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062 自称最強の集まり

「あ、姐さん……どうしてここに?」


「貴様……」



 突如として現れたその少女に、アウグスとマクシミヌスも予想外だったのか目を見張る。

 件の少女ティベリィは、そんな二人に構わず俺の腕を引っ張った。



「ほらほら、時間は有限だよ? お茶しよ?」


「い、いや……あの、どちら様?」


「ティベリィだよ?」


「それは……わかったンだけどさ」



 困惑する。

 さきまでの殺伐として心地良い雰囲気は一瞬にして、ティベリアなる少女に掻き消されてしまった。



「あなた、やめなさいよ。アルマが困ってるでしょ」


「ん? だぁれ? もしかしてこの子の彼女さん?」


「……そうよ。アルマは、わたしのモノよ」


「ふぅん? ――嫌ねえ、私物化しちゃってる。ティティはそんなことしないよ? 大好きな人には幸せになってほしいもの」



 間に割って入ったカティアを舐るように、見定めるように視線を這わせるティベリア。小馬鹿にした態度で、チロッと赤い下を出した。



 そこへ、瞳のハイライトを消したシャルルがティベリアの肩を掴んだ。

 見たことのない、鬼気迫る相貌で。



「おい、デス。誰の男に手ェ出してるデスか。とっととその手を離すデス」


「ふーん。ふん。ふふっ、そう。あなた――()()()()()()()女の戦いに入り込むワケ?」


「ま———負け……犬……デスッ!!?」



 急所にボディブローをぶち込まれたがごとく、シャルルの相貌に亀裂が入った。

 構わず、容赦のない刃染みた言葉が、シャルルを抉る。



「だってそうでしょう? この女の子に彼を奪られちゃってるんだから。ま・け・い・ぬ♡ よくもまあ、そんなツラで彼のそばにいるわねえ」


「―――」



 ドサッ——と、膝をついたシャルル。

 即ち、敗北の瞬間だった。



 あのシャルルが、忽然と現れた少女に、敗北を認めていた。



「ちょっと、あなた。私たちにも色々あるのよ。部外者のあなたにとやかく言われる筋合はないと思うのだけれど」


「んー? あなたは……()()()()()()()()()()()。自分の役割を弁えてる。――好きよ、あなたみたいな人」


「…………あ、ありがとう?」



 逆に、エルメェスは褒められ戦意を削がれていた。



「ということで、あなた名前は? なーまーえ、知りたいな♡」


「あ、あーっと……」



 〝ということで〟の意味がわからない俺は、言葉を濁すしかなかった。

 カティアの刺々しい視線が容赦なく俺を抉る。 



 そして何が一番怖いって、



「シャルが負け犬……デスか。……そうデスよ、シャルは譲ったんデス、負け犬デス……先輩に迷惑をかけたくないから……デス……これも愛……先輩を想う気持ちの……シャルにとっての……勝利でもあるんデス……」



 ブツブツと四つん這いの状態で、呪詛の如く〝負け犬〟、〝先輩〟と呟くシャルル。

 目の錯覚か、彼女の周囲がドス黒く染まっていってる気がした。

 多分、気のせいじゃない。

 シャルルが手をついている地面が、急速に腐り始めているのを俺は視た。



「——アルマ。名前ぐらい、名乗ってあげたら?」



 見てはいけないものを見てしまった俺の肩を拳が叩いた。

 カティアが、無愛想な顔をさらに無愛想に昇華させて、俺を睨みつける。



「か、カティ……?」


「わぁお、彼女の余裕ってヤツ? いいねえ、でもどこまで強がってられるんかな?」


「あなたに彼を振り向かせられるの?」


「もちろん。自信、あるからね?」



 視線を重ね、火花を散らすカティアとティベリィ。

 そのすぐ横で、真冬のような冷たさを流出させるシャルルと……



「うん、すっごくかわいい。ちょータイプ。どうよ? 俺、アズレトって言うんだけどさ。このあと飯でも行かね?」


「あーくん。助けて」


「そいつ、彼氏じゃあねえよな? 俺はほら、こう見えて一途っていうか? あんただけを一生愛し尽くしてやるぜ? 骨の髄までな」


「あーくん。寝盗られそう」



 エルメェスはエルメェスで、見知らぬ男にナンパされていた。

 どこか飄々とした態度で高級スーツを着飾った不誠実そうな男が、先輩に壁ドンを極めている。

 咄嗟に手が出そうになって、しかしと目を細める。



 男の首筋には、黒蛇の刺繍が刻まれていた。



「安心していいぜ? 俺、ちゃんと定職についてっから。よくヒモとか言われっけどよ、俺ぁ冒険者なんだぜ? ほら、最近遊びすぎて剥奪されちまったけど、冒険者カードもある」


