第十三話 魔術習得 模擬戦しようよ!
私達は次に図書館にやってきた。三階建ての大きな図書館である。
国が運営しているが故に大量の本が並んでいた。リニューアルされたのかは分からないが、新鮮な木の香りが漂ってきた。
どこの階にいても一階が見下ろせるような作りになっている。天井のステンドグラスや黄色い照明も美しい。落ち着く空間である。
「魔導書も色々あってね……属性によって違うんだよ……」
リアは置いてある場所が分かっているかのように二階に行く。
「場所分かるの?」
スケールは聞く。
「うん、だって何回も来たことあるもん!」
この場所もリアが案内してくれたようなものだ。
二階から一階を眺める景色は最高だ。どこにいても大量の本棚を眺められる。
「はい、リトル、これが光の魔術について書かれた魔導書だよ」
黄金に輝く表紙。厚さが十センチぐらいある分厚い本。持ってみると腕にずっしりとのしかかる重みがある。
バランスを崩しそうになりながら少しだけパラパラと中を見てみる。文字は読める。だが内容がイマイチ入ってこない。とりあえずあとで座ってゆっくり眺めるか。
「はい、これがルティアのと……スケールの!」
氷の魔術について書かれた本と炎の魔術について書かれた本。どちらも厚さは同じぐらい。
炎の魔導書は結構年季が入っている。やはり使える人が多い分、借りる人も多いのだろう。
「じゃあ、それ持ってこっち来て」
リアは大きな机のあるロビーに体を向ける。
ちょうど誰もいないタイミングだったので、私達はそこに座った。バタンっと机の上に本を置く。
「さて、ここにある魔術の詠唱を覚えるんだけど、原理が分からないと何も始まらないから……」
原理ねぇ……魔術なんて使ったことないしなあ……
「光の魔術はね、魔力を光に変えることで発生する力なんだ。他の属性もみんな一緒。人それぞれ得意としている攻撃魔術が違うのは、そういうことなんだよ」
…………そんなこと言われてもなあ、ちょっと分からない。
魔力を属性に変化させる……か。
確かにころころといろんな属性に変えるのは難しいだろうね……
「光の魔術は、魔力に太陽の光を集めるんだよ」
光を吸収して…それを使って相手を打つ。
どうやって?と聞きたかったが、聞かなくても出来るものなのかもしれない。
「でも、使える魔力の総量は人によって異なるから、上級を連発できる人もいれば、初級しか打てない人もいる。リトルはどのぐらいあるのか。それは使ってみなきゃ分からない」
「なるほど……」
パラパラとページを捲っていく。基本はやはり魔力弾とか魔力を使った矢の攻撃か。
「この辺りは絶対覚えられるよ。でも読み上げちゃうとここで発動しちゃうから目で見て覚えるか、外でやるかにしてね」
詠唱はそんなに長くない。指で文章をなぞりながらその上を目で追う。初級は大体大丈夫だろう。
次は中級……
うんうん、中級も詠唱はそんなに長くないな。
「中級からは魔力を少し多めに使うようになるね」
なるほど……詠唱は短くても込める魔力は多くなる……か。
中級の魔術……
何本もの刃を飛ばす『シャイニーカッター』
光の海を生成する『シャイニーウェーブ』
などなど……強そうなものが多い。この辺りも覚えたい。
「上級も一個覚えておく?出来るかは置いといてね……」
「そうだね……襲撃させた時に上級一個ぐらいは……」
上級の魔術……
空に干渉して星形に尖った何本もの刃を二十メートル圏内で降らす『星龍乱れ雨』これ覚えよう。これが一番詠唱が短い。
こんなにたくさん一気に覚えられるわけがないから、今日はこの辺にしておこう。
パンっと本を閉じ、もう一度頭の中で詠唱を繰り返す。
記憶力はいい方だ。ここも人間とは異なるところではありそうだが、一度覚えようと叩き込んだことは忘れにくいのだ。
「さて……次はスケール……なんだけど……」
リアが戸惑う理由も分かる。スケールは一人で黙々と魔導書を読み込んでいた。結構没頭するタイプなのかもしれない。会った当初からすでに過去を見れる特殊な目だったり、獣を凍らせる技だったりと色々魔術も使っていた。教えなくとも彼は使えるらしい。
ルティアもまた、目を輝かせながら次々と色々な技に目を通していた。
「ルティア……ルティアも魔術で攻撃してみたいの?」
私はルティアの顔を覗き込むように聞いてみたが、ルティアは首を横に振った。
「ううん…私は剣術でいいんだけど、魔術と応用できないかなって……」
結構強いこと言った……
魔術と剣術を重ねて攻撃するというなんとも欲張り……例えば短剣に炎宿すとか?……でも見てみたい気はする。
「せっかくだし、魔術使ってみたい!」
ルティアはさらに目を輝かせながらリアの方を向く。
「で、でも……」
戸惑うリア。
そうだよね……使ってみたいと言っても難しいことだ。
