第三十七話 魔術練習② 一般魔法
「ねぇリトル。鳥とかモンスターってどうやって飛んでいるか知ってる?」
「うーん……?翼生えてるからそれで風を掴んで飛んでいるっとか?」
私はそういう原理とか、どうしてそうなっているのかとかあまり考えたことはない。
酷い話、そういうものだとしか思っていないから。
ただ、ここ最近は色々興味があって原理的に気になっているものも少なからずある。
「まあ、そんなところかな。もう少し掘り下げて言うと風切り羽っていう羽と……初列風切っていう羽が……」
「難しいことはいいから……」
そんなこと言われてもまじまじと観察したこともないんだし知るはずがない。
しかしアネモスは一人で嵐のように飛ぶ仕組みを浴びせかけてきた。
「とまあ、そう言うわけで」
いやいやどういうわけでしょうね?
見ると理解しているのかは分からないが他の仲間は興味深そうに聞いているような感じだ。
まあ確かに原理が分からないと使いにくいって言うぐらいだからしょうがない。
「じゃ、やってみようか。最初は私が軽く風起こすからそこに自分の魔力を乗せてもらって……あと最初は少し腕動かして風を掴む練習してもいいよ」
「腕を動かすってこういうことかな?」
上下に羽ばたくように腕を素早く動かしてみる。振り下ろす度に小さな風の流れを感じた。
「そうそう、そういうこと」
これをずっとやるのはちょっとな……疲れそうだ。
「これ疲れない……?」
「まあ慣れちゃえば大丈夫なんだけど……」
アネモスは杖を地面スレスレに構え出した。
「よし、じゃあみんなもやってみようか」
『ウィンディ』
杖の先から小さな風の渦が発生し、私の足を軽く浮かした。
「この風の魔力にリトルの魔力を乗せて……」
「あ……うん」
目を閉じる。
体を流れる魔力を感じる。
それは燃えるように熱く、溢れる力量を示しているようだ。
血液と同じように体を巡る、私達だけが持つ治癒力に少し似た感覚。
全身を包み込むそれが、風に揺れて小さく応答した。
スッと腕を動かす――と
体が一瞬浮いた……気がした。
繰り返し腕を上下に動かし、自分の持つ魔力とアネモスの持つ魔力をリンクさせて掴む。
「うわっ……!!」
えっ……?う、浮いてる!?
「怖い怖い怖い……!!下ろしてぇ!」
重力に反しているせいで体が下に引っ張られる感覚がする。
ちょっと気を抜けばバランスを崩して……
「えー?だって飛びたいって言ったじゃん。それに大丈夫。落っこちたって死にはしないよ、ここならね」
そういう問題じゃ……
まあ、でもこうやって遥か下の方に見える地面を見下ろしてみるのも楽しい。
腕が疲れてきたな。
これ、腕の上下運動やめたら落ちるとか……ないよね。
試しにゆっくり止めてみる。
お、なんだ。いけるじゃないか。
「そうそう、コツ掴んできたね。その調子その調子!」
ただ……問題は……
「ねぇ、いいからもう降りたい……!」
流石にずっと空中にいると平衡感覚を失いそうだ。
「じゃあ、体を纏っている魔力の濃度をゆっくり抑えていけば良いだけだよ。着地する時少し足を下に伸ばすイメージで地面にゆっくり触れれば大丈夫」
魔力の濃度……
えーっと、濃度……
そもそも魔力を細かく感知できるほど感覚が養われていない。だからそう言われても……
まあとりあえずやってみるか。
ゆっくりゆっくり魔力とのリンクを離していく。
その時、バランスが崩れた。
「きゃああああ!!」
お、落っこちる……!!
