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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第三章 ラリージャ王朝 暗黒世界編
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第二十話 支配と本心




「はい、依頼達成を確認しました。ありがとうございます」


 ギルドに戻って報酬を受け取る。布袋には黄金に輝く金貨が沢山入っていた。一八〇〇ビズ。Bランクにしては少ないが、今回はそこまで大変ではなかったし、実に平和に作業を終えられた。



「さて、これからどうする?」



 ソルフが聞く。


 太陽が傾いてきて、西陽が強く照らし出している。一日が終わる合図だ。これから再び外に出るのは寒くなるため危険だろう。


「そうだね、今日はもう貸宿に戻ろうか」


 私はそう答えて、ギルドを出て少し行った先にある貸宿に向かった。





 

 貸宿のふかふかの布団に体を預ける。


 SNVの脅威が本当なのかと疑いたくなるほどに幸せを感じる。

 ベットも、ソファを入れたらちゃんと四つあって、ソルフを入れてもまだ部屋のスペースはあった。



「素敵な部屋だね」


 外を眺めながらソルフは言う。


 あちらこちらで生活の音がする。光が照らされる。


「冒険者なら貸し出せる部屋なんですよ」


 スケールも私の隣のベットで転がりながら言う。


 ソルフの目には大粒の光が反射して映っている。


「泣いてるの……?」


 私が聞くと、うん、とソルフは一回頷いた。


「こうして自由に身になって外に出てたのはもう何年も前の話だからね。俺も君達と同じように研究所に縛られていたんだよ」

「そういえば、どうして支配状態にされたの……」


 興味深かった。

 どうして、研究員になったのか。


 コイツは優しい。優しい心の持ち主だ。誰かのために動ける奴だ。きっと。



「毒がもられた水を飲んだ」

「毒!?」


 あまりに単純で、なのに私は驚きを隠せなかった。


「パーティの会場でね、飲んだ水に支配状態にさせる原因が含まれていた。俺たちは元々普通の研究員として普通に仕事をしていたんだが、今の所長になってからは何もかもが変わってしまった」


「どうしてその水を飲んだの……」


「気付けなかったんだよ。予知能力とかはないし、匂いも色もない。それに誰もが喜びを分かち合っていて、誰も気づいていない様子だった」



 そっか……

 スケールの能力(プレビウスシリング)なら一瞬だっただろうな……


 ソルフはカーテンを閉めて、私のいるベッドに座ってきた。私も起き上がり、一緒に話をする。



「それを飲んでしばらくした時、体に異変が起こって、眠るように倒れ込んで、起きた時には感情の六割を失っていて……脳内に声が響くようにもなって、言われた通りにしないと内側から体を……うぐっ!!」


 突然、私の目の前でソルフは胸を手で掴み、前屈みになって呻き出した。


「ソルフ……?」

「う……うぅ……あ……」


 先程までアメジストの宝石ぐらい美しい紫色まで戻った双眸が血赤の色に変わり、折れていたはずの頭の角は一瞬にして生え変わり太く尖っている。


 支配状態が元に戻った……?


 私はその様子を冷静に眺める。

 治癒力は使わない。そう決めた。手汗に塗れた拳を強く握る。


「リトル……使え。」


 隣のベッドに座る男の、焦燥を帯びた青い瞳が向けられる。


「治癒力を使え……!今なら大丈夫だから」


 なんで、そんなことを。

 いや、迷っている場合ではない……か。


 床に滴る紅血。

 息を乱すソルフ。


 辺りを厳重に見渡す。部屋の外から声がしないことを確認する。カーテンは閉まっている。


 ………………よし。


 私はソルフに向けて、治癒力を放った。

 黄緑色の強い光。



「リトル……ありがとう……ごめん、な」


 少しその瞳は赤みを増している。


 動揺しすぎて言われなければ動けなかった。


「一体何が……」


 私は自分の手を眺め、もう一度ドアの向こうに目をやる。


 うん……?何か声がする……


「なんか今すごい強い光が見えたような気が……」

「気のせいじゃないか……?」



 普通の冒険者のはずなのに、敵に感じる……

 体を震わせた。


「支配……声がする……苦しい……殺されるかと思った……どうやらもう既に向こうは俺がいなくなったことに気づいているらしい」


 声がする……殺される……それに、気づかれている……?


「私が治癒力を使って、支配状態が発生しないようにしていたから……?」


 ソルフは首を横に振る。


「だがな、俺も含め、幸せは長く続かないことは確定的だ」

「どんな声がしたのか……?」


 スケールも体を起こす。


「………………なぜ、彼らのことを放置する。なぜ、彼らと一緒に自由にしている。俺の命令を裏切る気か……!そんな研究員はいらぬ。支配状態に掛けて、消え散るがいい……、と」

「なんて……ことを……」


 ソルフの目もあれだけ笑顔だった顔も、今は暗闇に沈んだ色に変化している。意味もなく耳を塞ぎ、その場に座り込む。ブルブルと震え出す体。慣れてすら一切ないその行動に私はどんな顔をしていいか分からなくなった。


「…………お願いがあるのだが……」

「お願い……?」

「俺のこと、本名で呼んでくれるか……?」

「え……?」



 私は一瞬どういうことか理解ができなかった。もしや今まで呼んできた『ソルフ』という名前は本名ではないということなのか。



「『ソルフ』というのは研究員になった時につけられた名前でね、本当の名前ではないんだ本当の名前はね……『ソルフィア』。外で『ソルフ』と呼ばれると、もし研究員に会ったら殺されるだろうから……お願い……」