さっきリアは外でと言ったがきっとあれは冗談だ。普通に言って、外ででかい魔術使ったら周りに被害が出ることだって考えられる。
そんなことを考えていた時、私はある一つの考えが頭の中に浮上した。
「じゃあさ、みんなで模擬戦やってみようよ!」
「模擬戦?」
私の声を聞いたスケールは一旦魔導書から目を離して、私を見た。
「相手はこのメンバーの誰かで……魔術を練習するの!」
怪我をする可能性はあるが、問題ない。なぜなら私達には最強の治癒力があるから。自分の意思で付けた傷は治せなくてもルティアとスケールも含めれば問題ない。
「やってみても……いいけど、そんな場所あるかな?」
スケールは少々苦笑気味に、現実的なことを言った。
場所の問題……うーん……
「探してみようよ!」
ルティアは椅子から飛び降りてやる気満々である。私は小さく笑みを溢し、スケール、リアを見る。乗り気では無いが、二人がそういうならいいか、とでも言っているかのような表情を向けた。
「……じゃあそうしようか」
私達はあっさりと魔術を覚えて、図書館を後にした。
✳︎
私達は模擬戦を行ってみることにした。
ちょうど良い広さのグラウンドを見つけたから。
人は来ないし、周りは柵で覆われていて安全そうである。
こんなことをやる人がどのぐらいいるのかと思うが、私は今初めて魔術を本気で使ってみる訳だから、モンスターや獣に出会う前に試してみたいと思った。
ただし、殺し合いになるわけにはいかない。ルールは決めておくべきだ。
「それじゃ、ルールを説明しよう」
私は三人にルール説明を始める。
ルールは至って簡単だ。
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《ルール説明》
まず、安全のため、観覧者は柵の外で待機すること。
1、上級以上の魔術を使用しないこと。初級、中級魔術を使う際も、相手を傷つけないようできるだけ配慮すること。
2、同じ魔術を連発しないこと。
3、周りの物を壊さない範囲で利用すること。
4、自分の武器を使うこと。
5、剣を使った攻撃をする際は相手に大怪我をさせない程度に
魔術が三回当たった時点で終了とする。
防御魔術はもちろん使っても良いが、二回までとする。掠っただけはノーカウント。
万が一怪我をした場合はリトル、ルティア、スケールの中で戦っていない物を治癒担当とする。
魔術が三回当たる前に体調が悪くなったり、戦闘の続行が困難だと判断した場合には無理せず棄権をすること。
あくまでこれは模擬戦である。くれぐれも殺し合いにならないように。
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ざっとこんな感じである。
一回やってみて、危険だと感じる場面が有ればあとでルールを追加すれば良い。あとは私達は治癒力を使えるため、そこまで心配はしていない。
ただ、今回は自分の意思で傷つけたり傷つけられたりする状況だから、自分の力では治癒力を発動できないという欠点はある。
「上級以上はダメなのか……」
リアは不満そうに口にした。
「今回は模擬戦だからね。相手が獣やモンスターなら全然構わないんだけど、今回の相手は私達だから……」
模擬戦で相手が死ぬようなことになったら大惨事だ。
「分かった……」
リアの了承も得られたことだし、とりあえずやってみよう。
「……で、最初は誰がやるの?」
スケールが聞く。
そういえば順番決めてなかったな……
「私最初やる!」
一番に手を挙げたのはリア。さて、リアの相手は……
「リトル、リアとやってみたら?」
ルティアが背中を押してきた。
えっ?あ、私か……まあ結局当たるんだし、やってみるか。
「分かった。じゃあ私とリアで初回をやろう」
「うん!」
リアは張り切って柵の中に入る。
続いて私も中に入って対立する形をとった。
「よーい……始め!」
スケールの合図とともに、私は杖を握った。
リアに似た形の光の魔石が太陽に照らされて明るく輝く。
「『ウォーターアロー』!」
先手を取ったのはリア。いきなり水属性攻撃。真っ直ぐに素早く水の矢が迫ってくる。
瞬間でかわす。その魔術は周りを囲う柵に当たって弾け散った。やはり、柵があってよかった。
「あまねく光の結晶をここに宿し、光の玉を顕現せよ!『シャイニーボール!』」
続いて私が光属性の初級魔術を利用する。
杖の先の黄色かった魔石が白く輝きだし、杖の先に光を纏った硬そうな球が現れる。
魔術が弱すぎたのか、あまり大きくも無い『シャイニーボール』
……あっさりかわされた。
一回目はお互い初級魔術で様子見。
私の欠点……それは炎や水とは違って詠唱をしなければ魔術を発動できないということ。
