063 隘路
「――僕の兄貴もね、この武闘祭の参加者なんだ」
夕食を共にし、別れ際にルキウスはそう言った。
「へえ……兄弟で参加か。おまえの兄貴も強そうだな」
「うん、強いよ。僕ほどじゃあないけど、めちゃくちゃに強い人だった」
「だった?」
その含みのある言い方に、俺は首を傾けた。
ルキウスは、目を細める。
「兄貴が死んだ。参加権を奪われたんだ」
「……それは」
「僕の兄貴は理不尽なほどに強い人だった。ヘルシング家は代々、優秀な武人を多く輩出している。百年ぐらい前からね。王家から聖火の守護者なんて特別な称号をもらってる。爵位でいうところの、大公とほぼ同ランクだってさ」
聖火の守護者――王国の守護者。大層な名ではあるが、なるほど。勇者を生み出すには相応の家柄だろう。
「その中でも特異な才能を持ち、バトルセンスだけでなく商才もあった。とんでもない大物だったんだ。そんな兄貴が、死んだ。――僕はね、愉しみなんだよ」
兄貴が死んだと語るルキウスは、笑っていた。
愉快だと、微笑すら浮かべて。
「兄貴を斃したということは、兄貴より強いってこと。敵討ちとかは考えてないけど、いち武闘家なら拳を交わしてみたいと思うのは当然の理屈でしょ?」
「そうだな。おまえが言うほど強い兄貴をぶっ倒したんだ。弱いはずがねえ」
勇者として選出され、俺も一眼置くルキウスが認めた漢を斃した輩。
なんて心躍る響きだろうか。
「とりあえず、情報共有。この武闘祭、僕たちが思っている以上にレベルが高いよ」
「ああ。俺も今から楽しみでしょうがない」
「――ああ、それと」
夜風に髪がさらわれる。
生ぬるい空気で満たされた夜の世界で、向かい合ったルキウスが口角を歪めた。
真っ直ぐと、俺の瞳を射抜く。
「きみとも闘りたいと思ってる。できるなら、今すぐにでも」
「俺は、いつでも歓迎だぜ」
「僕もそうなんだけどさ。もう少し仕上げてからきみをぶちのめしたいと思ってる」
「おいおい。武闘祭を前哨戦だなんて、イカれたこといいやがって。――やっぱりおまえ、最高だよ」
「だからきみも、今よりもっと美味しく磨いて来てほしい。武闘祭が終わったら……」
「ああ、武闘祭が終わったら、てめえをぶち倒す」
互いに固く握手を交わして、俺たちは踵を返した。
「……ちょっと。デス。なにカッコよく帰ろうとしてるデス。シャルたちを何分待たせる気デスか」
ジト目のシャルルが腕を組んで、俺の前に立ち塞がった。
「『きみとも闘りたいと思ってる。できるなら、今すぐにでも』」
「『俺は、いつでも歓迎だぜ』」
レイジとエルメェスが、俺とルキウスの会話を再現してニヤニヤ笑っていた。
「あーくん。恥ずかしくないの。これ」
「エルの姐さん、こういうノリになったらカッコつけざるを得ないんですよ。それが漢の性です。カッコつけてなんぼってヤツです」
「女にはわからないわ」
「シャルはわかりますよ? デス。先輩がカッコいいって話デスよね?」
「負け犬にわかるの?」
「……………………デス」
「おいコラ、シャルがかつてないほどに傷ついてるじゃあねえか先輩」
「とても今更だけどあーくん。私に対して敬語がなってないわよ」
「先輩って呼んでるぶんまだマシだよ」
「…………」
「あ、アルマさん……女性陣全いん全滅しましたよ」
シャルルと並んで四つん這いになるエルメェス。そんなに落ち込むほど、俺に敬われたいらしい。
「ところで、カティアはどこ行った?」
「あ、さっき知り合いを見つけたからって、走っていっちゃいました。すぐに戻るとも言ってたんですけど……中々帰ってこないですね。探しに行きましょうか?」
「……俺一人で行くかな。悪いがレイジ、三人連れて宿に戻っててくれ」
「了解! ――ところで、アルマさん。俺ら、宿って取ってましたっけ?」
「………任せた」
「……ハイ」
*