地面がみるみるうちに近づいてくるのが感覚で分かった。
一秒も経たないうちにやってくるであろうその痛みの恐怖で強く目を閉じる。
地面に体が勢いよく叩きつけられた。私の体重で地面が大きく震えた。
「いったぁあああ……」
これはまずい。本当に痛い。
治癒力は……当然発動できない。
「大丈夫か、リトル?」
スケールが真っ先に駆け寄ってきた。その青い瞳の奥で心配そうな光が煌めく。
アネモスは少し離れたところでじっと私を見つめている。
「こんなので大丈夫だと思う……?」
全身あざだらけ。おまけにまともに体を動かせない。
「ねぇ、アネモス。この結界の効力って……」
「あ、しまった」
ちょっとふざけ気味の笑みを浮かべながら、頭を掻くアネモス。
「この結界、治せる範囲に限界値があるんだっけか」
「ちょっと!!」
「おいおい……なんとかしてくれよな……」
これにはスケールも頭を抱えてしまう。
治癒力は使わないと決めている以上、安易には放出できない。
リアもルティアも半ば本気でアネモスを睨んでいる。
いやいやそんな睨むなって……と心の中で突っ込むが、これは正直安全面的な話も絡んでいて、このままでは危なすぎるのは確かだ。
アネモスがゆっくり歩み寄ってきた。私の前に膝立ちになり手を伸ばす。
「治癒の光よ、目覚め給え。赤を嫌い、痛み叫ぶ体を嫌う我が光の身力は、傷を癒し、再び立ち上がる力を与え、活力に体をみなぎらせる力となり――復活」
黄色味が強い黄緑色の光。
それが私の傷ついた体を包み込む。
これが、魔術による治癒……
私の使っているものと何か、感覚が違う気がする。
私達は自分達で治癒できるからか、その場に仲間がいる時以外、特別な状況でない限りは、他人の治癒魔術に頼ることはない。
その感覚は私達のものよりも優しく撫でるような暖かさがあり、内側までは作用しないためなのか痒かったり痛かったりもない。変な感触もしない。
「これでよしっと。ごめんね、こういう大きい怪我は治せるのに限界があるんだってちょっと忘れてた。でも大丈夫。私は治癒魔術も上級までなら使えるのよ」
全くもって重要ごととは捉えていないように見える口調と笑みに私は小さく溜息を付く。
「まあ良いけどさ……先に言ってよね」
今はただでさえこの状況で治癒力を使いづらい。
大怪我はしたくないのだ。
「他の子はどうかな?何かあれば私が付いてるよー」
一瞬にして気持ちを切り替えてアネモスはそう声を掛けるが、スケール含め他の仲間は呆然とアネモスを眺めるだけで誰一人として手を上げなかった。
そりゃあ、そうだろうな。
目の前で失敗して落っこちる私の情けなさと言ったら……ただ、怖いからと言って体を身震いさせて何もしないのでは結局上手くはなれないのだからめげずに練習するしかない。
「じゃあ、いいや。次は収納と召喚について紹介するよ。この技は高所から落ちるとかは絶対に無いし、攻撃受けて倒れるとかは無いから正直めちゃくちゃ安全な技だよ」
そっち先やれば良かったな。ちょっと準備前後した……か。
「良いよね、その技。俺もずっと槍持ってるの正直重くて嫌だったし……それが使えるようになればそういう重いものをずっと持ってなくとも必要な時に出せるんだろう?」
「私もやりたい!」
スケールもリアもルティアもこれに関しては安全性も見込んでやりたいと手を挙げた。
「まあまあそういうこと。収納系の魔術はそれぞれの魔力量によって収納できる量が異なってくるんだけど、基本的に武器はなんでも収納できるよ」
アネモスはそう言いながら平然と持っていた杖をその手から消す。
一瞬で収納したのだ。
そして気づくと再びそれは現実になって手に握られていた。
「まずは収納するものの材質が何かを知らなければならない。例えばこれは鉄で出来ている。鉄を溶かすのには熱が必要だ。だから軽く熱する気持ちで小さくして魔力の引き出しの中に入れ込む。それだけ。出す時はその逆をすれば良い」
それだけ……と簡単に言うアネモス。だがそのそれだけの壁が自分にはとんでもなく厚い。
魔法なんてものはこれまで詠唱をただただやってただただ使っていたけれど、原理を知って使うのとではやはり訳が違う。
原理を知っていれば強度を上げることも容易にできるのだとアネモスは言う。
「何か収納したいものある?」
収納したいもの……
「じゃあ、これ!!」
……とリアが自分の被っていた帽子を指差した。
少しだけ焦げ付いているところがあるが、どうやら丈夫に出来ていたらしく、あの爆撃を受けても燃え尽きなかったらしい。
「よし。その帽子は……うん、硬めの布か。じゃあ、リア。一個質問しよう。布ってどうやってできていると思う?」
「うーん……糸とか?」
自信なさげにリアは言う。
「そうそう、正解!じゃあどうするかは分かるよね」
「あ、そうか!一回自分の魔力で糸に戻しちゃえば良いんだ!そうだよね!?」
自分の帽子を眺めてそう口にした。
「やってみな」
リアが何やら真剣な顔で手のひらの上に載せた帽子を眺め……
次の瞬間、消えた。
「やったぁ!出来た」
自分の帽子が消えてしまったのにも関わらず、リアは無邪気に笑う。
そしてなんと「取り出せるの?」と聞く前にリアの手の上にはさっき収納した帽子があった。
「そうそう、便利でしょう?」
アネモスが聞くと、リアはさらに笑顔になった。
「とってもいいよこれ!ねぇ、みんなもやってみたら?」
とは言っても収納したいものがない。
とりあえず原理は分かったから、次やる時までに考えておこう。
「さて、次は炎と水魔法の解説といこうか!」
「はい!!」
次々と新たな技を得る。
そして強くなるのだ。
祖国に帰る前に。