リアは炎属性。それに今まで何度も使ってきただろうから詠唱や魔術が生成されるメカニズムをよく知っている。だから無詠唱でも攻撃ができるのだ。
一回目の攻撃……私もリアも避けた。まだまだ始まったばかり。さて、時間をおいてもう一発……
「身に宿る光の結晶よ!鋭く突起した矢となり、あらゆるものを打ち抜かん!『シャイニーアロー』!」
再び私は初級を使う。光を纏った一本の鋭い矢がリアに向かって飛んでゆく。
「きゃあ!」
直後、リアが悲鳴をあげた。
「痛テテテテ……」
おお、どうやら当たったらしい。
これで一発目。先制だ。
リアは胸の辺りを押さえながらも再び立ち上がって杖を構える。大丈夫、というように私に手を振った。
確かにさっきの魔術もそこまで魔力を込めてはいない。当たってもちょっと痛いぐらいにしておいた。
「『ファイアーボール!』」
うわっ!
自分の攻撃が当たったことに対する油断……よくないな。リアの攻撃が当たるところだった。
リアは攻撃を受けてもなお、私に特大のファイアーボールを打ってきた。
ギリギリでかわす。熱風が感じられるぐらい、スレスレのところだった。
今回のルールでは掠っただけはノーカウントとしているから以前私は攻撃を受けていないこととなる。
「身に宿る光の結晶よ!凶器の如く、切り付けたまえ!『シャイニーカッター』!」
次は中級!!
「『フレイムスローラー』!」
私は思わず目を見開いた。
同じ魔術を連発はしていないからルール違反ではないものの、『ファイアーボール』からの『フレイムスローラー』後者は中級の炎属性攻撃魔術……。
私の魔力で生み出された、ブーメランの形をした光の刃とリアの火炎放射がぶつかり合う。
リアの火炎放射のほうが強い。どんどん光の刃を押してゆく。
リアは額に大粒の汗を浮かべながら、自身の放った火炎を操作していく。私も負けずに対抗。
しかし、徐々にやけどをするようなヒリヒリする感覚がしてーー私は一瞬力を抜いてしまった。
『シャイニーカッター』が砕け散る。火炎放射は私の体を焼いた。
「あちちちち……!!」
痛い……
火って直接浴びるとこんなに痛いのかと思うほど皮膚が焼けた。
火の渦が消えてゆく。
自身の体の無事を確認する。皮膚の至る所が赤くなっていた。これでは戦闘は困難だ。
「あれ……?強すぎたかな……?」
リアは余裕そうな無邪気な顔で私を見る。
「終わりにしよう。私は負けた。もうこれ以上は無理だ」
情け無いと思ったが、仕方がない。これ以上は本当に殺し合いになってしまう。
今回の目的は自身の魔力で攻撃を試しにしてみるという試験的なものだ。
さっきの火炎放射も十分すぎるほどの威力があったが、普通に考えればこの手の攻撃、獣一匹丸焼きにできそうである。今回は相手が私だから、これでも手加減はしただろう。
「そっか……ごめん、調子に乗りすぎて……火属性攻撃魔術は扱い方を誤るとなんでも丸焼きにできるぐらいの威力があるのに……」
リアが目尻に涙を浮かべながら私に近寄ってくる。
「泣かないで……私は平気だから。これは模擬戦。でも戦闘だ。こういうことも考慮して、ちゃんとあの二人は準備してるよ。だから大丈夫」
私はリアの頭を優しく撫でた。
直後、ルティアが柵を潜って私のところに近寄ってくる。
優しくて暖かい治癒力の黄緑色の光……。それに包まれて、私のやけどした体は一瞬のうちに完治した。
「ほら、もう大丈夫。さて、次の戦いをしようか」
私は立ち上がって軽く体についた砂を払って柵から外へと出た。
次は……誰かな……
「じゃあ次は俺とルティアでやろう」
まだやっていないのは確かにスケールとルティア……だが、同じ能力を持つ仲間同士で……それに研究所に居た仲間同士でなんてぶつかり合ったことは今まで一度もないし、見たこともない。これはなかなかに面白いかもしれない。
「了解!」
ルティアはすごくやる気満々で柵の中でこないだ鍛治師に作ってもらった短刀を手にしている。
「……ルティア……あの……くれぐれも扱い方には気をつけるんだよ?」
私はその張り切りっぷりに不安になり、一言忠告を付け加えた。
木刀ではないから普通に切れる。まあ、さっきの私みたいに治せば問題ないんだけど……
「大丈夫!ちゃんと配慮はするよ」
うーん……心配だけど魔術だって同じ。ここはルティアを信用しよう。
「それではよーい、始め!」
私は二人が中に入ったのを確認してスタートの合図を出した。
その瞬間にはもう地が揺れるほどの激しい争いが始まった。
スケールとルティア……仲間同士。本当かなというぐらい本気にやりやっている。
スケールの槍。ルティアの短刀……弾け合う金属音……
「『滴水成氷!』」
最初に技を使ったのはスケール……すぐに間合いを広げに行くルティア。
槍を刺すと一瞬のうちに地面が凍りつく。
「『ファイアーソード!』」
おおー!
