064 夜伽
「プロポーズされてたけど……どうするンだ?」
「そうね。どうしようかしら」
言って、カティアはイタズラに微笑んだ。
「わたしがプロポーズされて、アルマはどう思った?」
「……嫌だなって。カティアは?」
「おかしいわね。わたしが了承すると思う?」
「……そっか」
「そうよ。わたしは、あなたがいいの。あなただから、いいのよ」
握る手の力が、僅かに強くなった。
特段、気にしてはいなかった。
カティアを盗られる心配なんて、していなかった。
だが、こうして聞いてみて、答えを聞いて、安心した俺もいて。
「少しはわたしの気持ち、わかった?」
「……まあ」
「ならいいわ。わたしが普段から感じている不安をあなたに植え付けたかったの。だから、あの場で返事をしなかった」
「……性格、悪くね?」
「どっちがよ。他の女に曖昧な態度とって。あなたの方がよっぽど性格、悪いと思うけど」
「……そうだな」
そう、なのかもしれない。
シャルルとエルメェスの姿が思い浮かぶ。
「はっきり、させた方がいいと思うか?」
「あなたバカなの? それ、わたしに意見を求めるなんてバカ?」
「……ごめん」
「……。どうしたのよ。なんかノリが悪いわね」
「いや……」
「もしかして……わたしが誰を探してたのか、気になってる?」
立ち止まったカティアにつられて、俺の足も止まる。
「教えてほしい?」
「言いたくないなら、別に」
「教えてほしい?」
「……教えてほしい」
「かわいいわね、アルマ」
俺をバカにしたように、慈しむように、温和に目を細めたカティアが俺の手を引っ張って、歩きはじめた。
「おい、カティ。どこ行くんだ? そっちは——」
「いいから来て。今は、そういう気分なのよ」
「……っ」
目貫通りから外れて、人気の少ない道にそれるカティア。
周囲を歩いているのは、俺たちと似たような人間ばかりだった。
耽美で、扇情的な風俗街。
露出の激しい少女たちの横を通り過ぎて、カティアがその場所を見つけた。
「きょうは、あなたを独り占めしたいの」
「………」
「明日、合流すればいいでしょ?」
蠱惑的なその流し目に、俺は首を横に振れなかった。
いや、振る必要もない。
「入りましょう。アルマ——わたしが奢ってあげる」
うずうずした様子のカティアが、半ば強引に俺の手を引っ張った。
*
「——わたしの両親が『絶対悪の竜王』に殺されたって、話したわよね」
この部屋に入って、どれくらい経っただろうか。
汗などの匂いで充満したベッドの上で、繋がったままカティアが話し始めた。
俺の耳元に手を置いて、見下ろすようにカティアが、舐る。
「故郷の村は滅ぼされたわ。村人は全員蹂躙された。元から少ない人数だったし、一時間もかからなかったとおもう。わたしもね、殺されかけた。それだけならいいけど、汚されそうになった。男数人に捕まって、服を引き剥がされて」
俺の反応を愉しむように、あえて劣情を誘わせる言葉を選ぶカティア。
荒い息に呼応して、カティアの表情が愉悦と嬌声で歪む。
「ねえ、アルマ。もしもあのまま、助けが間に合わずにわたしが汚されてたら……同情する? 悲しむ? それとも……」
興奮する?
脳髄が、甘く痺れる。
耳元で囁いたカティアが、獣のように俺の唇を貪った。
同じタイミングで絶頂を迎え、俺の上に倒れ込んできたカティアが、弱々しい声で呟いた。
「——でも、安心して。わたしの処女は他の誰でもない、あなたに奪われた。わたしは、あの日——助けられたのよ。同じ、『絶対悪の竜王』の人間に」
回顧するカティアの瞳から、涙が溢れた。
それを俺の頬に擦り付けながら、艶かしく笑うカティアを抱きしめる。
「暴走した末端が引き起こしたことだった。それを察知した二人が……わたしの、親代わりとして育ててくれた人たちが、助けに来てくれた。——そうよ。わたしはね。両親の敵でもある盗賊団に、育てられたの」
*
「——訊く必要、ないかも知れないデスけど……どこに泊まってたデス?」
次の日。
恐ろしいことに、俺とカティアが出てきた宿屋のフロントで待ち伏せしていたシャルルが、太陽のような笑みで聞いてきた。
どこに泊まってたって。
ホントに訊く必要のないことだった。
「しゃ、シャルル……」
「別に、お二人は付き合ってるのデスから言い訳なんて考えなくていいデスよ。——それよりも、みんな待ってるデス。早く行きましょう。デス」
「お、おう……?」
「………様子が変ね」
壁際に立っていたシャルルが、フロントから出て外に向かった。
昼ごろということもあって、宿屋の外は燦々と太陽が光を照らしつけている。
「と、とりあえず……行こうか」
「ええ。——ちょっと、待って」
「ン?」
服の袖を握ったカティアが、ある一点をみて表情を強張らせた。
追って、俺もそちらに視線を向ける。
シャルルが立っていた壁際。
そこには、人型の巨大な黒いシミが浮かび上がっていた。
目があり、腕があり、足がある。
その歪でがらんどうな瞳が、ジッとこちらを見ていた。
「——っ」
咄嗟に視線を外す。
見てはいけないもの……なんていうレベルではない。
そこに存在してはいけないモノだと、瞬時に悟った俺は、
「——どうしたデス? 早く行くデスよ」
「……ッ!?」
いつの間にか、目の前にいたシャルルに肉体が跳ねた。
肌が瞬く間に粟立つ。
シャルルの濃厚な青碧色の瞳。
いつの間にかそこには、光が消えていた。
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