第二十三話 私達にもできる依頼
久しぶりの冒険回、全力のライト回です!!
「今日は何かできる依頼あるといいんだけど……」
翌朝。私はブラシで髪を梳きながら隣に座っているルティアに言う。
「うん……私達は正直それしかやることも無いからね。普通に過ごせていれば今頃学校にでも通っていただろうけれど」
「…………学校か……」
私達は全員十歳以上。仕事に就くには義務教育に加えてさらなる学力が必要になる。だが私達は受けるはずの義務教育すらまともに受けずに義務教育を修了している年頃になってしまったのだ。
「学校……友達とかはいたの?」
「うん。よく遊んでいたよ」
よく勉強を教え合っていた。昼休みは折り紙をしたり絵を描いたり……交換日記なんかもよくやっていたものだ。
「私が急にいなくなって、あの子はどう思ったかな」
白い壁をを眺めながら私は思う。
当時はまだ自分の持つ特別な力のことは知らなかった。連れて行かれる日、どこかにお出かけするのだとすら思っていた。
「……感謝していると思うよ」
ルティアも同じように髪を梳きながら目を細めて言う。
「それらは全て思い出という形で残るものだからね。それに仲間がいるって、一人じゃないっていうだけで心はあったくなるんだよ」
私は机に櫛を置く。
「だからきっと、ありがとうって思っているよ」
あの日の友達の笑顔も声もはっきりと覚えている。会ったところで容姿は変わっているだろうけれど、中身の一緒に築いた思い出はきっとまだある。
「…………だといいな」
視界がぼやけてくるのに気づいて、手の甲でそれを拭った。
✳︎
今日の朝食は食パンだけ。何も塗られていない食パン。サンドイッチが飽きた訳ではない。単純に高級品になった。食パンも数日前に比べると高いが、サンドイッチより若干安いからそっちにした。
野菜が取れないらしい。それに獣の数も激減して、乳も取れないらしい。日の日に状況が悪化している。緊急事態報道がされるのも時間の問題か。
食パンをかじる。こんがり狐色に焼かれた食パン。カリッと弾ける食感の下のとろけるふわふわの食感。だが、原料の香りは薄い。合成食料でも使われていそうだ。やはり値段を下げるためには仕方ないのか。
「…………ねぇ、リトル、やっぱりなんか変」
リアも同じように食パンを一口かじって、私を見る。明らかに不味そうな顔。リアは特に単純だからな……
「仕方ないよ。事態が悪化している証拠だ。目に見えるようになってきたんだ」
一口だけかじった食パンを握ったまま硬直するリア。よっぽど食べたくないらしい。
「食べないと今後が辛いよ」
「うん……」
街でずっと前に買った非常食。雪山の時にもだいぶ使ってストックは少ない。今後騒動やら暴動やら起きたら数日、何も食べられないという事態にもなりかねない。食べられるものはなんでも食べておくべきだ。
『食べ物を美味しくする魔法』とか欲しいけれど、生まれつきの特性で決まる属性攻撃魔法を基礎とするこの世界にはそんな魔法は存在しない。あるにしても防御系と治癒系だけで、治癒系は超級を使えなければ再生すら出来ない。もちろん治せるのは外傷だけで病気なんかも治せない。
最後の一口を口の中に押し込んで席を立つ。そうこうしているうちに私達にも出来る依頼が無くなってしまう。
スケールもルティアも一緒についてきた。
「私達にも出来る依頼……」
掲示板を眺める。色褪せた大量の依頼書が今日も溢れんばかりに貼られている。殆どが医療系の依頼。やっぱりダメか。
「これ出来るんじゃないかな?」
ルティアが紙が重なり埋もれていた一枚の依頼書を剥がして私に見せる。
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依頼 迷子の子猫を探してください!
Cランク推奨。
昨日夜、私の子猫が家から出て行ってしまいました。至急探し出してください。
名前はリティスです。
全体的に白毛、額に黒の模様、青色の瞳の子です。
見つけたらこちらの家へ連絡もしくは来ていただけると幸いです。
報酬 700ビズ
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依頼書の下の方には写真が貼られていた。
白黒の写真だが、まだ印刷されたばかりの光沢がある。最近張り出されたもので間違いないだろう。
…………それにしても、たった一日でこれだけの医療系依頼が増え、埋もれてしまうとは。
「これなら久しぶりにあれが生かせるな」
スケールの瞳。アクアマリンのように水色の光出す。
「最近全然使ってこなかったから狂わないといいけど……」
「そうか!」
最近見てこなかったから忘れていたが、スケールには過去を見る能力――往昔織視がある。それを使えば逃げた子猫の足跡を追うことができるだろう。
「他にはあるかな」
これ以外にも有れば明日以降も安泰だろうが……
「うーん……」
貼りきれないぐらい溢れた依頼。重なった紙を何枚も捲って大量の依頼書に目を通す。どれも私達がやるのには厳しいものばかりだ。やがてルティアが首を振る。
「ないね……明日は明日でまた探そう」
「じゃあ、選ぶまでもなくこれで決まりだね」
私達にもできる依頼。
私達にはこれを続ける以外に生き抜く方法がない。
✳︎
ギルドを出る頃には雲一つない、澄んだ青空が広がっていて強い陽光が地面に照り付けていた。なのに本当に寒く、吐く息は白さを極めている。昨日の夜どうやら雪が降っていたらしく、広場に置かれている木製のベンチの座面や道路の脇には雪が積もっていた。
