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044 篝火/魔人③

 無形の灼熱を幾重もの鎖が捕縛する。

 ランクにしてS+――魔王の側近に匹敵する炎の魔人を抑えつける術技の練度は、やはり半端なものではなかった。



「……ッ!!」



 半端なのは、紛れもない。

 わたしだ———

 


 唇を噛み締め、弧を描く炎を紙一重で躱して剣を凪ぐ。

 初動と同時に最高速度――魔力を爆発させ、剣速を跳ね上がらせてイフリートを頭から股間にかけて断つ。



 けれども。


 けれども。



『■■■―――ッッッ!!!』


「くっ―――!!?」



 剣は届かない。

 炎を断ち割ることはできる。

 けれど、その核となる存在を斬ることができない。



 なんで。


 どうして。


 

 あの人なら……あの人たちならできるのに――




〝カティなら僕を越えられるよ。だからそう焦る必要はない〟


〝カティは欲張りだねぇ。私より頭良いのに、剣の腕でもお姉ちゃんを越えようとしてるんだから〟




「わたしじゃ……あなたたちのようにはなれない」




 凄絶と唸る灼熱の号砲が地面を抉って放たれた。

 右腕が消し飛ぶ。

 灰となって跡形もなく――しかし、次の瞬間には再生した。



「世話が焼けるデス」



 たとえどれほどの損傷であろうとも、瞬きの瞬間には完治している。

 性格に難はあるけれど、アルマの言う通り、回復魔術を使わせれば右に出る者はいないと称される埒外のバケモノ。



「カティちゃん……」



 迫る炎弾をエルメェスが撃ち落とし、わたしが戦いやすいように援護してくれている。

 無形である炎すらも絡めとる拘束魔術を修めながらも、広い範囲で魔術を操る天才術師。

 

 

「……己が恥ずかしいわ」



 この中で、ただ一人――わたしだけが未熟だった。



「あなたは、たった一人でアレと闘っているのに」



 イフリートの背後……姿は見えなくとも、そこから生じる暴圧と衝撃と魔力の昂りからでも、安易に想像がついた。

 敵は強い。けれど、臆せずアルマは闘っている。単身、勝利を胸に誓って闘っている。



 なのに、わたしときたら、このていたらく。

 身動きひとつ取れない炎を、斬れないでいた。



「呆れるわ。惨めだわ。甚だしく、愚図ねわたしは」



 いっそ諦められたらよかったのに。

 剣を捨てて、プライドも捨てて、懐の転移石に手を伸ばせれば、どれだけ楽になれるのか。



 その結果——アルマと永遠に会えなくなってしまったとしても。

 剣を握るたびに、逃げたという過去がまとわりついたとしても。



 この、果てなく〝最強〟を追い続けなければならないレールから降りることができたならば、一瞬で楽になれるのに。



 恋人を捨てることさえも、それを追う辛さは比較にならない。

 剣を捨てれば、わたしは――



「……無理よ。わたしは弱いから、失くすことにも堪えられない」



 噛み締めた唇から血が流れる。

 皮肉のように咬み傷も癒やされて、わたしは自嘲気味に笑った。



「つくづく、己を恥じるわ」



 剣を振るう。

 もっと速く、



「——ッ」



 正確に、



「——ッッ」



 逃げるように、


 追うように、


 手を伸ばすように、



 ——斬る。




「わたしは、一振りの剣になりたい」




 意思をもたない、ただ一振りの剣。


 何者にも妨げられず。

 何者をも斬り伏せる。

 


 あの人の剣撃のように。

 あの人の剣技のように。



 遠く、届かない頂きの最中に視た、幻のような一閃——。


 脳裏に焼き付いて離れないあの剣が、欲しい。




「……カティちゃんの剣筋が……研ぎ済まれてる。さっきまでとは別物……」


「精神的に追い詰められないと真価を発揮できないマゾヒスト。たまにいるんデスよね、一人で考えて、一人で勝手に納得して一歩先に進んじゃう天才が。デス」


「珍しく評価してる?」


「イフリートが邪魔で先輩が見えないから、さっさと蹴散らして欲しいだけデス」




 轟く砲撃を斬り、焦熱の波を断ち、荒れ狂う炎弾を切り捨てる。

 もっと最小限に。

 もっと(はや)く。

 あの人たちのように。

 こんな剣では、届かない。



 こんな(なまくら)では、追いつけない――至高の一振りを。



「――次で斬り殺す」


 

 どれほど剣を振るっていただろうか。



 確信めいた予言を吐き捨てたわたしは、剣を()す。



 もはや動くのも億劫だった。

 どれだけ負傷しても癒やされるからといって、疲労までは打ち消せない。

 疲労困憊なんて、とうの昔に陥っている。

 もはや、攻撃を躱すことすらできない。



 けれども。


 けれども。



 わたしは()()()()()()

 もう、躱す必要も避ける必要もないということを。




「――あなたに感謝を」




 あなたが強いから、わたしは己を恥じることができた。

 まだまだ弱いのだと、理解(わか)らせてくれた。

 だから、最大限の敬意と感謝を。

 



「この剣――()()()()()()()()()



 まだ届かない至高の一振り——今のわたしが成せる精一杯。

 かの剣と比べれば(なまくら)も良いところだけど。



「今はこれで、十分すぎる」





 ——これは、祝福デス。


 宣言どおり、背中で魅せてくれた先輩への祝福。





「予感がするぜ。いいや――()()()



 この次の一撃は、当たる――

 理屈はわからない。

 だが、感じる。



 この一撃は、()()()()()()――



「この一撃をもって、テメエをぶっ殺す」




 シャルの呪い(アイ)を、真っ向から砕いてくれた。その、お仕置き(ご褒美)デス。




「———消し飛べ(アーデ・ヴィーダ)ッッ!!!」




 ――皆様どうかこれは御内密に。


 何故なら、シャルが手助けをしたと知れたなら、きっとこのお二人は怒り狂うから。

 自死を選びかねないほどに。




「———斬え失せろ(アーデ・ヴィーダ)ッ!!!」



 

 けれども。


 けれども。



 勘違いはしてほしくないのデス。


 シャルが与えたのは、ほんのわずかな可能性()


 それを掴み取ったのは、紛れもない彼ら自身なのだから。




「運も実力のうち――先輩たちには内緒デスよっ♡」




 存在しない……あるはずのない隙を捻じ込み、()()()()()()()()()()()――結果、



『■■■———!!?』



 イフリートは存在核()を斬り裂かれ、



「よもや――こんなことが――――ッッ!!?」



 フレア・イグニスの魂に致命的な亀裂が入る。



 それは瞬く間に広がっていき、刹那———完全に破砕した。




「見下されるのは初めての経験かい? 神霊さんよォ……ッ」


「―――」




 取るに足らない、矮小たる人間に消滅させられるという、神霊として最悪の結末を迎えた。






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