「……Fランク冒険者?」


「そうそう。知ってっか? 三ヶ月だっけ? よく覚えてないけどよ、長い期間依頼受けてねえと、最初からやり直しなんだってよ。参ったぜ」


「前回はどこまでいってたの?」


「S。かっけえだろ?」


「ふむぅ。私と一緒」


「え、マジ? ちょーすげえじゃん! やっぱ俺らなんかこう、運命的なアレが――」


「あーくん。助けて」



 なんだ、この状況。



 参加者がどんどんと集まり、異様な空気を周囲にぶちまけながら混沌と化していた。



 火花を弾かせるカティアとティベリア。


 そんなカティアに釘付けのアウグスト。


 マクシミヌスとかいういけすかないキザ男と睨み合うルキウス。


 チャラ男にナンパされているエルメェス。


 遠巻きに俺らを傍観する空気。もといレイジ



 そして、



「先輩……シャルは……どうすればいいのでしょう……デス。シャルは、間違ってましたか……? デス……?」


「………」



 ゆらゆらと、幽鬼じみた形相で俺へと迫ってくるシャルル。



 制約のおかげで俺の半径二メートルには入ってこられないのだが、それでも前進しようと足を動かすシャルルに、俺は恐怖を覚えた。



 そんな混沌とした状況下の中――それら全てを叩き潰さんとする圧力が颶風を伴って放たれた。




「――双方、退け。ここで、それ以上の闘争は不要である」



「「「「「「「「「――――ッッッ」」」」」」」」」




 首を鷲掴みにされ、無理やり地べたに押し付けられたかのような凄まじい圧力に——その場の全員が動きを止めた。



 おそらく、常人ならば死んでいてもおかしくはない威圧感。制圧感。

 覇者たる闘気。



 また、とんでもねえバケモノが現れた。

 ここにいるどいつよりも、明らかな別格。

 まとめて相手にしてやると言わんばかりの、冷静という器に満たされた肉食獣。



 口角が、自然と釣り上がる。



「きょうのところは抑え、二日後にその闘気をぶつけろ。この場において、参加者同士の争いなど無駄である」



 そいつは、とんでもない図体だった。

 一八〇センチを越える俺よりもさらにデカく、絞られた筋肉は細身ながらも強靭に蓄えられている。



 蜘蛛のように長い手足から繰り出される一撃。

 その射程距離(間合)

 しなやかにうねる筋肉を想像して、俺は身震いした。



 ()りたい――俺は、アイツと闘りたい!



 おそらくディゼル以来であろう、敗北を予期した人物。

 何がなんでもこいつと闘りたいという欲望が、膨れ上がった。



「――むぅ。カリグラが来ちまったら仕方ねえぜえ……」



 戯けた口調とともにぷくっと頬を膨らませたティベリィが、俺に向き直って手の甲に口づけをした。

 手の甲から鳴るリップ音。

 カティアの額に、青筋が浮かんだ。



「んじゃ、また武闘祭で会おうね! なんなら、今夜にでも会いに来ていいからね、ア・ル・マ? ふふっ♡」



 無邪気な笑みをはじかせて走り去っていくティベリィ。

 彼女に続いて、アウグスがふっと表情を緩めた。



「カティア……って名前なんだね。俺も、カティって呼んでもいいかな?」


「……好きに呼べばいいわ」


「ありがとう、カティ。婚約の件、しっかり考えておいてくれよ。——では、失礼」



 アウグスが短パンのポケットに手を突っ込んで、人集りの方へ消えていった。



「……フン」



 マクシミヌスも、興が冷めたと言わんばかりに踵を返し去っていく。



「――すまなかったな。引き続き、帝都を楽しんでくれ」



 それだけ言うと、カリグラと呼ばれた巨漢も引き返していった。



「……名残惜しさはあるが」



 その背中を眺めながら、俺は静かに闘志を燃やした。

 ぜひ、武闘祭はあいつと闘いたい。



「ひゅぅぅ、怖え。マジ怖え。こンなかの誰かがあのバケモノと()りあうのかよ。俺は勘弁だね。――あ、これね。俺の部屋番。いつでも待ってっから」



 最後に、飄々とした態度を崩さず、エルメェスをナンパしていたアズレトなる男が、酒場に消えていった。

 その場にいる女性陣全員に紙切れを渡して。



 程よい緊張感を残したまま、嵐は過ぎ去った。

 残された俺たちは、互いに顔を見合わせて……



「……とりあえず」


「うん……飯だね」



 自称最強の猛者たちが消えていくのを眺めながら、俺とルキウスが先陣を切って酒場に入っていった。



「おもしろかった!」


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― 新着の感想 ―
[一言] カティアはアウグスに対して何もおもっていないのか。アウグスに対してカティアはどうするのか。婚約の件
2021/06/19 21:39 退会済み
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