私は思わず柵から身を乗り出すようにその様子を見た。ルティアの短刀が炎を纏ったのだ。
氷と炎。普通に考えれば氷は不利。
ルティアの炎が地面の氷を溶かしてゆく。
「身に宿る炎の結晶よ!熱気を纏い、地から突出せよ!『ファイアースパイナー』!」
炎を纏った棘が次から次へと地面を突き破って出現する。
追い詰められるスケール……
「『ステルクブリザード』」
槍の先端が白く光る。
周りの空気をどんどん冷たくしていく。氷の粒が大きくなっていき、ルティアに降り注がれる。
ルティアの放った炎を宿す棘。中級なだけあってかなりの威力を放つ。
しかし、スケールの猛吹雪はそれもなんなくすり抜けた。
ザッと体の至る所から血飛沫が上がったのが分かった。
「うっ……!」
「ルティア!」
私は思わずルティアを庇いたくなった。柵が邪魔ですぐに駆け寄れない。
「あ…………」
スケールもようやく魔力を抑えてルティアに近づく。
体のあちこちが氷の粒による斬撃で切れてしまっていた。
この程度では泣き出しもしなければ痛がる素振りも全然見せないルティアだが。ちょっとやりすぎた感が強い。
「大丈夫か……?ルティア?」
「うん、全然……このぐらいならもう慣れてるし……でもちょっとびっくりしたかな……」
ルティアは軽く笑って受け流すが、流れ出る血が、私の神経を鋭く刺激した。体の中に秘めるエネルギーが沸き立つ感覚がする。
「ルティア……」
私は柵の中に入り、周囲の安全を確認してからルティアに近づき、手を広げる。むず痒かった感覚が一気に解放されて、私の強い治癒力はルティアの傷を三秒ほどで治した。
「……ありがとう、リトル……」
このぐらい、お安い御用だ。このぐらいの切り傷なら一番弱い治癒力であっても全く持って問題ない。
「ねぇ……やっぱり、危ないんじゃないかな……?」
そう口を開いたのはリア。何故か柵の外でブルブル体を震わせている。さっき私と対戦した時はやる気に満ちていたが、今となっては恐怖に変わっている。
「大丈夫だよ……リア。心配いらないよ」
私はリアにそう声を掛けたが、やはりリアは顔を青白くするばかりだ。
「これは模擬戦……獣やモンスターと戦うための魔術と剣術の練習……でも本気になりすぎて私も仲間を傷つけちゃったし、ルティアは切り傷まみれになっちゃった……見てられないよ……こんなの……」
「………………」
リアの涙は優しい涙だ。
仲間のことを大切にする気持ちの表れだ。同じパーティメンバーになって、一緒に行動し始めて間もない。なのにいきなり私が模擬戦とかと言い出して、パーティメンバーで争って……
「ごめん……もう、終わりにしよう……」
気づいた時にはそう言っていた。
「練習という意味で見れば全員魔術を試せたんだし、十分だよね」
リア、スケール、ルティア、私……正直全員一回ずつすら当たっていないが全員が魔術を使えた。中級までなら十分戦いでも通用することが分かった。十分だ。
「うん……」
こうして模擬戦は終了した。