 なるほど……


 私達の治癒力で容姿を元に戻した上で名前を研究所で付けられた名前……いわゆる研究ネームではなく、本名で呼ぶことで少しでも研究員に気づかれる可能性を減らそうということか。


「分かった」

「リトル、ルティア、スケール……君にも本名というものがあるだろう?俺と同じように、外に出る時は本名で呼ぶようにした方がいいと思うんだが……」


 本名……か。

 私の本名……

 言うのは何年ぶりだろうか。


「私の本当の名前は、『リトル・アレン』」

「私は『ルミル・エルワード』」

「俺は『スケール・ミリス』」


 二人の本名は初めて知った。ルティアに関してはどうしてルティアになったのか分からないぐらい、想像もできない名前だった。


「じゃあこれからスケールのことを『ミリス』、ルティアのことを『ルミル』、リトルのことを『アレン』と呼ばせてもらおう」

「ファミリーネームで呼んだだけ……」


 ポツリとスケールは小さく呟く。


 まあ、スケールも私も正直なところ研究ネームと本名が一致しているから仕方がない。


 


「明日は、どうしようか」


 少し時間を置いて、呼吸を整えた後、何事も無かったかのようにソルフ――ソルフィアはベッドに座ったまま隣の私達に目を合わせる。


「そりゃ、まあ、冒険しますよ。冒険者だから。依頼は途切れることはありませんし」


 スケールは淡々とそう言い、自身の年季が入ったように感じる冒険者カードを眺める。


「研究所から逃げ出したはいいものの、特にすることもありません。両親はいないし、帰る場所も今こうして冒険者登録をしていなければありませんから」


 私達はせいぜい道具でしか無い。まともな教育も受けていない。だからといって今更小さな子供と紛れるように一から学ぶのもおかしい。


 本来なら、私達はあと一年から二年教育を受ける義務があった。だが、その最後の一年は奪われた。仲が良かったはずの友達とも会えなくなった。


 研究所に連れて行かれてからは外に出ることも禁じられた。当然家にも帰れないから、両親にすら会えなくなった。


 気づいたら家族のことも忘れていた。両親に会いたいとも思わなくなっていて。自然と孤独を歩んでいた。




「でも、これでいいんです。研究所の外に出られただけで俺は幸せです」


 スケールの声は、私には無理矢理そう言っているようにしか聞こえない。冒険者カードを見つめる青い瞳は震えていた。


「研究所に連れて行かれた時から、死ぬ運命なんだって知っていたけど、少し怖かった。八年ぶりに外に出て、外の空気に触れることが出来て、精神も大人になった今は、たったこれだけでも幸せだって言えます」


 まるで生きることを諦めたかのような発言に私は顔を逸らす。


 私はそう思えない。

 だけれど……


 することがないというのは事実だ。仲が良かった友達と別れたのも三年前のこと。きっと向こうも忘れている。会ったところでお互い容姿も何もかもが変わっていることだろう。


「少なくとも俺は君達を殺すつもりはない」


 ソルフィアははっきりと言ったが、私達には全く響かない。


 スケールは重く長い嘆息をした。きつく巻かれた包帯にははっきりと赤い色が滲んでいる。



「あなたが俺達を殺さなくっても、別の誰かが殺しに来ます。現にあのガルディーという奴も、ミラサバという奴も……俺達を殺すつもりだったのでしょう?」


「っ……そ、それは……ちが……」


 違うと言いかけて、それを奥で押し込む。


「ああ、いや。違わないな。だが、これも支配による影響。あの二人も普通の研究員として働いていた頃は明るく社交的な性格だった」

「…………何でもかんでも支配のせいにするのだな。抗ったら罰を受けるから?それでいいと認めているからか?」



 不意にスケールは立ち上がり冷酷な青い目をソルフィアに向ける。


「その罰を受ける覚悟で本気で抗っているのなら、本心とは言えないが、素直に支配を受け入れているのなら、俺達の命がいらないものであるということになる。そう、だよな」


 冒険者カードを強く握り締め、紙に皺が付く音がする。首飾りのリボンも、今やボロボロである。



 その強い眼差しに怯えるようにソルフィアは一度体を震わせた。


「でも……あいつは……本当はそんなことを……したくないはずなんだ!」

「そんな風には感じ取れなかった。むしろ俺達が苦しんでいる様子を見て、笑みを溢していた」

「っ……!」


 ソルフィアは心の底で渦巻く苦しみが沸き立ったのか、酷く顔を顰めた。お互い、無言になった。重い空気がどこまでも漂う。



 その静寂を断ち切ったのはルティアだ。


「とにかく……スケールはこれだけで幸せだと言っているんですよ。死ぬとか死なないとか、殺す殺さないとかは今は関係無いことです。せっかくの平和を自ら壊すつもりですか」


 外の空気に触れられたのに、研究所の話ばかりでそれで頭がいっぱいになっていてはいけない、とルティアは言った。




 この生活はいつまで続くか分からない。

 今もSNVという恐ろしいウイルスの存在は暴動になっていないだけで……


 静かに幸せを崩している。

 



 

 

 

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― 新着の感想 ―
今は仲間であっても、過去研究所で研究員をしていた事実は変えられない……酷いことをされたスケールさん達からすれば、今回のソルフィアさんの言葉は言い訳のように聞こえてしまったのかも……(;´・ω・)
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