた。



 壁は、この辺りの広大な敷地をまるごと囲むように建てられている。


 


「ここだよ。ここが防衛拠点。ここに私の父がいるはずなの。ちょっと待ってて」


 アネモスはそう一言言って、コンクリートの壁の奥へと消えていった。


 私は何もない壁に手を触れる。

 冷たい。雪解け水の粒が硬い表面に染み付いて凍っている。


 

 この奥が防衛拠点……。ラリージャの防衛拠点など見たこともない私からしたら、随分と大掛かりな施設に見えた。





          ✳︎



 


「おお……君たち、本当に無事だったのか!」


「その言い方は……」


 しばらくして、アネモスが見知らぬ中年の男性を連れて戻ってきた。彼女の父親だろうか。


 その人は私たちの前に立ち、深々と頭を下げた。


「はじめまして。私はヴィール。アネモスの父です。よろしく。そこの金髪の子がスケール、でその隣がルティアで、リア……で、君がリトルちゃん?」


「そうです!……よろしくお願いします」


 ルティアとスケールが少し緊張していたので、代わりに私が答えた。


「その角が生えた君以外の名前は、アネモスから聞かされている。それにしても、あの大怪我で生きていたとは……本当に驚いた」


「何か……ご存知なんですか?」


 スケールが問い返す。


「もちろん。君たちは、僕が見つけたんだからね」


 ヴィールさんは静かに話し始めた。


「この施設の敷地内で、君たちは倒れていた。国境の壁のすぐ近くで、重なるようにして……全身から血を流していた。最初は、もう駄目かと思ったよ」


 私たちは、あの砲撃のあと、どうやらこの防衛区域まで吹き飛ばされていたらしい。


「すぐに駆け寄って、生存を確認した。だけど……なぜか病院ではなく、アネモスの方へ連絡したんだ」


「どうして……病院ではなく?」


 ルティアが口を開いた。


「何か……不思議な感じがした。僕たちとは違う、何か特別な気配を感じたんだ。それで、病院に連れて行くのをやめた」


「…………!」


 ――やはり、気づかれている。


あの砲撃での出血。あの場所。あの状態。


 そして。


「とくに、君だ」


 ヴィールさんは、ソルフィアを指差した。


「君からは、異質な魔力を感じた。……それに、頭に何かが生えていた」


「っ……」


 ソルフィアは息を詰めた。顔を伏せ、沈黙したまま。


「…………とにかく、君たちを最初に見つけた場所に案内しよう。ここは君たちの祖国に近いが、結界が張られている。心配はいらないーーついてきて」





「………………ここだ。ここが、君達の倒れていた場所だ」



 そこは、普通の草原の上だ。ただ、そこの草の色は、周りのものとは少し違う。そして何やら細かい粉が、あたりに散らばっていた。


「………………ここに、君達は倒れていた。訓練の最中だった」



「あ…………」


 リアが何かを見つけてしゃがみ込む。散らばっていた小さな破片を手で拾い集め始めた。リアの目尻に、大粒の涙が溜まっていく。


 それは……彼女が今朝作っていた笛の材質にとてもよく似ていた。粉々になった笛の破片が、ここにまだその時の状態で残っていたということなのか。



「…………悲しい記憶を思い出させてしまってすまない。だが、君達には、知っておいて欲しいことがあったんだ。伝えておきたいことがあった。だからアネモスにここに連れてくるように言ったのだ」



 

「伝えて、おきたいこと……?」



 私が聞き返すと、ヴィールさんは少し表情を硬くした。



 

「それと、できたらで構わないから、君達の祖国で起きていることを、教えてくれ」


 

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