「これだけ情報がしっかりしていると的が絞りやすくてありがたいな」
前を行くスケール。時折地面を眺めながら歩く。
私には何も見えない。でもスケールには見えているから。
「やっぱり情報が多い方が絞りやすいんだね」
「そりゃね。情報無くってもこっちのコントロール次第でなんとかなりはするけど、正確かと言われたらそんなことはないからね」
「ねぇ、その能力ってどうやって手に入れたの?」
次いでリアが首を精一杯上に向けて、スケールの顔を見つめる。
「どうって……うーん、そうだなあ……魔術だけど、属性攻撃魔法とは別の一般的なものだね」
「私でも出来る?」
一般的なもの、と聞いたリアは私もやりたいとでも言うように目を輝かせる。
「出来るかなあ……?目に負担かかるからやめといた方がいいと思うよ」
目に負担がかかる。確かに過去を見るってどんな感覚なんだろうか。
「こっち行こう」
街の真ん中を抜けたところで、研究所から出来るだけ離れる方向に進んでいく。意図的なのかそれともそう見えているのかは分からないが……来たところがない場所に来た。
木々が生い茂った広場。辺り一面白く染まった地面。どこまでも続いている。ボール遊びなんかも普通にできそうなぐらいの広さがある。
昨日積もったばかりの白い輝きを放つ新雪に二つ、四つ、五つと靴で足跡を付けていく。閑散とした風景の中、ポツリと置かれた小さな滑り台。雪が積もった階段部分を払ってみると、下から錆びついた金属の色が見えた。だいぶ古いものらしい。
「リティスー!」
スケールが広場の真ん中に立って大声で名を呼ぶ。迷子になった猫の名だ。
「ここにいるの?」
ここにいるとも言わず突然叫ぶのでビックリする。私達には見えないんだから目印が途切れていることぐらいは教えて欲しい。
「あ、ああ……うん」
「じゃあ、私こっち!」
「私は左半分探すね」
リアが右半分、ルティアが左半分。私は真ん中。スケールとソルフィアは全体を見て回る。この広大な広場を一人で探し回るのは大変すぎる。五人ならエリア分担できるからこういう時本当に居てくれると助かる。
子猫は動物だからよく動く。見つけてもいなくなる可能性があることも考えないと……
「リティスー!リティスー!」
肺いっぱいに冷たい空気を吸い込んで思い切り吐きながら子猫の名前を叫ぶ。静寂に包まれた広場、周りの住宅街に響き渡る私の声。
生い茂った木々を掻き分けながら、広場のはじ奥の方も見る。素手でずっと雪を触ってきたから、手がとても冷たい。凍りつきそうだ。
「み……みゃぁ……」
突如、私の聴覚が小さな声に反応を示した。声がした方を見る。雪解け水で冷たくなった葉っぱで構成された茂みを掻き分け、中を覗き込む。
冷たい雪の上。白毛で黒斑の子猫が力無く横たわっていた。頭に生えた小さな二つの三角の耳は垂れ下がり、肉球も鼻のピンク色も少し色を失っていて、体の体温で温められて溶けた雪の溶け水で毛はびっしょりと濡れ、触っても毛並みのふわふわ感は全く無く……私の手で触れたその子猫の体は驚くほどに冷たかった。
「みんな……!見つけた!見つけたよ!!」
……と言ってもどこまで探しにいったのやら、全然声がしないし足音もしない。
『スケール!ルティア!』
こうなったら直接心の中で会話をする。その手段がある。
『リトル……?どうした?』
すぐにスケールから反応があった。
『見つけたから、こっちきて。相当ぐったりなんだよ』
『分かった。リアとソルフィアもこの周辺にいるから連れて戻る』
『お願い』
離れていても話ができるこの機能は今では手放せない。素晴らしい機能だ。
しばらくしてようやくサクサクっと足音が聞こえた。一体どこまで行っていたのか。
私は傷つけないよう気をつけながら、そっと見つけた子猫の体を持ち上げ、足音のする方へと足を進めた。
「リトル!おお……!」
全員子猫の方に目がいく。子猫はそこそこ大きさがあるもののまだまだ小さいといった感じだ。
「相当弱ってるな……どうするか?」
「私が火魔術であっためるよ」
リアが自信満々に胸を張る。出来るだけ治癒力を使いたくはない。まずは温めて様子を見るか。
えっと飼い主の住所は……
火魔術って覚えようと思えば覚えられるらしいけれどこういう時に便利なんだよな。時間あったら私も覚えようか。
今度は飼い主の家を目指して歩く。連絡先として書かれてあったのでそこに向かえばいい。連絡用番号とかも書いてはあったが、連絡できる機材を誰も持ち合わせていないし、まして手紙なんていつ届くか分からない。直接向かうしかない。
住所を見るに、ここからそこまで離れてはいなさそうであった。ただやはり来たことがない場所であることに違いはない。子猫をリアとルティアで交代しながら温めているうちに目的地が見えてきた。
白く塗られた壁。木でできたオシャレな扉。玄関周りには小さな植物が何個か植えられている。清潔感あふれている。
私は人の家を訪問した経験は四年以上ない。他人の家の扉を叩くのは六歳になる前に友達の家に遊びに行って以来である。この歳になるまでずっと研究所に閉じ込められていたのだから当然だけれど、少し緊張する。
「御免ください〜!」
と……
待ってましたとでもいうように、一人の少女がドアの奥から顔を覗かせた。
次回も最初はちゃんとライトで行きますよー!!