そんなはずがない。
あの人が、ここに居るなんて、あるはずがない。
頭ではそうわかっていても、確認せずにはいられなかった。
「……どこ行ったのよ」
逃げるように路地裏へ入っていくの境にして、人影が消えてしまった。
金と銀に溢れる豪華絢爛な目貫通りとは真逆の、汚くて臭くて立ち入ることすらも憚れる隘路。
決して光には出てこない闇の景色。
「……雨」
ぽつぽつと、頬に雨が伝った。
まだ小降りだが、すぐに大降りになるだろう。
それまでには、アルマのところに帰らないと。
そしてまた、止まっていた足を動かしはじめた――その時。
「お嬢ちゃん。こんな場所で、こんな時間に、こんな国で……少しばかり危機感が足りないんじゃあないかい」
「―――」
弾かれるようにして、わたしは後ろを振り返った。
声の主は、すぐそこにいた。
今し方、わたしが通った道。
こんな季節だというのに、赤いマフラーで首元を覆った青年が、壁に寄りかかって腕を組んでいた。
見間違えるはずが……なかった。
季節外れの、その赤いマフラーを。
「なぜ……あなたがここに? アエーシュマ」
「俺じゃなくて、あいつらに会いたかったんだろ? だから俺を追っかけてきた」
「いいから、答えて」
「ハイハイ。誰に似たんだか、相変わらず気の強いお嬢ちゃんだ」
壁から背中を引き剥がすと、男――アエーシュマは赤いマフラーを下にずらした。
そこには、ここ最近で見慣れた黒蛇の刺繍。
武闘祭参加者の、証。
「ご覧の通りだ」
「どうして……あなたたちは」
「忘れたか? ここは帝国だ。この国の中で悪さをしなけりゃ、誰だって受け入れてくれる。ここに居る間は、俺の人権は保証される」
「……あの人たちも、ここに来てるの?」
「そりゃあ、帝国つってもねえ。危なくないってところじゃあないから。会いたかったら探してみろよ。そこら辺にいるぜ。俺は今、ちょっとばかし厄介な相手から逃げてる途中でな」
「賞金稼ぎにでも見つかった?」
「もっとおっかねえ奴」
笑って、アエーシュマが視線でわたしの背後を促した。
「噂をすればなんとやらってヤツだ」
「―――」
後ろを振り返る。
本格的に降りはじめた雨に打たれて、山かと見紛う巨大な男がそこに立っていた。
いや……老人?
「悪いけどカティ。俺は行かせてもらうぜ」
「え――?」
その言葉が放たれた瞬間にはもう、アエーシュマはいなくなっていた。
「……ふむ。お嬢さん、あの男と知り合いか?」
「――っ」
なんていう……威圧感。
ただ、そこに立っているだけで、体の芯が震えてくる。
肉体付きからもそうだけど、ただの老人じゃ、ない……!
変なことを言えば、殺される――そう、本能が警鐘を鳴らしていた。
「あ、あの人とは……その————何か、あったら問題でもあるのかしら?」
一瞬だけ……臆した自分を恥じる。
己を殴り倒したい。
どのような相手であれ――たとえ、己よりも数段格上だったとして。
己が負ける姿など想像しない。
勝ち続けることだけを己に課して、抗う――
「……ん? その首の……お嬢さん、もしかして……いやもしかしなくとも―――ッ」
老人が、何かを言いかけたその瞬間だった。
突如として、老人が上空へ跳躍し――消え去った。
「……なに」
なんなの、もう。
どいつもこいつも、一体何が――
「お、見つけた。こんなところで何してンだよ、カティ。帰ろうぜ?」
「……アルマ」
声の主はアルマだった。
アルマは、ずぶ濡れになりながらわたしの元に近づいくる。
「……何かあった?」
「……いいえ。特に」
「そっか。じゃ、帰ろうぜ。――といっても、宿はレイジの腕にかかってるけど」
そう言って、アルマはわたしの手を握った。
「おもしろかった!」
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