055 舎弟
「……来たか……?」
シャルルが去って行った方向から、人々のどよめきのようなモノを感じた。
ごった返す人波が、前方から割れていく。
まるで英雄の凱旋のように。
目貫通りを歩く人々が、そいつの歩みを妨げんと左右に分かれた。
「……あれが……アルマ……ッ」
割れた人波の奥から、そいつの姿が現れた。
「あいつが先輩のことを呼び出した身の程知らずデス」
「へえ」
「冴えない男ね」
左右に絶世と呼んでも差し支えのない美少女を侍らせ、悠然と歩いてくる青年。
長くも短くもない黒髪。
整った顔立ちは、なるほど女を惹くに足る魔性を帯びている。瞳の下にある黒子から振りまかれる色気と、服の上からでも隠せない筋骨が野性味を放ち、均衡を保って更なる魅力に引き上げている。
「いや、雰囲気あるじゃん。——カティ、上着持ってて」
「脱ぐ必要ある?」
「あるだろ。漢だぞ」
「意味がわからないわ……」
「まあ、いいじゃないデスかカティアさん。先輩が脱ぎたいっていうなら脱がせてやるデスよ」
「あなたはまずその荒い鼻息を止めなさい」
和やかな雰囲気を纏いつつ、十メートルほどの距離で立ち止まった三人。
その中心の男が、脱いだ上着を隣の美女に渡しつつ、はにかんだ。
「——よう。待たせちまったな。おまえが挑戦者の……稲妻切りのレイジってヤツ?」
「———うぉ」
で————デカイッッ!!!!
体型に驚いているのではない——断じて、そうではない。
いや、成人男性より二回り以上も大きいのは事実として、しかしそんな物理的な話はどうでもいい。
「な、な、な……ッ」
街中を、双頭の竜種が歩いていやがる……!!!
「そ、そりゃあ……注目を浴びるはずだぜ……ッッ!!!」
とてつもないデカさ。
そこらの家屋など一瞬で呑みこめてしまえそうな大きさの二つ首のドラゴンが、こちらを見定めていた。
「へ、へへっ……みつけたぜ……みつけたぜ、おまえが最強か……ッ」
武を嗜んでいる者ならば、必然と理解させられる彼我の実力差。
今この瞬間から、レイジの中で全ての噂が真実として受け入れられた。
いや、己が聞いた噂は、まだ末端のものでしかないのかもしれない。
「こんなバケモンが……その程度でおさまるはずがねえ」
国一つを滅ぼしてしまったとしても、当然のことだろうと頷けてしまえる。
恐ろしくて指一本動かせない。
地面に縫い付けられてしまったかのように、動けない。
こちらを敵と認識したその瞬間から——。
あの黒目に据えられたその瞬間から、突如として襲いかかってきた圧が、レイジの動きを蝕んだ。
「———」
「なに呆けてんだ、もう始まってンだぜ」
「へ——ッ!!?」
声と同時に放たれた、竜種の息吹。
顔面スレスレで打ち止められた魔拳は、レイジの肉体を数十メートル吹き飛ばした。
竜種の息吹と見紛う、凄絶な威力を秘めた魔拳——宙でなんとか体勢を立て直し、地面に着地したレイジは冷汗を全身から噴き出しながら、理解した。
もし、あれが打ち込まれていたら。
きっと今頃、俺は百の肉片となってそこら中に散らばっていただろう、と。
「……おっもしれえ」
全身の震えが一層増す。
死をより意識して、心臓が胎動のごとく蠢いた。
しかし。
しかし。
そのおかげで、今——この肉体から緊張は吹き飛んだ。
もう後には退けない。
退く気はない。
己より強いヤツと戦い勝利する——そのためだけに、故郷を飛び出したのだ。
なればこそ、これは本望だ。
真に強者と出会えた奇跡。
ここで散ったとしても、きっと後悔はない。
しかし——負けるつもりもはなからない。
「〝稲妻切りのレイジ〟——いざ尋常に、参るッッ!!!」
これを伝説の一ページとして飾ろう。
竜殺しを成した英雄は、囚われていた姫を助ける——この一文を添えて。
*
「——俺を弟子にしてくださいッッ!!」
勝敗は一瞬だった。
大勢の観客に見守られる中、名乗りを上げ突進してきたレイジを一撃の元に沈めた俺は、なぜか周囲から反感を買った。
「もっと楽しまさせろ!」
「手加減してあげて!」
「エンタメ精神が低いぞ!」
「わかりきってたけどさぁ!!」
なんて、好き勝手に言ってくれる民衆から逃げるようにギルドへ入った俺たちは、その数分後に復活したレイジに上記の言葉を投げかけられていた。
「なんなら舎弟でもいいです!! どうか俺を拾ってくださいッ!!」
「……そうはいってもなぁ……」
弟子をとるにはまだ若い気がするし、しがらみになることは避けたいし。
舎弟って、そもそもなんだよ。
何する人? 荷物持ち? アイテムボックスあるから必要ないぞ。
「なんでもしますから!!」
「じゃあおもしろい話して」
コーヒーを一口飲んだカティアが、無愛想な表情で言った。
「え? えーと——……俺の爺ちゃん物忘れが激しいンですけど、この前、飼い犬と散歩しにいったかと思いきや、犬を置いてリードだけ持って散歩行っちゃったんですよね。やばくないですか?」
「一発芸やって」
間髪入れず、カティアの無茶振り。
「え? え、えーと……じゃあ『ゴブリンとゴブリンの小競り合い中に現れた兎人族をみて興奮するゴブリンの顔』やります」
「そこの冒険者に告白してくるデス」
一発芸を見せる前に、ティーカップを置いたシャルルが笑顔で一人の女性を指さした。
これには流石に戸惑うレイジ。
しかし、
「しゃ、シャルルさんのためならば……なんだってやってみせますよ! ——あの、すみません! 好きです。俺と付き合ってください!!」
「え? いいの? やったー♡ ちょうどさっきカレピと別れたばっかなんだよねっ!」
「……え?」
「え?」
まさか了承されるとは思わなかったのだろう。呆けた顔をこちらに送るレイジの肩を、一人の冒険者が叩いた。
「気をつけろ少年。そいつ、巷で有名な童貞狩りだぞ。童貞冒険者百人切りするまで実家帰りません、とかふざけた企画をやってるアバズレ女——ぶえべらッ!!?」
「怒ったかんな。許さないかんな。ぶっころ確定だかんな、おまえ」
「しゃ、シャルルさん? たす、助けてくださいシャルルさ——アルマさぁぁぁんぅぅぅぅ!!!」
「とりあえず、お家いこっか♡」
忠告しに来た男の顔面に裏拳を叩き込みつつ、レイジを引きずっていく女冒険者。
無茶振りしまくるカティアも酷いが、童貞狩りの異名を持つあの女にレイジをぶつけたシャルルも非道だ。
「変な病気にかからないことだけを祈っておこう」
「とりあえず、あの子はいったいなんだったの?」
「さあ? よくわからない男でしたね。デス」
その日、彼の姿を見た者はいなかった。
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